0-8.『槍が降るなんて聞いてないぞ』

「「!!」」


 揃って目をいたアルバートとワイス。

 背を走る極大の悪寒おかんに、突き動かされるように顔を上げた先――


 おびただしい量の、青白い光が浮遊していた。


 大小様々なそれら全て、武器の数々。

 その範囲は半径数メートルにも及ぶ。


 〈権能インペリウム〉の発動は、接近戦によって封じられていたのではなかった——


 この瞬間のために温存していたのだ。


「ねぇバート、天気予報って見た?」

「今日は晴れのち曇りだ。……なんて聞いてないぞ」


 二人の顔が青褪あおざめて見えるのは、頭上に燦々さんさんと輝く青い太陽に照らされているからなのか、それとも。


 中年男が〈印章シジル〉の灯る指先を容赦なく振り下ろす。

 両手剣ソード槍斧ハルバード三叉槍トライデント短剣カットラス——光は数多あまたへの刃物へと姿を変え、雨霰あめあられと降り注ぐ。


 そのほとんどが模造品レプリカだとしても、あの高度から落ちてくれば立派な凶器だ。


 咄嗟とっさ幻影ホログラムを二体召喚。

 一体は刃物の雨の範囲外に。意識を飛ばして転換スイッチ

 もう一体はワイスの後退付近。

 攻撃範囲から逃れ切れない相棒を守るとして。


 アルバートの視界が一瞬だけ暗転。

 テレビのチャンネルを切り替えるように、見える景色が変わった。


 数歩先でこちらに背を向けるワイスは、見るも無残な剣の山と化した幻影おれを力任せに退かしていた。


 まるで暑苦しいシーツでも跳ね除けるように乱暴に床に叩き付けられ、デジタルドットとなって掻き消えていく。

 ――もう少し丁寧に扱えよ。


 アルバートの内心の文句など知るよしもないワイスは、突撃姿勢でジャケットの内側に手を入れ……その動きがわずかに硬直した。


「……無い」


 動揺に震える声。

 相棒がかすかに漏らしたそれを、アルバートの耳は聞き逃さなかった。

 コンクリ床に突き立つ刃物を見れば、見覚えのあるナイフが十数本――彼女がよく好んで使うものだった。


 中年男は、心臓へ振られたナイフを転送して致命傷を避けた。

 あの瞬間、彼女がを転送していたのだ。


 致命傷を回避しつつ迎撃、さらに相手の反撃の芽まで摘む――

 自我を失い、思考回路の焼き切れた異形にしては、ずいぶんと機転が


 牙を全て抜かれたワイスと、その事実に愕然がくぜんとするアルバート。

 二人の動きは止まっていた。それはわずか数秒、されど決定的な数秒。

 中年男が再び〈権能〉を発動させるには、充分すぎる隙だった。


 二人の足元に、青白い光の尾を引いてなにかが転がり落ちる。それは掌に収まりそうな

 拳銃やナイフよりも小型で、もの。


 ――手榴弾フラググレネード。既にそのピンは抜かれていた。


 息を詰まらせ退避しようとするアルバートに対し、駆け出したワイスは脚を振り上げた。


「うりゃッ」


 ブーツの爪先でペナルティキックよろしく蹴り上げられた手榴弾は、中年男の左肩付近へ放物線を描いて起爆。

 爆風が周囲に屹立きつりつする武具を薙ぎ倒し、撒き散らされた鉄片が中年男の身体を削り取っていく。


 濛々もうもうと立ち込めた血霧が薄まり始めた頃、ワイスは苦い顔をして舌を打った。


「…………あー、かー」


 触れれば即死の爆衝ばくしょうを間近で受けていながら、

 左の顎下から胸郭きょうかくまでをえぐり取られていながら、

 夥しい流血で足元にあかい影を作り上げていながら、


 中年男は立っていた。

 半分消し飛んだその口から、声にならない不気味な音を垂れ流しながら……平然と。


 心臓は確かに吹き飛んだ。

 だがまだ首が繋がっている。。奴はまだ動く。

 現に、吹き飛んだ箇所はゆっくりと再生を始めていた。


 とはいえ、ダメージは甚大なのだろう。中年男はぎこちない動きで右腕を上げる。

 二人へ向けた人差し指の先に、〈印章シジル〉が再展開。


「させるかッ」


 心臓が再生する前に脳を破壊すれば、それで戦闘終了ゲームセット

 アルバートは拳銃を眉間へ照準、間髪入れず五連の銃声が響く。


 すると五つの青白い光が、中年男の顔前に灯った。

 それらは羽虫が飛び回るような軌道を描き、やがて彼の右手へ集約。

 いつの間にか握り込まれていた五指が開かれると、


 コンクリ床を跳ねたそれらが、澄んだ音階を奏でるのが聴こえる。

 弾切れホールドアップした拳銃を構えたまま、アルバートは啞然と立ち尽くした。


 ――放たれた弾丸を掌にすることで、射撃まで無効化してみせたのだ。


 お返しとばかりに中年男の背後に青白い光が大量に群れなし、二人に向けて次々と射出。


 迫る流星群を一瞥いちべつし、ワイスが小さく笑う。

 吊り上げた唇の隙間から、が漏れ出したのも束の間――


 殺到する光のひとつひとつが焼夷しょうい手榴弾へと姿を変え、一斉に爆裂。

 現出した巨大な火焔の紗幕カーテンが、立ち尽くす二人を呑み込んだ。



◆◇◆◇◆◇



「――あばばぅ、ぁはばぁははっぅぁは!!」


 中年男――の皮を被った異形は、今度こそ勝ち誇ったような哄笑を口からほとばしらせた。


 うごめく巨大な火焔の中で、あの二人は今頃、火達磨ひだるまになって苦しんでいるだろう。

 いくら治癒の早い肉体でも、全身を焼かれ続ければタダでは済まない。


「ぶぅふ、うぶぅぶふぅふふふぁ――」


 含み笑いのようにくぐもった笑声が、不意に途切れる。

 怪物の見開かれた双眸そうぼうは、目の前の光景に釘付けになっていた。


「――ぁ?」


 ――

 燃え盛るその一瞬を切り取るように、鮮やかな橙色の氷塊オブジェと化していた。


 そこから発せられる冷気が霧となって空間を白く染め、しびれるような寒気が肌を刺す。


 と、氷塊の表面に稲妻のような亀裂がいくつも入っていく。

 やがて小気味いい音を立てて砕け散り、大小様々な破片は煌めく光の粒に分解されていった。


 ――まともな言葉を紡げたのなら、きっとそう言ったのだろう。

 喉を震わせ錯乱気味の絶叫を上げる中年男異形の視線の先で――


残念ざんねーん、死んだと思ったー?」


 ワイスが笑みを浮かべて立っていた。

 嘲るように出した舌。その表面に浮かび上がるのは――銀色の〈印章シジル〉。

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