5-3.『免許は持ってるんだろうな?』

 男の腕を捻り上げて拳銃を奪い取り、即座に脚を撃ち抜く。

 苦鳴とともに片膝を突いた瞬間、頭と心臓へ素早く連射。


 直後、横合いからの体当たりタックルで腰を抱え込まれる。

 無様ぶざまに押し倒されるのをすんでのところで踏み止まり、背中に銃口を捩じ込んで引き金を引く。


 火薬の勢いにより螺旋らせんする弾頭が肉をえぐり、心臓を損壊させる。

 力が抜けたその一瞬を狙って、背中に肘鉄。倒れ伏した男のうなじを踏み付けて固定、後頭部へ向け二発。

 息絶えると同時に弾切れホールドアップ


 四時の方角から物音。抜き取った弾倉マガジンを後ろ手に投げ付ける。

 喉仏を貫かれた呻きの直後に銃声。照準エイムのブレた弾丸は、反対側で構えていた禿頭ハゲの眉間に吸い込まれた。


 前転回避の最中に落ちていた銃を拾い、片膝のまま禿頭の心臓へ追撃。後ろへ腕を回して、喉を押さえている男の頭と心臓を撃ち抜く。


 アルバートはゆっくりと立ち上がりながら、周囲を見回す。


 敵数、残り二十――およそ半数は片付けた。

 今は弾痕だんこんだらけのコンクリ柱や、車体の陰に隠れて隙をうかがっている。

 ひとまず第一波はしのいだか。


 乱れた呼吸を整えながら、一切の躊躇ためらいなく人を殺している自分に少し驚いていた。

 『殺さないで』――アナスタシアの声を聞いたときは、あんなにも抵抗があったのに。


 違う、今までが異常だっただけだ。

 殺さなければ殺される。『インキュナブラ』とはそういう場所だ。

 命をおびやかす敵に対して活殺の加減をする余裕など、もとより無かったはずだ。


 ――ふと、耳が異様な音を捉える。


 発生源は正面。高みの見物を決め込んでいた巨漢。

 ボディビルダーのようにポーズを取り始めた彼の、肉の内から聞こえるきしみは――筋音か。


 巨体を包む特注スーツの内側で、泡立あぶくだつように筋肉が隆起していく。

 膨張する体躯に耐え切れず、袖や背中の布が雷鳴のような音を立てながら裂ける。


「――ふんッ!!」


 裂帛れっぱくの気合とともにシャツのボタンが弾け飛び、衣服は無残な布切れとなって爆散。

 頭頂が天井に届こうかというほどの、筋骨隆々とした巨躯が露わになる。


 アルバートの視線は、ボクサーパンツ一丁となった彼の股間に注がれていた。


は成長しないんだな?」


 嘲弄に対し不機嫌そうに鼻を鳴らし、巨漢はゆっくりと姿勢を低めていく。

 さながら体当たりタックル直前のラグビー選手だ。


 こちらに向けた右肩――上腕二頭筋には〈印章シジル〉。


「お前、〈悪魔憑きフリークス〉か。……?」


 返答代わりに、幅広の足がコンクリ床を踏み抜く。

 瞬間、まるで大砲を撃ち放ったような衝撃が辺りに吹き抜けた。


「話聞けよ……」


 されてよろめく間に人間砲弾が迫る。 

 咄嗟とっさ幻影ホログラムを配置、転換スイッチ視界チャンネルが切り替わる。


 擂鉢すりばち状に抉れたコンクリ床のへりに立っていることを認識した瞬間、背後から破砕音が轟き激震が走った。


 ――〈悪魔憑きフリークス〉となることで得られる、超常の身体能力。

 それはワイスのような華奢きゃしゃな少女でさえも、大人ひとり容易たやすく蹴り殺せるほどの膂力りょりょくを授ける。


 では、が、その恩恵を受けたならばどうなる?


 振り返った先。舞い散るコンクリ片と粉塵の向こうに、その答えはあった。


 蜘蛛の巣状の亀裂が刻まれた壁から、半身を引き抜く巨漢。

 ペースト状になったが、壁と奴の半身にべったりとくっついていた。


 幻影を巻き込んだにしては出血量が多すぎる。

 おそらく柱に隠れていた部下のひとりが巻き添えを食ったのだろう。


 まぁ見ての通り、まともに食らえば命は無い。


 〈印章シジル〉が銀色の光を放ったかと思うと、半身を濡らす血が赤い光の粒となって分解。

 流線を描いて〈印章〉へ収束していき、粒をひとつ残らず吸い込むと光は消えた。


 巨漢はまるで一皿の料理を平らげたように満足げな吐息を漏らし、再び姿勢を低めた――が来る。


 轟音。激震。踏み抜いたコンクリ破片を置き去りに、暴走筋肉特急が迫る。



◆◇◆◇◆◇



「――強いオスを見ると尻尾振ってよろこ雌犬ビッチだったとはね。どうせでもよだれ垂らしてんだろ?」

「だから男は嫌いなんだ。……特にお前みたいな、玉の代わりに脳味噌が股座またぐらにぶら下がってるような奴はさー」


 風音かざおと衣擦きぬずれ、


「安心しろよ。俺ァお前みたいな、気の強い女は大好きだぜ」

「は? あたしが腹を見せて甘えるのは好きなやつとだけだし。男となんてマジ無理。想像しただけで反吐へど出る」


 靴底のきしり、骨肉のぶつかり合う打撃音、


「ボスは貞淑ていしゅくな女が好みだ。お前は活きが良すぎるから、俺が調してやるよ」

「……あたしの話聞いてた?」


 音の出処でどころは、橙色オレンジの照明が明滅するエントランスホールから。


「――おらッ!!」


 金髪男が裂帛れっぱくの気合とともに右拳を振るう――と見せかけての後ろ回し蹴り。

 笑みを浮かべわずかに背を反らしたワイスの鼻先を、颶風ぐふうをまとった革靴の底が通り抜けていく。


 不意打ちフェイントが通じないことに片眉を跳ね上げながら、男は中段と上段への変則蹴り。

 それらを手刀で弾かれると、一息に距離を詰めて正拳突きを次々に見舞う。


 止め、弾き、押さえ、払い、いなし、はたき落とす――さばく一連の動作は、全て右手のみ。

 空いている左手を腰の後ろに回して、ワイスは余裕の笑み。


 打ち込むほど焦りをにじませる金髪男の顔が、不意に歪んだ。

 一瞬の隙に予備動作なしノーモーションで前蹴りが放たれ、ブーツの底が腹にめり込んだのだ。

 そのまま吹き飛び、入口に正対するエレベーターの扉に叩き付けられる。


「ぐッ――はは、なるほど。少しは出来るらしい」


 ほこりを払うように腹を叩き、挑発的な笑みを浮かべる金髪男。

 ワイスは退屈を隠そうともせず、緊張感のないあくびをひとつ。


「そんなもんなん? ブラックベルトって。なんか期待外れだなー」

「今までのは小手調べだよ、ここからだ」


 ワイスは筋肉をほぐすように首を左右に倒しつつ、左へ。

 金髪男はわずかに姿勢を低め、ゆっくりと構えながら右へ。

 互いに円を描くように歩みながら、間合いを詰める隙をうかがう。


「なにそれー、雑魚ザコの負け惜しみ?」

「俺は雑魚じゃない、マグナスって名前があるんだ」

「ハ、どーでもいーし。そんなに覚えて欲しかったら一発くらい入れてみなー?」


 握り拳を自らの頬に押し当てたあと、ワイスは半笑いで手を叩き、掌を上にして手招きする。


「……ほら、おいでおいでー」


 まるで飼い犬でも呼び寄せるような挑発に、金髪男――マグナスは犬歯を剥き出して吠えた。


小娘ガキが……無礼ナメてると本当マジに殺すぞッ!!」

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