1-8.『どんな手品だ?』
入口からすぐの応接間に、異変は見当たらない。
清掃の行き届いたモノトーンのタイル床。
二人掛けの黒いソファに挟まれた簡素な
近くに置かれた観葉植物の鉢が申し訳程度の色を添えている。
そこから地続きになった部屋の最奥――ガラス窓から夕陽の
壁がまるでグラフィティアートのように、
整理整頓されたデスクにも
座り心地の良さそうな黒革のオフィスチェアには、下半身だけが腰掛けていた。
周囲の至る所に、
『古今東西のあらゆる武器を際限なく召喚する』——ベイリー自身が〈サブナック〉と呼ぶ〈
そして、この世のものとは思えない光景の前に、ひとりの人間が立っていた。
すらりとした
優雅とさえ思える所作で振り返った彼の
こちらに気付いた美青年は、この
『白馬の王子様』――アルバートの脳裏に、あまりにも
その
不自然なまでに返り血を浴びていないその姿を見て、こいつの
そして彼の正体についても、予想はついた。
――こんな悪夢のような所業を
「動くな。両手を上げて頭の後ろで組め」
彼がなにか言う前に銃を向け、有無を言わさぬ威圧を飛ばす。
――ハ、と鼻を鳴らす冷笑。
この場にいない
——分かってるよ。
〈悪魔憑き〉相手に銃を向けたところで、脅しにもならないことなど。
しかし美青年は、意外にも素直に従った。余裕の微笑を浮かべたまま、ゆっくりと両手を上げて――指を鳴らす音が響く。
「もしかして、『警察署』の方ですか?」
声が、アルバートの背後から響いた。
「――ッ!?」
振り返る――よりも先に、無意識のうちに飛び
先ほどまでいた場所には、美青年が笑みを浮かべて立っている。
アルバートが部屋の奥、美青年が出口の近く。
ちょうど立ち位置が入れ替わり、
――いつの間に背後を取られた?
一瞬たりとも彼から目を離していない。どころか
冷や汗が頬を伝う中、アルバートは乾き切った上唇を少し
「驚いたな……どんな
会話を仕掛けて様子を見る。
だが、奴がその気になればきっと瞬殺される――それだけは確信できた。
「そんな
狙い通り、美青年は朗々と返事をしてきた。
当然のように聞き流して敵と周囲に視線を飛ばしているうち、その足下に肉片が転がっていることに気付く。
アルバートが立っていたときには無かったものだ。
あれはなんだ? ……いや、今は捨て置け。
まず、奴の〈権能〉を瞬間移動と仮定しよう――だが選択肢を
〈悪魔憑き〉を固定観念や先入観で
未知の能力。浮かび続けるいくつもの疑問符と可能性。
渦を巻く混乱に思考が飲み込まれる前に、ある結論を出す。
――
もし戦闘に発展すれば、逃げ場の無いこの状況は非常にマズい。
唯一の選択肢――背後のガラス窓に目をやろうとして、
「――もう一度お見せしましょうか?」
美青年が指を鳴らすと、視界の端になにかが
その方向へ目をやると、床には数冊の本――束ねて角で殴れば、子供くらいは難なく殺せる――と書類棚の一部らしき木片が落ちていた。
視線を反対側へ滑らせる。さっきまでアルバートの頭があった位置とほぼ同じ書類棚の段から、周りの木板ごと本が数冊分消えている。
「ああ、惜しい」
白々しく笑う美青年に、アルバートは
「観客に危害を加えるなんて、
「構いませんよ。殺す気でしたし」
あまりに軽薄な殺害予告。
――瞬間移動じゃない。
奴の〈権能〉は、
しかしそれでは、予備動作のひとつもなく背後に回り込まれたことへの説明が付かない。
混乱する思考をどうにか巡らすアルバートの足に、真横からの唐突な衝撃。
「ぅぐッ……!?」
備え付けの棚に書類や備品が詰まっているのか、相当な重量のそれはもはや鉄塊に等しい。
肉を潰し
ある一点に意識を集中させ、死角から攻撃を仕掛ける――不意打ちの
そんなものに
机の上に乗っていた物の位置が、さっきまでと全く変わっていないことに気付いた。
あれほどの速度で動いたのだから、
しかしパソコンのモニタや書類ラックは倒れておらず、横置きにされた万年筆さえ一ミリもズレていない。
強烈な違和感を覚えるも、それを解決する暇は与えられず――
部屋の
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