0-4.『俺に人間辞めろってか?』
寒々しい廃工場の中で、二人と一匹が対峙する。
「あは、うふ、うばはああははは」
アルバートとワイスが睨み据える先、〈
視線の定まらない眼球はぎょろぎょろと動き続け、両手は
肉の内側でなにか別の生物が動き回っているかのような、およそ普通の人間にはありえない挙動。
頬に冷や汗が流れ落ちるのが分かる。
目の前にいるのは、人の皮をかぶった異形。正気を失い、破壊衝動のままに暴れまわる怪物だ。
奴に理性など存在しない。思考することもない。
――故に、次の行動がまるで読めない。
「あたしと遊ぼーよ、おっさんッ!!」
しかしアルバートの
姿勢を低めて駆けるその様は、さながら獲物へ一直線に飛び掛かる狼。
反応した中年男が握り締めていた拳銃を向ける。
響く発砲音、飛び散る血――
アルバートが撃った弾丸が、
「おい
「考えるのはお前の仕事」
アルバートの怒号に、
拳銃が床に転がった頃には、その身体は
銀光となったナイフが空間を駆け上がり、男の
常人ならば、既に首を切断されていただろう。
しかし、中年男は既に半歩下がって回避していた。あの速度に反応したのだ。アルバートの耳に舌打ちが届いた。
「――
ワイスの放ったハイキックが中年男のこめかみを打ち抜く――
だけに留まらず、そのまま首を九十度に圧し折る。
枯れ木が
〈悪魔憑き〉の身体機能は常人から大きく
普通の人間なら、もう充分過ぎるほどに死んでいる。
「うぶっ、ぶふぶ、ばははあば」
――そう、普通の人間なら。
そして自分の頭を掴むと、致命的に曲がった首を、ごぎり、と元に戻したのだ。
――加えて〈悪魔憑き〉の肉体は、浅い傷なら数秒で
当然、首が折れた程度では死なない。先ほどアルバートが吹っ飛ばした指も、いつの間にか元通りだ。
その様を見たワイスは、水に濡れた
「うーわ、きもちわるー。……バートもあの
隣に並んだアルバートは、小馬鹿にするように横目で見てくる相棒に
「冗談だろ。俺に人間辞めろってか?」
「いやもう辞めてるっしょ。いまさら自我のひとつやふたつ、無くなったところで問題ないって」
「大問題だろうが。超えちゃいけない最後の一線だぞ」
常人ならば致命傷。
それを負ってなお健在な様を見る度、自分も同じ〈
――だが俺は違う。
まだ残っている半端な理性が、俺とあの怪物を分かつ
この身体が怪物となろうと、
この精神が狂気に飲まれようと、
最後に残った人としての
握れば千切れる
「あたしもバートも、あのおっさんも、〈遺体〉を食ってる時点でみんな
内心の独白を嗅ぎ取ったか、それともただの反論か。
立ち尽くす中年男。その右人差し指の先に魔方陣じみた紋様——〈
瞬間、視界の端から一条の光線が飛んで来るのが見えた。
数秒後に中年男の手に握られるであろう物体――その正体に思い至った瞬間、アルバートは声を上げていた。
「ワイス、
遮ったのは炸裂音。
間一髪で回避したワイスの背後、コンクリ壁に無数の風穴が空く。
中年男の手に握られていたもの――
「あいつ、どこに隠し持ってたんだよッ」
「奴の〈
――〈印章〉が浮かんだ後、奴の手に向けて飛んで来た光線が凶悪な銃器へと姿を変えた。
中年男が銃を手にするまでに起こった事象は、あまりにも現実離れしていた。
科学技術が高度に発展した現代であっても説明し難い、近未来のSFじみた超能力。
〈悪魔憑き〉の真髄は、この常軌を逸した異能の力――〈
中年男の首がぐるりと巡り、濁った瞳がアルバートを見据える。
悪寒が背を走った直後、
的外れな銃撃は床を蜂の巣にし、アルバートの撃ち込んだ弾丸は中年男の両膝に穴を
「るぁッ!!」
姿勢を崩し膝を突いた中年男のブタ顔を、一瞬にして近づいたワイスのミドルキックが叩き潰す。
一回転して吹き飛ぶ肥満体。追いすがるように、再び現れた青白い光が空間を走っていく。
それを見た瞬間、アルバートの指は反射的に
連鎖する銃声、
宙を舞う
噴き出し続ける
それらは全て――硬質の音に阻まれた。
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