1-3.『大音量で楽しんでこそのロックじゃん』
朝の
珍しく、なにもかも順調に推移している。鼻歌のひとつでも歌ってやりたいくらいに愉快な気分……のはずだった。
目の前の信号が赤に切り替わったのを見て、ブレーキペダルを踏み込み停車。
アルバートは助手席にいるワイス――正確には彼女が耳にあてがっているゴツいヘッドホン――を
「ワイス……おい、ワイス」
「…………んー」
座席のリクライニングを限界まで倒して寝転んでいたワイスは、伏せていた
やがて小さく
「……なに?」
白い肌に細い
長い
人を寄せ付けない冷たい雰囲気とあいまって、さながら雪原に立つ狼のようだ……
しかしアルバートは
どうやら本当に分かっていないようだ……
「なんのつもりでその
「は? これ『ストランディス』の新譜だよ。こないだ新メンバーが加入して、もっと
文句と
『ストランディス』――正式名称は『ストランディド・アトランティス』だったか。確か、ワイスお気に入りのロックバンドのひとつだ。
『
いや、それはこの際どうでも良くて。
「――で、このギターリフが間奏でドラムと合わさるともう最高でさぁ」
「違う。なんで音漏れするほどの
「分かってないなぁ、大音量で楽しんでこそのロックじゃん。これが
「行かねぇよ。何回も言ってるだろ、ロックは俺の一番嫌いなジャンルだって」
吐き捨てるアルバートを、ワイスは鼻で笑う。
「ハ、お高く止まってるお
「分かりたくもないね。
「お前の好きなジャズは、あたしからすれば退屈過ぎる。耳から飲む睡眠薬だよあれ。イントロだけでもう寝れる。超ぐっすりー」
「じゃあ、子守歌代わりに俺のオススメを流しといてやるよ。そのまま死ぬまで寝てろ」
「ライブのDVDそろそろ届くんだけど、一緒に見る? どれくらいストレスを与えるとお前が死ぬのかー、観察してみたい」
勝手にしろ、と吐き捨てたところで信号が切り替わった。
アクセルペダルを蹴り付けて発進させると、ワイスもヘッドホンで耳を
会話が途切れ、車内に沈黙の
『フルーレティ・ストリート』。
そして島を六分する
高度先進医療による、老いと死の存在しない近未来の
そんな
かつてこの島が隆盛を極めていた頃は、観光目的に訪れた人々で賑わう歓楽街だったという。
アルバートたちが事務所を構えるこの区画では、先進国の都市とほぼ変わりない人並みの生活を送ることが出来る。
治安も比較的
無法地帯、失楽園、ゴミ溜め、火薬庫、ギャングスタ・パラダイス——
“本土”の人間からは好き勝手に呼ばれている
人が集まり
『インキュナブラ』は、六つの商会によって管轄された地区と、無数の
商会間の勢力の
……などと考え事しているうちに、
六大商会の一角である『アガリアレプト警察署』が仕切るこの市街地は、島内では珍しく犯罪発生率ゼロを誇る。
その実情は、
やがて大通りに面した雑居ビル――目的地のひとつにたどり着く。
歩道に
しかし二人は、溜まったものを発散しに来たわけでも、金をせびりに来たわけでも、ましてや急に将来への不安に駆られたわけでもない。
そんなものには目もくれず、入口脇から伸びる地下階段を降りていく。
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