0-2.『報酬が支払われるまでがお仕事だ』
——消えた。
超常の光景、
ただひとり笑みを浮かべていたワイスは、上げていた両手を無造作に振った。
ジャケットの袖から滑り出ると同時に
「……こっちだよー」
肩を叩かれた黒スーツのひとりが振り向く。
百八十度回ったその首には、既に
あまりにも速い首と胴体のお別れに、少女の細指に握られたナイフは刃先から血の涙を
一瞬で黒スーツの後ろに回り込んでいたワイスは、足下に滑り落ちてくる生首をサッカーボールのように
断面から吹き出した血が、放物線をなぞって赤い尾を
残虐ボレーシュートは奥の黒スーツにヒット。
銃声が得点を告げるブザーのように鳴り響く。狂った
「気をつけろ、こいつら〈
中年男の怒声を号令に、誤射を
広大な廃工場をぐるりと駆けるワイス。断続的に連鎖する発砲音。
追いすがる銃弾は壁や床に穴を空けるばかりで、その
やがて弾切れにより銃声が止み、
黒スーツの一団も拳銃を投げ捨ててナイフを構え出すが——
「
一陣の白い
死の風が過ぎ去った後、彼らは一様に裂かれた喉から
その服に返り血の一滴すら浴びておらず、呼吸の乱れなど一切無かった。
「あっはは、
自らが生み出した惨状を見渡しながら、ワイスは遊び足りない子供のように不満を漏らした。
◆◇◆◇◆◇
あまりにも一方的な相棒の
……といっても、まともに見ていたのは生首でサッカーを始めたあたりまで。
それ以降はバックミラーに映った自分の顔――切れ長の赤目と不健康そうな顔色に辟易し、『睡眠時間をもっと取らないとなぁ』とか余計なことを考えつつ、車の
車体が乱暴に揺らされ、束の間のうたた寝から強制的に目覚めさせられる。
アルバートが非難の視線を向ける先、ワイスは不機嫌そうな顔をして片足でボンネットを踏み付けていた。
さっきの衝撃はバンパーあたりを蹴り飛ばしたのだろう。
——モノの価値が分からない奴だ。
嘆息しながらアルバートはしぶしぶドアを開ける。
「良いご身分だなー、お前。あたしがひとりで戦ってるときに居眠りとかさー」
「お前が言うな。俺が殺されそうなときに爆睡してただろ」
「バートなら
「あのなぁ。元はと言えば、全部お前のせいなんだぞ?」
「しょうがないっしょ。おっさんを〈遺体〉から遠ざけるには、あれしかなかった」
ワイスの視線の先にあるものを、アルバートも眺める。
コンクリ床のある一点――乾き切った赤黒い血溜まりの中に、右人差し指だけが転がっていた。
光沢のある黒で塗られた
その断面から血は一滴も流れず、しかし血色は良いままだ。
まるで、まだ生きているかのように。
――いつ見ても〈
運送屋を営む彼らが中年男から依頼を受けたのは、つい数日前のこと。
あれは一般人が気安く触れていいものではない。彼を遠ざけようとするワイスの判断は正しかった——
「だからって、依頼主を蹴り飛ばす奴があるか……?」
起こした
蹴り飛ばしやがったのだ。それも
中年男の身体は嘘のように吹っ飛び、後ろに控えていた黒スーツの一団をボウリングのピンのように薙ぎ倒した。
当然、彼らは顔を真っ赤にして逆上し、アルバートたちの命が脅かされる羽目になったのだった。
だが、当の
「だってさぁ、見てよあの
ワイスが親指でぞんざいに指す先――〈遺体〉の隣には、すっかり腰を抜かした
「ブヒブヒ
「いや、あれでも
「いや、仕事ならもう終わったっしょ。頼まれてた
「ワイス、俺たちの仕事は
「……はいはい、分かった分かった」
後ろに続くワイスの言葉に振り返り、アルバートはその鼻先を指差す。分かっているのかいないのか、煙たげな顔で手を払いのけられた。
「お、おい……それ以上近付くなよ……!!」
拳銃を突きつけてくる中年男。
さっきまでの
おまけに狙う先を決めかねた銃口が震えながら右往左往するせいで、
中年男の前に仁王立ちしたアルバートは、極めて事務的な愛想笑いを浮かべる。
「――さて、改めて交渉と行こうか」
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