1-10.『余所見してんなよ』
ワイスの右手首から先が落ちた。
ジャケットの
まるで
「食っていいよ、シルヴィ」
一瞬にして形成された巨大な白狼が、上半身を食い千切ろうと飛び掛かる。
降り注ぐ涼風に金の髪を
まるで、始めからそこで分かれていたかのように。
両断された白狼は崩壊し、それぞれ霜雪の
しかしワイスは笑みを崩さない。
それどころか、ひゅう、と口笛まで吹いてみせる。
合図を受けた霜雪の塊が再形成。
それぞれ二匹の狼となって左右から再び襲い掛かった。
「……おっと」
互いを喰らい合うかに見えた双狼は
ワイスの〈
だが、物理攻撃による破壊は不可能なはずだ。
敵はどうやって両断してみせた?
浮かんだ疑問を脳裏に留めたまま、アルバートは二人の中間地点に移動した
殺到する弾丸と、ナイフと狼牙による挟撃。
今度こそ決まると思われた矢先、ブーツの
何事かと顔を
身体を掻き抱くように頭と胸元を
標的の肌には
頭と左胸に五発ずつ――三発で頭蓋骨と肋骨をそれぞれ破壊、残り二発で脳と心臓を確実に撃ち抜く。
ワイスの両腕に刻まれた弾痕は、その
美青年に向けて飛んでいたはずの弾丸が、そっくりそのまま左後方のワイスに殺到したのだ。
弾道そのものが左にズレたとしか考えられない現象に、アルバートは目を見開く。
「バートお前ッ、どこ狙って――」
相棒の怒声が、甲高い
すぐ脇の道路を直進していたワゴンが、凄まじい速度で真横へ
見えない巨人の手によって押し退けられた車体は、
あっという間に
「ワイ、ス……ッ!?」
ビル壁やアスファルトを汚していく流血はどう見ても致死量。
頭と心臓を一瞬で潰されれば、〈
半狂乱で車から飛び出し、震える悲鳴と共に逃げていく運転手。
それに構う様子もなく、美青年の瞳は横に滑る。視線の先には、信じ
冷たい
「待った……降参だ」
浮かぶ
瞬間移動。
速度の加減に、物体の切断までやってのける。
〈権能〉は一人ひとつが原則。だが奴の能力はあまりにも多彩過ぎる。
おそらく、起こった事象全てに共通するなにかに干渉しているのだ。
アルバートはそれを『移動』という概念だと踏んでいた。
ある地点から別の地点へ、対象を移動させる能力。
飛んでくる弾丸を反対方向へ移動させたとすれば、減速は説明できる。
速度の加減も出来るのなら、事務所内で見せた高速移動にも
だが、ワイスの腕や
大筋は合っているはずだが、全貌が見えて来ない。
足りないパズルのピースはしかし、いくら考えても見つからず。
「相棒があのザマだし、俺ひとりで勝てる見込みもない。……なぁ、
美青年は顎に手を添える。整い過ぎた顔の造作によって、仕草のひとつさえ様になるのが腹立たしい。
「では……〈セーレ〉と呼んでください」
〈セーレ〉――もちろん偽名だろう。
ただでさえ軽薄な声が、より薄っぺらく
その名前には聞き覚えがあった――いつだかゾーイが話していた、七十二柱の悪魔たちの一柱。
変態がひとりで盛り上がっているとばかり思っていたが、悪魔の名前を借りるのは意外と
「信じられないって顔ですね。では、証拠を」
思索に
やがて露わになったのは鍛え抜かれた上半身。
甘い
なにより目を奪われたのは、左胸に刻まれた輝き。
「
〈悪魔憑き〉の上位二
下位と一線を画す能力を持つという本物の怪物。
なるほど〈
「そういう君は、〈悪魔憑き〉になって日が浅いのかな? ……まだ全能を引き出せていないようだ」
お前は〈悪魔憑き〉としては半人前だもん――今朝のワイスの言葉が頭をよぎる。
「
――
鉄塊がぶつかり合うような歪んだ轟音の後、〈セーレ〉に影が差した。
乗用車が宙を舞う。
子供が思い切り蹴飛ばした石ころのように。
放物線を描いて
「――
その背後で、巨大な白狼が
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