0-6.『プランBだ』

 なおも機関銃ミニガンの掃射は続く。

 背にしていた右側のドアまで完全に破壊され、ついには支えを失った車の屋根が落ちた。


 穿うがたれたコンクリ壁の粉塵が舞い上がり、車体の破片が降り注ぐ中。

 伏せたアルバートとワイスは、顔を突き合わせ作戦会議ブリーフィングをしていた。


「……仕方ない、プランBだ――逃げるぞ」

「はぁ? やっととこじゃーん」


 鼻先でねた子供のような声を上げるワイスに、アルバートは苛立ちを隠そうともせず嘆息を吹きかける。


「自殺したいならひとりでやれ。俺まで巻き込むな」

「――あ、プランCってのもあるよー」


 表情を明るくするワイスに、アルバートは怪訝けげんな視線を返した。


 この状況を打破する名案を閃いた――ようには見えなかった。

 いま彼女の顔に浮かぶ笑みは、悪戯いたずらを思いついた無邪気な子供のそれだ。


「バニラシェイクみたいなお前の脳味噌で考えたプランだと? どうせロクでもな――分かった、参考までに聞いてやる。だからナイフ下ろせ」


 亜音速で首元に据えられたナイフに、小さく諸手もろてを上げて降参を示すアルバート。

 ワイスはひとつ笑むと、彼の耳朶じだに唇を近づけた。


「まず――で、」

「ふむ」

「次に――するじゃん」

「ほう」

「それで――ってわけ。……どう?」


 耳元で囁かれる作戦。その全てを聞き終えたアルバートは、カートゥーンアニメのように大仰おおぎょうに肩をすくめた。


「なるほどクレイジー"C"RAZYだな。却下」

「名案だと思ったんだけどなー」

「聞くだけ時間の無駄だった。まずで作戦を立てるな」

「お前、頭脳労働しか出来ないんだからさ。逃げるならせめて役に立って死んでよー」

「肉体労働しか出来ない脳筋バカに、作戦立案の重要性は分からんだろうな」


 不満そうに口を尖らせていたワイスの鼻が動く。高級車に目線を流し、頬をひくつかせた。


「――やっば、ガソリン漏れてんだけど」


 アルバートも、鼻を突くガソリンの刺激臭に遅れて気付いた。気化すれば弾丸が激突する火花で引火しかねない。盾にした車はもう保たない。


 なにかに気付いたらしいワイスが目を見開き、青ざめたドン引き顔でアルバートを見た。

 

「バート、もしかしてプランB逃げるって......?」

「馬鹿言え、そんな奇天烈エキセントリックな逃げ方があるか。少なくとも俺はパスだ」

「……ジェットコースターで泣き叫ぶような臆病者チキンだもんね、お前」

「ワイス、もう少しそこにいろ。俺の代わりにこの車が、お前を

「薄情だなぁバート。あたしとお前の仲じゃん、盾になってよー」

「自殺したいならひとりでやれって言ったろ」


 満面の笑みを浮かべてすり寄ってくる相棒を突き放し、ふざけた雰囲気を溜め息で吹き消す。


「……ったく、どうしてお前はそんな能天気でいられるんだ? このまま隠れてても死ぬだけなんだぞ」


 絶望的な状況下でも、まだへらへら笑っているワイス。腹立たしさに、自然と語気が荒くなる。


「ハ、まさか」


 それを鼻で笑って、ワイスはきっぱりとこう言った。





 確信に満ちた声音に、虚飾の震えなどない。

 死まで秒読みの状況でも、心音は乱れない。

 こちらを真っ直ぐに見据える瞳は、全く揺らがない。


 何故そこまで断言できるのかまるで分からず、打ちのめされたような乾いた声が出た。


「……なにを、根拠に」

「え? 今までずっとそうだったじゃん」

「今回は違うかもしれないだろ。俺はまだ、打開策を思い付いてないかもしれないぞ?」

「そんなの有り得ないって」


 揺さぶりをかけようと言葉を並べ立てるも、ワイスはそれすら見透かすように笑う。


「あたしの知ってるお前なら、絶対になにか思い付く。アルバート・バーソロミューなら、どんな窮地ピンチだってひっくり返せる……だから背中預けてんだよ、


 迷いも疑いも一切ない、いっそ清々しいほどの口振り。

 アルバートの開きっぱなしの口からは溜め息が漏れ――やがて、呆れとも安堵ともつかぬ苦笑に変わった。



 互いの実力に対する、絶対の信頼――

 それが、アルバートとワイスが背中を預け合う理由。


 ただそれだけが、性別も趣味嗜好も価値観もなにもかも違う二人を、対等な相棒たらしめている。


 手が届かぬ敵を撃ち抜く弾丸。

 どんな困難な状況も打破できる頭脳。


 相手の喉笛に確実に届く刃。

 どんな強敵にも打ち勝てる戦闘能力。


 ただ己に無い“機能”を求めたからこそ、二人は互いを補い合える。


 ワイスが相棒おれを信頼するというのなら――たとえそれが、あまりに無責任な態度であっても――俺も相棒ワイスこたえなければならない。



「お前は本当に強いな……そういうところが気に食わないんだよ」

「ぁは、気が合うねー。あたしもお前みたいな雑魚は大嫌い」


 皮肉に口角を持ち上げたワイスは、視線を横に流す。

 鉛玉に蹂躪され続ける車体越しに敵を一瞥いちべつ。その瞳に宿るのは、勝利を確信した獰猛どうもうな光。


「じゃ、さっさと別の作戦プラン教えてよー。ここを切り抜ければ、あたしが必ずタマってやるからさ」

「分かったよ……いつものセオリーで行こう。俺が道を開いてやるから、ワイスは前だけ見て走れ」


 今度はアルバートが耳打ちする。


「奴の〈権能インペリウム〉は――」


 うんうんうんうん――大きく頷き、作戦内容を聞き終えたワイスは口の端を吊り上げた。


 腹の底に沸き上がる熱——〈印章シジル〉からにじみ出すエネルギーを感じ、アルバートの顔には不敵な笑みがこぼれる。


「——さて、そろそろ反撃と行くか」

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