1-9.『詰めが甘いよねー』

 首から上を鉢植えにえられた身体。

 壁に赤い染みとなって広がる頭蓋ずがい脳漿のうしょう


 アルバートは、有り得た己の末路を無感動にながめていた。


「……おや、あなたも〈悪魔憑きフリークス〉でしたか」


 首無しの幻影ホログラムがデジタルドットのように消えていく中、白々しい驚きの声にアルバートは舌打ちを返す。


 ――咄嗟とっさに〈ダンタリオン〉でかわしてしまった。


 相手の〈権能インペリウム〉の正体もつかめないうちに、こちらの手札を切ったのは悪手だ。

 ともなれば、屈辱に顔を歪める他に無い。


「なら、これで二つだ」


 美青年の瞳が冷え込む。

 眼前の相手を、明確な獲物と定めた狩人かりゅうどの目。

 言葉の意図はまるで分からないが……これから殺されるのは疑いようもない。


 青年の周囲に浮かんでいた物体の輪郭りんかくが、次々とかすんでは消える。

 風音が耳を叩くや否や、アルバートはその場から飛び退いた。一秒前にいた空間に配置した幻影を蹴り付け、さらに後退。


 殺到した事務用品で蜂の巣にされ、立派な装丁の本に首を圧し折られる幻影じぶんを尻目に、跳んだ勢いのままガラス窓へ背中を叩き付ける。

 甲高い破砕音とともに宙へ投げ出された身体は重力に捉えられ、偶然にも停めていた愛車バンの上に背中から叩き付けられた。


つう……ッ!!」


 建物の五階から落下した衝撃と、ガラス片がスーツを突き破って背中の肉を刺す痛みに思わずうめく。

 助手席のドアが開く音。やがてワイスが屋根ルーフの上に顔を出し、鬱陶うっとうしそうに細められた碧眼へきがんと目が合った。


「詰めが甘いよねー、お前。もう少し右に落ちれば完璧だった。……次が?」

「コンタクトレンズを入れたのか? 度が合ってないならさっさと取り換えろ。これはじゃない」

「一人で死ぬなんて、寂しいことすんなよバート。相談してくれれば力になったのにー」


 悲しそうに眉を下げたワイスを見て、アルバートは面食らってしまった。


「そんなに心配してくれてるとは思わなかったよ……どうやら、お前を少し誤解してたみたいだ」

「あたしら相棒バディでしょ? 当然じゃん」

「……あぁ、そうだな」


 絆の強さを確かめるように固い握手を交わす二人。

 どちらからともなく笑みがこぼれ、心の中が暖かいもので満たされていく中……ふと気になってひとつたずねる。


「力になるって、具体的にはどうしてくれるんだ?」

「一緒に考えたげるよー。さっきのより、もーっとイカした死に方」

「お前に優しさや思いやりを期待した俺が馬鹿だった」


 満面の笑みで放たれた言葉に肩を落とす。ワイスはどこか吹っ切れたような、清々しい顔で続けた。


「お前の新たな旅立ちを後押しするのも、相棒のあたしの役目かなって」

「引き留めるって選択肢は無いのか?」


 アルバートがすがるように問うと、ワイスは小首をかしげて頭上に大量の疑問符?????を浮かべる。


「なんで? 死ねばいいじゃん。死にたそうな顔してんだから」


 死にたそうじゃなくて殺されそうなんだ――そう異議を申し立てようとして、二人に


「……ッ!!」

「……?」


 アルバートは弾かれたように、ワイスは胡乱うろんにゆっくりと、揃って見上げた先――

 宙に浮いた白タキシードの美青年が、不可視の昇降機エレベーターにでも乗っているかのようにゆっくりと降りてくる。


「あ、? ……着いた頃から血の臭い、してたんだよねー」

「気付いてたなら先に言え、駄犬バカが……」


 すがめていた碧眼へきがんに理解の色を浮かべるワイス。もはや怒る気にもなれず溜め息を吐こうとして、握られたままの手が強い力で引っ張られた。


 肌をでる風圧と、耳に届く重い激突音。

 ワイスが飛び退いたと気付いたのは、ゴミ同然に路面にポイ捨てされた後だった。


 立ち上がってえりを正そうとして……右腕に力が入らない。さっき引っ張られたときに脱臼したらしい。


「おい、肩外れたんだが」

「ハ、雑魚ざっこ


 非難の視線を向けると、ワイスは鼻で笑いながらも、だらりと垂れた腕を手に取った。

 どうやらめてくれるらしい。荒療治あらりょうじだが仕方ない。


「いいか、スリーカウントでやれよ」

「うぃー。んじゃ行くよー……!!」


 急な痛みと驚愕で悶絶するアルバートを尻目に、ワイスは汗一つかいていない額をぬぐった。


「よーし」

「お前ッ、なにが『よし』だ、こっちは、心の、準備をだな……」

「三秒で出来る準備なんて、いらないっしょー?」


 一仕事終えた感を出す相棒に恨みの視線を送った後。気を取り直して、バンの上に立つ美青年を睨み付ける。


 着地の衝撃で屋根ルーフが少し凹んでいた。

 愛車を傷物にされた怒りと殺意はしかし、に思い至ったことで急速に冷え込む。


 まだ『警察署』の連中にぎ付けられてはいないが、これ以上の長居はマズい。

 今はこの場から逃げ出すのが先決――


 と、並んだ相棒が不敵に口角を吊り上げるのが見えて、アルバートは頭を抱えた。


「お前、〈悪魔憑き〉っしょ? 」

「おや、可愛らしいお嬢さんマドモアゼル。……だったらどうするのかな?」


 バンから優雅に飛び降りると、美青年は白々しい笑みと甘い声音こわねでそう問い返してきた。

 ワイスの手は、当然のように太もものナイフホルスターへ伸びる。

 殺気にてられた空気が、結氷するようにゆっくりときしんでいく。


「……おい」


 先走る相棒を制止しようと声を飛ばすも、ワイスは聞く耳を持たない。

 彼女の眼は、数秒後に訪れるしか見えていないようだった。


「――遊んでよ、あたしとも」


 白い疾風はやてとなって飛び掛かっていくワイス。こうなるともう逃げの手は打てない。

 組み上げていた逃走経路を頭の片隅に放り込み、相棒を援護えんごするため拳銃を美青年へと照準エイムする。


 響く銃声が開戦の合図ゴング

 アルバートは二発の弾丸を撃ち放ち、ある違和感に気付いた。


 ――銃弾の軌跡が


 〈悪魔憑き〉の中には、銃弾を見切るほどの動体視力を得る者もいる。ワイスもその手合いだ。

 しかし、アルバートはまだその境地に至っていない。

 彼でも見えるということはすなわち、弾丸がのだ。


 金色の弾丸は重力にからめ取られて降下していき、アスファルトにむなしく転がった。


 だがその隙に、相棒が奴の左側面に回り込んでいた。

 右腕が円弧を描き、握られた銀牙が喉笛を狙う。


 空気を裂くすずやかな刃音の後、赤い飛沫しぶきが噴き上がり――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る