Ch.2:At the point of no return
2-1.『きっとまた会えるよ』
「――
響いた声に、〈セーレ〉が
整った顔に生まれた驚愕と動揺の波紋が、さっきまで
タキシードの肩越しに見える、仁王立ちのワイス。
その前で、首だけの
奴はまんまと引っかかってくれた――アルバートは嘲笑を浮かべる。
――ワイスが車体に潰される直前。
アルバートの
飛び散った血飛沫も、
顔に浮かべた動揺も、
持ち掛けた降参も、
全て
車の陰に隠れた相棒が奇襲する隙をつくるための、時間稼ぎだ。
「それ、もしかして〈マルコシアス〉かな?」
「なに笑ってんの? ……キモ」
乾いた笑いとともに振り返る〈セーレ〉に、ワイスは
二人の会話をよそに、遠くから響くある音を捉えたアルバートは、苦渋の表情で〈
「嬉しいよ、こんなところで
「……それ、遺言でいいよね?」
〈セーレ〉の言葉に
ワイスの背後に勢いよくバンが停車した。
運転席の
「ワイス、
「はぁ? こっからが面白いとこじゃ――」
「『警察署』の連中にバレた」
「……ぅ」
付け足した一言に、駄々をこねていたワイスも苦い顔をする。
生野菜を口一杯に
舌打ちを残してワイスが助手席に飛び込み、アルバートはアクセルを踏み込みながらハンドルを思い切り回す。
「……逃げられると――」
失笑混じりに指を鳴らそうとして、しかし〈セーレ〉の視線は横へ流れた。
黒い棺のような車体の後部から、
ライオットシールドを構え包囲網を展開、全員が一斉に銃火器を構える。
フルフェイスメット越しに〈セーレ〉へ注がれる視線は、獲物を前にした猟犬のよう。
彼らこそ、『アガリアレプト警察署』の鎮圧部隊。
パトランプの赤と青に交互に照らされながら、〈セーレ〉は溜め息を吐いてタキシードの前を閉めた。
◆◇◆◇◆◇
鎮圧部隊の出動により騒然とする路地の一角。
少し離れたビルの屋上で、アルバートは鉄柵に背を預けそれを眺めていた。
――バンを走らせて距離を取った後。
奴の
「あのハエども……人の横取りしやがって……」
あからさまに
柵を越えて
滅多に食べられない特上肉のステーキが、途中で大量のハエに
それにしても、と鋭く細めた目を向けた
先――〈セーレ〉は包囲されてなお、涼しい顔をして
なにせ相手は六大
〈
〈
身体機能や肉体強度、治癒速度が飛躍しても、
いかにその身が頑健でも、
いかに自然治癒が速くても、
いかに強力な〈権能〉があっても、
数十を超える自動小銃の一斉射撃を受ければ、頭と心臓は確実に損傷する。
武装警察や軍隊を相手にして生き残れる〈悪魔憑き〉など、ほんの一握りしかいない。
――だが、もう俺たちには関係のないことだ。
アルバートは
「これで奴も
「……いや、やる気みたいだよ」
ワイスが小さく
「……なっ!?」
思わず柵から乗り出して眼下を
――それが人間の爆殺死体であることに気付くのに、少し時間を要した。
「いきなり、人が……?」
「――
乾いた声を上げるアルバートの
「整備不良か? ……いや、まさかな」
我ながら馬鹿らしい仮説に失笑しているうち、眼下の風景に変化が起きた。
〈セーレ〉のそばに建つビルの上半分がズレる。
次いで、いくつもの
呆然とそれを見上げていた武装警察たちに、音もなく降り注いだ。
一拍遅れて悲鳴と怒号が飛び交う中。
落下範囲のど真ん中に立っている〈セーレ〉は、終劇を告げる舞台役者よろしく、
挑発的に口角を持ち上げるワイス。
二人と一人の視線が交錯。
体感時間が引き伸ばされていく。
またいずれ、どこかで会いましょう、と。
「……っ」
耳を
〈セーレ〉のいた場所は、既に瓦礫の山と化していた。
巻き込まれた警官たちは赤い飛沫となって周囲に
武装警察や軍隊を相手にして生き残れる〈悪魔憑き〉は、ほんの一握り。
そして〈セーレ〉は――その一握りの内に入っている。
奴はまだ本気を出していない。
もし、
頭を振ってそれを脳裏から追い払うと、アルバートは震えを抑え込むように唇を噛んだ。
「面白いやつだねー」
「あぁ、そうだな。……まさかあんなド派手な自殺を図るとは」
「いや死んでないって。あのホスト野郎とは、きっとまた会えるよー」
「根拠は?」
「勘だよー」
にやりと口許を
相棒の直感は当たる。
――俺にとって嫌な内容ほど、特によく当たる。
夕日が沈み、夜の
一抹の不安に揺れる胸の内を写したように、見上げた空はゆっくりと青黒く濁り始めていた。
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