0-5.『面白くなってきた』


 床にうつ伏せに倒れた中年男の手前には、いつの間にか合金製のライオットシールドが屹立きつりつしていた。

 長方形の黒い壁が射線をさえぎり、はじかれた弾丸と散らばった空薬莢からやっきょうがメチャクチャな音階を奏でる。


 眉をひそめて舌を打ち、弾倉マガジンを入れ替えるアルバート。

 ジャケットの内側から、新たなナイフを抜き放つワイス。


 盾に空いたのぞき穴の向こうで、中年男がゆっくりと立ち上がる。

 散弾銃を投げ捨てた左手を目掛けて、別の光線が飛来――握り締めた自動小銃アサルトライフルを、中年男は横薙ぎにぶっ放してきた。


 不可視の奔流ほんりゅうとなって迫る鉛弾は、咄嗟とっさに伏せた二人の頭上を掠め、壁に次々と穴を空けていく。


「いいね、面白くなってきた」


  くもっていたワイスの目に光が射す。口の端を吊り上げる相棒を見て、アルバートはうんざりと嘆息した。


「……お前が楽しそうでなによりだよ」

「なんで嫌そうな顔してんのバート。さっきのお説教より、戦闘こっちの方がじゃんっ!!」


 殺し合いにはあまりにも場違いな、少女らしい満面の笑みを浮かべるワイス。

 色素の薄い白皙はくせきの肌は、いまやその喜びを表すように紅潮していた。


「デスクワークしか出来ない仕事中毒ワーカホリックは引っ込んでろ、あたしがるっ」

「デカい口を叩くな戦闘中毒バトルジャンキー。俺の援護が無きゃすぐ死ぬだろうが」


 拳銃の遊底スライドを引くのを合図に、アルバートとワイスはそれぞれ左右へ分かれた。

 挟撃の位置に付いた二人に、中年男の洞穴のような瞳がぎょろぎょろと動き回り――やがて右から迫るワイスへと自動小銃を向けた。


 けたたましく連鎖する発砲音、ばら撒かれる弾丸。

 稲妻のようジグザグに駆けるワイスの身にはかすりもしないが、彼女も回避に専念するあまり己の間合いキルゾーンまで近付けない。


 隙を作るためにアルバートが撃ち放った弾丸は、銃撃を捕捉した中年男が、掲げたライオットシールドで全て弾いてしまった。


 足下に転がっていた黒スーツの死体を盾にして、ワイスは銃弾の雨へ飛び込んでいく。風穴まみれの肉塊を投げ捨てて肉薄する——よりも早く、青白い光線が新たに飛来。


「「冗談ウソだろ......ッ!?」」


 中年男が肩に担ぐように構えるモノを見て、二人の驚愕の声が共鳴ハモった。

 それは先端に菱形ひしがたの弾頭が取り付けられた、銃把グリップ付きの細長い筒――


 


 苦い顔をして後ろに回り込むワイスに、中年男は背を反らす。

 いや、背だけではない。腰、膝、足首までをと曲げ――ブリッジ姿勢で背後の標的を捕捉。


「わ、ぁっはは、マジかよッ――」


 驚愕のあまりワイスが乾いた笑いを上げる。それを掻き消すように砲音が重なった。


 白煙を撒き散らしながら迫る弾頭は、間一髪、宙返りで避けたワイスの鼻先を擦過さっか

 大音声だいおんじょうと共に激突した壁に大穴を空ける。


 コンクリ片に皮膚を裂かれつつ、余波で反対方向に吹き飛んだワイスは、向かいの壁際に停められた黒塗りの高級車へと叩き付けられた。


「が、は……ッ!!」


 凹んだドアに背を預けたまま、ずるずるとへたり込む相棒に近づいていく中年男。

 アルバートはせめてもの足止めに銃弾を撃ち込むが、それをライオットシールドで全て防いでみせた。今度は一瞥いちべつもくれない。


 かと思うと、中年男はこちらに勢い良く向き直った。その手からライオットシールドがことに気付いたその瞬間、風音が耳に届く。


 ――長方形の鉄塊が、地面と水平にが。


 常軌を逸した膂力によって放り投げられた合金盾は、旋回する断頭刃ギロチンとなって、屈んだアルバートの頭上を撫でていく。

 掠めた頭髪の先を引きちぎり、進路上にあった錆びた鉄柱をバターのように容易たやすく切断して、コンクリ壁に半ばまで埋まった。


 アルバートが総毛立っているその隙に、中年男は次の武器をび出していた。掲げた両手に飛び来た極太の光線は、頭上で変形していく。

 数秒後、両手に握られていたのは――


「……マジかよ」


 青ざめるアルバートの前で、機関銃ミニガンの多連装砲身が唸りを上げて回転スピンアップ

 地鳴りのような連射音と、火炎放射器と見まごうほどの銃口炎マズルファイアを上げながら、大量の弾丸を吐き出す。


 たまらず車の陰へと転がり込んだアルバートと、先に逃れていたワイス。

 二人の身代わりとなった特殊合金製の車体は、毎秒数千発の鉛弾の波濤はとうさえ受け止めてみせる。


 流石はマフィア所有の――だが長くは保たないだろう。

 揃って車体にもたれかかる二人には、割れ砕けた防弾ガラスが降り注いでいた。


「……なんか分かったー?」


 掃射音と排莢音はいきょうおんの協奏曲に耳を塞ぎながら、隣のワイスが問うてくる。


 コンクリ片による擦過傷さっかしょうは既にえ、雪面のような柔肌にはあとすら残っていない。

 苛立いらだちの声を上げながらも、その口元には笑みが刻まれたままだ。

 

待てステイ、ワイス。いま考えてるッ」


 銃弾の雨霰あめあられを真っ先に受けた、車体左側のドアが外れて落ちた。

 豪奢ごうしゃな内装がメチャクチャに破壊されていく。背にしている右のドアに、内側から弾丸が音が聞こえる。


 車両がに変わるまで、もう時間がない。

 平静を欠かそうとする焦燥しょうそうをねじ伏せ、アルバートは思考を続ける。


 ——『武器を生成する能力』かと思ったが、違う。


 〈権能インペリウム〉で生成したなら、弾切れの瞬間に消失するはず。使い道の無い物体を保持しておくなど、〈印章シジル〉が生み出すエネルギーの無駄だ。


 そもそも超常の異能なのだから、とか、SFのような代物を創り出せてもおかしくない。


 だが、投げ捨てられた銃や盾は、

 それに銃は、街に点在する銃砲店ガンショップでよく見るばかり――


 不意に、ドアを銃弾が二人の間を取り抜けた。

 尾骶骨びていこつこごえる感覚。絡み付く恐怖と怯懦きょうだが、思考の回転をにぶらせる。


「この辺りの銃砲店ガンショップに、片っ端から電話してみよっかー? 『今すぐ閉店しろ』ってさー」

「……時間があれば、それも良かったかもな」


 冗談交じりにスマートフォンを取り出してみせるワイスに、気の利いた答えが返せず苦笑する。

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