0-7.『遊んでないで早く決めろ』

 機関銃ミニガンの掃射がようやく終わり、耳が痛いほどの静寂が訪れる。


 赤熱した砲身から立ち昇る陽炎の向こう――秒間数千発もの鉛弾の波濤はとうさらされ続けた高級車は、もはや見る影もない鉄クズと化していた。

 後ろに隠れていた二人も、よもや生きてはいないだろう――


 中年男の皮を被った異形は、役目を終えた機関銃を投げ捨て、


「——動くなよ、指一本でも動かしたらだ」


 その後頭部に、拳銃が突きつけられた。

 いつの間にかアルバートが、どこか気障きざったらしい笑みを浮かべる。


 しかし軽薄な警告は当然のように無視され、中年男の指先には〈印章シジル〉が浮かび上がる――


 乾いた銃声。れた果実を握り潰すような水音。

 銃弾が中年男の額を抜け、血の尾をいて飛び去った。


 この距離なら当然、引き金トリガーを引く方が速い。

 次いでトドメの駄目押し。アルバートは中年男の心臓を撃ち抜こうと銃口を下げ、



 その右腕を、飛来した光線が



 感覚が消えた違和感のまま、呆然と視線を下げていく。

 肘から先を断たれているのが目に入った瞬間——まるで無くなった腕の代わりになろうとするかのように——綺麗な切り口から勢い良く血が噴き出す。


「あッ……ぐぁあうあああッ!?」


 腕を押さえてうずくまりながら、アルバートは血走った目を見開いた。


 〈悪魔憑きフリークス〉は心臓と脳を、破壊しない限り死なない。

 片方を破壊しても、一瞬だけ動きが止まる程度だ。その後すぐに再生し、平然と動き続ける——


 なんてことはアルバートも承知の上。彼の驚愕は、己の腕を吹っ飛ばしたものに対してだ。


 床へ視線を走らせる。

 数歩先に転がっている右腕と、その近くに深々と突き立っているが目に入った。


 中世の騎士がよく持っていそうな、幅広の長剣だ。その刀身には、血と脂がべったりとくっついていた。


 どこかの夢見がちな馬鹿ロマンチストが仕入れたのか、あるいは近くに歴史博物館でもあったのか——思考の隙に、振り返った中年男が間合いを詰めていた。


 額からの流血は既に止まり、銃創は塞がり始めている。

 そしてその手には、既に別の両手剣が転送されていた。刃の質感を見るにどれも模造品レプリカだ。真剣ほどの鋭さは無い。


 だが、〈悪魔憑き〉が振るうとなれば話は別だ。

 筋力の制限リミッターなど存在しない彼らの手に掛かれば、たとえ模造品でも凶器たり得る。


 その証拠に、既に模造の刃はアルバートの喉に


「あば、は、あうはふあははははは!!」


 中年男の口から吐き出されるのは、はしゃぐ幼児のような歓声。そのまま力任せに首を千切り裂かれ——



「――残念、それは俺の幻影ホログラムだ」



 高級車鉄クズに優雅に腰掛けた本物アルバートが、銃口で指す先。

 首を落とされたは、その輪郭に三原色の残像グリッチを生じさせ、デジタルドットに食い潰されて消えた。


 〈ダンタリオン〉――自分自身と寸分すんぶんたがわぬ幻影ホログラムを作り出し、あらゆる場所に出現させる——それがアルバートの持つ〈権能インペリウム〉だ。


 呆気に取られ隙を晒した中年男へ、白い疾風はやてとなったワイスが突っ込んでいく。


 流麗な手捌てさばきで逆手に持ち替えたナイフを振るう。

 餓狼のように獰猛どうもうな銀光が、敵の頸動脈けいどうみゃく、心臓、顎下から脳幹を執拗しつように狙う。


「――あっは、ほら、ほらほらほら!! 早く避けないと死んじゃうよっ!!」


 主人にじゃれつく飼い犬のような笑みを浮かべ、殺気にさえ愉楽をにじませ、次々と銀線を描き続けるワイス。

 吐息は喜色に満ち、気怠そうダウナーな声は、段々と澄んだ鈴の音を取り戻していく。


 回避すれば刃先がかすめ、防御すれば肉を裂かれる。

 休む暇もない苛烈かれつな攻撃に、中年男の引き結んだ口からは、不満と怒りを煮詰めたような不協和音が漏れ始める。


 その様を見て、鉄クズに腰掛けたままのアルバートはほくそ笑んだ。



◆◇◆◇◆◇



「奴の〈権能〉は、おそらく『物体の転送』だ。銅色の〈印章〉は――〈伯爵コミティス〉か」

「……へぇ、三下にしては厄介だね」


 調能力――もし理性を保った状態で使用されたら、どうなっていたことか。


「同感だ――けど、付け入る隙ならある」


 ――転送する物体の選択。

 ――光線への変換。

 ――指定位置までの転送。

 ――物体への再変換。

 奴の〈権能〉は、おそらくこの四つの手順に分かれている。


 転送完了まで、どんなに早くても二、三秒。

 機関銃ミニガンのように複雑な機構であれば、五、六秒は掛かる。

 

 そして転送が行われるのは、決まって攻撃行動の直後――あるいは敵の攻撃を食らっている最中。

 奴は


「つまり、一秒を争う接近戦インファイトに持ち込めば、強力な銃火器の転送を封じられる」


 接近戦となれば、転送できるのは精々せいぜいナイフや拳銃などの

 よほど手慣れていない限り、超至近距離において拳銃は使い物にならない。

 加えて、肉弾戦でワイスが遅れを取ることは有り得ない。


「近付く隙は俺が作る。相棒ワイス、後は任せていいな?」

「りょーかい。頼んだよ相棒バート



◆◇◆◇◆◇



 ——狙い通りだ。

 このまま行けば、いずれ相棒の振るうナイフが奴の命を刈り取る。



 ――だが、不穏な胸騒ぎは止まない。



 不安、あるいは恐怖か。

 沸き上がる焦燥の根源を突き止めるため、アルバートは周囲へ視線を巡らせ、記憶の中で戦闘風景を反芻はんすうする――


 床に突き刺さった両手剣に目が止まる。

 脳裏に蘇ったのは、先ほど幻影ホログラムの右腕が持っていかれたときの光景。


 中年男はあのとき、相手へ向けて直接転送することで、近接武器を投擲とうてきしてみせた。


 奴は〈権能〉をのだ。

 正気を失い、理性を失い、まともな思考さえ出来ない怪物に、そんな真似は決して為し得ないはず。

 ——高みの見物はやめだ。


「ワイス、遊んでないで早く決めろ」


 つの畏怖いふのまま相棒に声を掛け、アルバートは再び〈権能〉を発動させる。

 視線を向けた先、中年男の背後に幻影ホログラムが出現した直後。


 転送されてきた両手剣レプリカが、車上のアルバートの心臓を貫いた。


「……ッ!?」


 驚愕の表情を浮かべ、口から血泡を零しながら傾いていくアルバート。

 呼ばれて振り返ったワイスも、相棒の最期さいごに釘付けになる。


 その様を見ながら勝ち誇ったような哄笑こうしょうを上げる中年男――


「惜しいなぁ、今度はこっちだ」


 ――、声が響いた。

 

 ——〈ダンタリオン〉には、もうひとつ特性がある。

 生み出した幻影ホログラムに本体の意識を転換スイッチさせることで、それがとなる。


 逆上した中年男の銃撃を回避できたのも、この特性を用いて高級車の中に避難したからだ。


 中年男の背後に立つ本物アルバートは、なぐさめるように丸い肩に手を置き、こめかみに据えていた銃の引き金を引いた。


 一発、頭蓋ずがいを貫き脳幹を破砕する。

 一発、さらに駄目押しの追撃。

 一発、念の為におまけで。


 響く三連の銃声。

 それを号砲代わりに距離を詰めたワイスが死の銀線をつむぎ出す。

 終着点は左胸。肋骨の隙間から心臓を狙うナイフが——



 

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