1-7.『クソ真面目だよねー』

 『武器貸しRent-armsベイリーBailey』――

 『アガリアレプト警察署』の管轄内、とある雑居ビルの最上階に居を構える事務所。


 清掃の行き届いた小綺麗な室内の奥で、事務机デスクの上のパソコンと睨み合う中年の男がひとり。


 後ろへ撫で付けた栗色の髪。同色のひげはもみあげからあごまわりまでを覆っている。吊り上がった目許めもとも相まって、さながら獅子を思わせる風貌ふうぼうだ。


 男――ベイリーは不意に画面との格闘をやめ、腰掛けていた上質な黒革のオフィスチェアに身体を沈み込ませた。


 悲鳴のように背凭せもたれがきしむ音。

 着古してくたびれたシャツでたるんだ体型は隠せても、増えてきた体重までもは誤魔化ごまかせない……苦い顔をしながら胸ポケットから煙草たばこを取り出し火を付ける。


 紫煙しえんを吐き出して一息。地平線の向こうへと沈み行く夕日を窓からながめ、ベイリーは感傷にひたっていた。


 ――“能力”を得たのは数ヶ月前。


 マフィアの仕事を手伝った際にしくじり、罰としてを食わされたのがきっかけだった。


 尿路結石なんかとは比べものにならない凄まじい全身の激痛を耐え抜いて手に入れたのは、『武器を生み出す能力』。


 元々武器マニアであった自分にあつらえたようなその力で、苦しみもだえる様を笑いながら見ていやがったマフィアどもを惨殺し、腹いせに奪った組織の金でこうして一旗揚げた。


 もともと血気盛んな無法者アウトローが集い、闘争抗争や権謀術数の絶えない場所だ。

 当然、この能力は引く手数多あまたで、業績の推移は上々。


 もっぱら取引相手は商会ギルド傘下さんかに甘んじる小物ばかりだが、このまま順調に行けば、いずれは商会本部との取引も夢ではない。

 ヴァルターとかいう同業の頑固爺がんこじじいなんぞは歯牙にもかけないほどビッグになれるだろう。


 つい数週間前にも、新しい客とのコネを得ることが出来た。


 運送屋を営んでいるという、二十代の若造だ。

 事務所名はやたらと長ったらしくて覚えていない。名刺を見れば思い出すだろうが……別に今でなくていいだろう。


 不良のような見た目に反して物腰は柔らかく、軟弱そうな印象がぬぐえない。

 人工島インキュナブラの中では珍しい、かなりな人間に見えたが、あれでは長く続かないだろう――



「こんにちは、ミスター・ベイリー」



 唐突に、声が聞こえた。

 少し高めで柔らかい響きだが、声質は成人男性のよく通るものだ。


 声の方向――入口あたりを見遣る。

 ちょうど応接間の辺りに、見知らぬ青年が立っていた。


 まず目を引くのは、上品な色合いの金髪。

 次に柔和にゅうわな笑みを形作る顔。その造作は嫌味なほど整っていて、まるで高名な芸術作品のよう。同性の自分でさえ、思わず見惚みとれてしまう。


 すらりとした華奢きゃしゃ長駆ちょうくは、気障きざったらしい白タキシードに包まれている。

 ここをホストクラブやパーティー会場と勘違いしたのだろうか――そんな間抜けな感想が浮かぶほどには、彼の容姿は場違いで浮いていた。


 その違和感に気付いてようやく、ある疑問が鎌首をもたげる。


 “能力”を得てからというもの、五感の精度が異常なまでに向上した。

 あるときは力の加減を間違えてキーボードを叩き壊した。

 またあるときは部屋の外にいる人間の呼吸音まで聞こえたこともある。


 だが、今に至るまで部屋の外に人の気配は感じられなかった。

 当然、物音なども一切聞こえていない。

 考え事にふけっていたとはいえ、誰かが踏み入ればすぐに気付けたはずだ。


 奴は一体いつ、どうやって部屋に入った? 


「……なんの用だ?」


 眉間に皺を寄せてめ付け、おどしにも似た声音こわねで問うベイリー。

 すると青年は蒼玉サファイア双眸そうぼうを穏やかに細め、小さく笑んだ。


「――貴方が持っている〈遺体〉を、僕にゆずって頂けませんか?」



◆◇◆◇◆◇



 路肩にバンを停めエンジンを切る。

 車体を微細に揺らす振動が止まると、リクライニングした座席シートで寝ていたワイスが目を覚ました。


「ん、事務所うち……じゃない、どこ……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら周囲を見渡し、あくび混じりにぼやくワイス。運転席のアルバートは立ち並ぶ雑居ビルのひとつを指差す。

 最上階の窓には、『武器貸しRent-armsベイリーBailey』の文字レタリング


「ベイリーさんのとこだ。ちょうど近くだし、挨拶あいさつがてら顔を出そうと思ってな」

「ヴァルターのとこは?」

「今日は後回しだ「えー」文句ならゾーイに言え」

「……なら、もう帰ろーよー」

「いいかワイス、俺たちが人工島インキュナブラで商売できるのは、こういう日々の積み重ねがあるからなんだ」


 運送屋を名乗っているが、活動の大半は地道な営業セールスに費やされる。

 それは人とのつながりという糸を伸ばし、街に深く根を張り、いつか腰を落ち着けるために必要不可欠なのだ。


 至って真面目にそうくアルバートに、上体を起こしたワイスは肩を落としてあきれ顔。


「ほんっと、クソ真面目だよねーお前。もっと肩の力抜いたら?」

「お前が怠惰ルーズすぎるんだ。それに頭のネジもゆるんでる」

「ねぇバート、息苦しさとか感じることない? のどとか斬って、風通し良くしてあげよっか」

「お前はそこで寝てろ、ぐっすり眠れるを掛けてやるぞ」


 悪戯いたずらを思いついた子供の表情でナイフを抜き出すワイス。

 そのこめかみに銃口を突き付けながら、アルバートは空いている左手で悩ましげに目頭めがしらを揉んだ。


 ——刹那せつな主義で享楽的きょうらくてきに生きるお前には、俺の苦労は決して分かるまい。


「……ふわぁぉ」


 睨み合いから一秒と経たない間に、ワイスは大あくびをひとつ。再び座席シートに沈み込む身体からは、発していた微量の殺気が霧散むさんしていく。


駄犬バカは車の中で待ってろ。余計な真似されたら困る」

「……んぁーぃ」


 寝惚ねぼけた生返事を了承と取って、アルバートは重い嘆息とともに車のドアを開け放った。



◆◇◆◇◆◇



「——ベイリーさん、バーソロミューです。先日のお礼にうかがったのですが……」


 アルバートはの挨拶をドアの向こうに投げる。

 しかし反応が無い。さっきから何度インターホンを押しても、ドアを叩いても、呼び掛けても……誰一人として応対に来ない。


 留守ではないだろう。耳を澄ませば、室内から微かな物音がする。


 ――なにか妙だ。

 思考にこびりつく違和感と、胸中でさざめき出す悪い予感。

 ジャケットの内ポケットに右手を突っ込み、左手でドアノブを回すと、内開きのドアは呆気あっけなく開いた。


 あまりの不用心さに怪訝けげんと呆れが混じった表情を浮かべつつ、アルバートはふところから抜いた拳銃を構えて室内に踏み入った。

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