2-3.『羨ましいのか?』

「……昨日の礼をしに来たんだよ」


 ベイリーの事務所にて、偶然にも死体の第一発見者となってしまったアルバート。

 しかし『警察署』の連中に撃ち殺されることも、拘置され恫喝どうかつじみた事情聴取を受けることもなかった。


 大手を振って街を歩けるのは、捜査の手が回らないようブレンダンが根回ししてくれたおかげだ。


「良いってことよ、お前には色々と借りもある。これでひとつチャラだな」

「もうひとつ教えてくれ。ベイリーをったあのタキシード野郎について、何か知らないか?」


 ワイスとボール遊びを始めたベアトリスを一瞥いちべつした後、ブレンダンは内緒話をするように顔を近付けてくる。


「実はな……」


 会話の内容がここから愛娘の耳に届くはずも無いが――なにか後ろめたさがあるのだろう――声量はささやくほどに落とされていた。


「最近、緩衝地帯グレーゾーンで〈悪魔憑きフリークス〉が殺される事件が相次いでる。……まぁ奴らは死体なんて残らないから、大量の血とそこに落ちてた衣服を見ての推測だがな」


 顎に手を添えたアルバートは、思案の後に口を開く。


「……いや、〈大悪魔の遺体ゴエティア〉が残るはずだろ」

「それが無いんだよ、殺した奴が持ち去ったんだろう。死体を処理するにしても、現場に服だけ残すとは思えねぇしな。……なにより、血痕の量はだ」


 この島に集うのはろくでなしや狂人や悪党ばかりだが、所詮しょせん彼らは――単独で〈悪魔憑き〉を殺すことなど、まず不可能だ。

 考えられるとすれば同士討ち。

 複数の〈遺体〉を取り込んで、より強大な力を得ようとする者の仕業しわざ


 問題は、それがどこの誰なのか……アルバートには見当が付いていた。おそらくブレンダンも同じだろう。


「それを、あいつが?」

「うちの鎮圧部隊が、並の〈悪魔憑き〉には負けねぇってのは知ってるだろ? 野郎はそれを返り討ちにした……つっても、判断材料はそれだけだ。だから、お前の意見が聞きたい」

「……俺?」


 きょかれたように自分を指すアルバートに、ブレンダンは一服しながら見透かすように笑む。


「とぼけんなよ、お前らもり合ったんだろ? ……あのエーデルワイスが、をみすみす見逃すわけがない」


 全くもってその通りだ――昨日のワイスのぶすくれた顔を思い出して苦笑しつつ、アルバートは首肯しゅこうする。


「……そうだな、あんたの推理は当たってると思う」


 〈セーレ〉が持つ正体不明の〈権能インペリウム〉に、並の〈悪魔憑き〉では対抗できない。

 かくいうアルバートも、一人では手も足もが出せなかった……〈ダンタリオン〉が無ければ、確実に一度は死んでいた。


『ならこれでだ』


 奴が明確な敵意を向けた際の台詞せりふも、奴が同類なかまを殺して〈遺体〉を奪っていたのなら納得できる。


 しかしどうにもに落ちない。

 〈セーレ〉が〈遺体〉を集めるのは何故だ?

 初見で正体を見抜けない強力な〈権能〉を、それ以上に強化する理由が見当たらない。


 それに、彼自身が〈遺体〉を必要としているようには

 他者を圧倒する強さにえているような奴には、あの不気味な余裕をかもすことは出来ない。

 

「全く、いつ『警察署うち』の管轄かんかつに火の粉が掛かるかと身構えてたが――」


 とりとめのない思考は、ブレンダンの独白が耳に入ったことで中断。


「――野郎は火の粉どころか、直接出向いて火ぃ付けやがった。今すぐにでも借りを返したいところだがな……」


 息巻いて怒気をみなぎらせていたブレンダンは、不意に言葉を切って煙草たばこくわえた。

 大きく息を吸い、ついに火が消えたそれを携帯灰皿に押し付ける。


「鎮圧部隊は半壊状態。ぶっ壊されたビルの撤去作業もあって人手が足りない。『警察署』はしばらく動けそうにない」


 うれいの嘆息とともに紫煙が吐き出されるころには、怒気はすっかり霧消していた。横顔には隠せない疲弊ひへいにじみ出る。


「休戦協定があって良かったよ。もしいま他の商会ギルドに攻め込まれたら、ひとたまりもなかった。うちも何匹か〈悪魔憑き〉を飼っちゃいるが、他所よそと比べりゃ多くないしな」


 ワイスとじゃれあう我が子を見つめるブレンダン。しかしその眼差まなざしは、もっと遠い場所へと注がれていた。


「五年前は島中そこかしこでドンパチ殺し合ってたな……あの地獄に、家族を巻き込むのは御免ごめんだ」


 今の彼は、商会ギルドの長と呼べるほど大きな人物には見えなかった。


 夫として、父として、ささやかな安寧あんねいを守りたいと願うひとりの男。

 そのちっぽけな、それでもたくましい背中になんと言葉を掛けるべきか――

 迷っているうちに、ブレンダンはベンチからすっくと立ち上がる。


「さてと、残業と休日出勤はしない主義なのを……俺はこれから家族団欒かぞくだんらんの時間を過ごすから、邪魔すんなよ?」


 ゆるく首を横に振るその所作は、『ヤバいことに首を突っ込むな』と暗にアルバートをいさめていた。


「……分かった。また羽振りの良い仕事があったら、俺らにも回してくれよ。――ワイス、もう行くぞ」


 笑みを返したアルバートは、足元に転がってきたボールを拾い上げ、ベンチに腰掛けたままシュートを打ち込む。

 放物線を描いて飛んだ球体は、リングの縁で転がってネットを揺らした。


 そのボールをワイスがすかさず取る。

 軽やかなドリブルの後に背を反らして大きく飛び上がると、両手で持ったボールを叩き付けてダンクシュートを決めてみせた。


「お姉ちゃん、すっごーい!!」

「……本当、嫌な奴らだな」


 ベアトリスは真夏の太陽のごとく目を輝かせ、さっきまで散々外しまくっていたブレンダンは苦い顔。


「左手は添えるだけで良いらしいぞ。今度試してみろよ」

「練習がんばれ、ヘタクソー」


 すれ違いざまに左右からなぐさめるように肩を叩かれ、言葉のボディブローまで食らったブレンダンは、グロッキー状態のボクサーのようにふらついていた。


「ワイス、この後はロゼの――」


 歩きながら次の目的地を説明しようとして、隣に相棒がいないことに気付く。


 首を巡らせると、ワイスは立ち止まって名残惜しそうに後ろを眺めていた。

 遠い眼差しの先には、談笑しながら並んで歩く父と娘。


 平和で平凡な、暖かい家族の光景――

 人工島インキュナブラでは金塊よりも珍しく、何にも代えがたい貴重なものだ。


うらやましいのか?」

「……分かってんならくな」


 ワイスはこちらに侮蔑ぶべつの視線を流して吐き捨てると、路肩に停めている車へと歩いて行ってしまう。


 寂寥せきりょうに締め付けられるような心音を追い掛けて、アルバートもその後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る