D.U.O. -Distorted Undefeated Outlaws-

ニッケル

Ep.1 B≒W Worst likeability, Best reliability

Prologue : The Overture

0-1.『俺たち相棒だよな?』

 ――どうしていつもこうなる?

 視界にぽっかりと空いたを、他人事ひとごとのように眺めていた。


「おい、聞いてるのか? アルバート・バーソロミュー」


 苛立いらだった声が降ってくる。

 フルネームで呼ぶとは律儀りちぎだな、なんて思っていると、黒い穴――眺めていたが不意に消えた。


 視界の焦点が定まり、贅肉ぜいにくを押し留めて張り詰めた白シャツが見えた。


 拳銃の銃把グリップを握る太い指、続く毛むくじゃらの腕、まくられたそでから丸い肩周りを辿たどり……行き着いたのは、憤怒ふんぬあらわにした中年男のブタ顔。

 半端にハゲた頭頂部が、窓から差し込む夕陽を反射してかなり眩しい。


 思わず目を細めると、ブタ顔が面白いほど歪んだ。磨かれた革靴が苛々とコンクリ床を叩き出す。

 どうやらにらまれたと思ったらしい。


「なんだよ、顔を真っ赤にして……もしかして照れてる?」


 アルバートと呼ばれた青年が苦笑しながら冗談ジョークを飛ばすと、今度は額に銃口をねじり込まれる。

 ――ずいぶんと熱烈なキスだ。硬いし冷たいけど。


「……どうやらお前、が分かってないらしいな?」


 おどしの声と共に撃鉄ハンマーが下ろされた。肥満体から放たれる圧が強まり、敵意でヒリついた空気が肌を刺す。


 ばつの悪そうに視線を逸らしながら、アルバートは中年男ブタの数メートル後ろに停まっている高級車を見た。


 黒光りする流線型の車体は、磨き抜かれた黒曜石オブシディアンのように美しい。


「…………はぁ」


 もはや何度目かも分からない溜め息を吐く。

 それは、自分の全財産を注ぎ込んでも買えない代物を持っている彼がうらやましいから……


 ではなく。

 車体を鏡に映し出される、自分の姿を再確認してしまったからだ。



◆◇◆◇◆◇



 そこはさびれた廃工場。

 すすけた壁が四方を囲み、びた柱が連なるだけの、無駄に広く寒々しい空間の中。

 割れた窓ガラスから射し込む斜陽の光スポットライトが照らす先に、ひとりの青年がいた。


 後ろにで付けられた、赤いメッシュの入った黒髪。

 長身を包む黒いジャケットの内側に赤の防弾ベスト。

 スーツパンツが汚れるのも構わずコンクリ床に膝立ちで、両手を頭の後ろに組んだ投降姿勢。


 悲しいかな、それが他でもない——アルバート・バーソロミューだ。


 その周囲には、サングラスに黒スーツの屈強な男たち。

 明らかに一般市民カタギではない十数人は、その全員が拳銃をに油断なく向けている。

 ぞくに言う、絶体絶命というやつだ。


「お前も少しは隣の小娘ガキを見習え。すっかり落ち込んでダンマリだぞ?」


 あざけりに浮ついた声と共に、中年男の瞳が横に滑る。

 アルバートもそれにならって、視線を車から隣へ向けた。


 ひとりの少女が、同じような姿勢でうつむいている。


 透き通るような白皙はくせきの肌。

 あどけなさを残しつつも、彫像のように整った北欧系の童顔。

 頭にいただくウルフカットの銀白髪。その隙間からは、ターコイズブルーのインナーカラーがのぞく。


 スタイルの良い身体を包むのは、空色のキャミソールと白いレザージャケット。

 ホットパンツから伸びる細脚には、無骨ぶこつなナイフホルスターが巻き付いていた。


 やがて長い睫毛まつげが震え、閉じられていた目蓋まぶたがゆっくりと持ち上がった。


「——


 暢気のんきをした——エーデルワイス・ウルフェンシュタインは、眠たげな半眼で周囲をぐるりと見回す。


「…………あれ、?」


 こちらの顔を不思議そうに眺めるあおいジト目。少女特有のんだ声音は、気怠そうダウナー間延まのびしていた。

 アルバートは辟易へきえきしながら皮肉を投げる。


「よく眠れたらしいな、ワイス」

「ふぁぅぁ……うん。そりゃーもう、ぐっすりとー」


 あくびを噛み殺すワイスを見た中年男や周囲の黒スーツたちが、露骨に動揺する。

 アルバートには、彼らの心拍数が上がるのが


 ――気持ちは分かる。俺もびっくりだ。

 彼女は観念して項垂うなだれていた訳ではなく……


 退だけなのだから。


 無数の銃口に囲まれて居眠りできる胆力タフネスうらやましい――

 そう思ってしまった手前、この状況で夢の世界にトリップする無神経さは水に流してやることにした。


「んーっ……ねぇバート、これいつ終わんのー?」


 目前――いや数ミリ先に迫る命の危機などお構いなしに、ワイスは身体をほぐそうと伸びをする。

 そのあまりに堂々とした様に、拳銃を構えた黒スーツたちが逆に狼狽うろたえた。


「さぁな。俺が聞きたいよ」

「えー……交渉はお前の役目だろー。仕事してよー」

「交渉に見えるのか? “これ”が?」アルバートは己に銃を向ける中年男を顎で指す。「医者にてもらえ、頭を」


 ワイスは二人を交互に眺めたあと、あわれみの目を向けてきた。


「あー、命乞いかー。得意だもんねお前。がーんばれー」

「……知能指数の低いお前に聞いた俺が馬鹿だった」


 はげますように小さくウィンクしてくるワイスに、アルバートは呆れ顔を返す。


「見た通りだ、交渉ならもう決裂したよ。……ちなみに命乞いはまだしてないし、俺はそういうの得意じゃない」

「さっき、あたしより馬鹿って認めたよねー」

「話を逸らすな。……大体、なに被害者ぶってんだよ。元はと言えば――」

「てかさ、あたしが寝てる間、エロい目で見てたっしょー。変態」

「だから話を逸ら「おい」


 緊張感のまるで無い二人の会話に、冷たい恫喝どうかつが割って入る。

 声の主――中年男は、銃口をワイスへと向けていた。


「永遠に眠らせてやろうか、小娘ガキ

「……は?」


 脅し文句に全くひるむ様子もなく、ワイスは男を下から

 形の良い眉を寄せて苛立ちを露わにする彼女に、中年男の方が一瞬たじろいだ。


「お、お前も状況が分かってないらしいな。俺に生意気な口を聞いていいのか? この男が死ぬぞ」


 中年男が顎で示す先――アルバートの顔を見たワイスは、


「うん、


 心底から言い放った。


「待て待て待てワイス、考え直せ。俺たち相棒バディだよな? 世界のどこに、そんなあっさり見捨てる奴がいる?」

「…………」


 慌てて呼び掛けるも、ワイスの碧眼は揺らがない。

 昨日、殺虫剤をかけられていはえを眺めていたときの方が、若干まだ生暖なまあたたかい。気がする。


「……どーせまた、お前」


 に中年男は眉をひそめる。

 が、次の瞬間には相棒ワイスに見捨てられた哀れな男アルバートへ、銃口と侮蔑ぶべつ眼差まなざしを向けていた。


「……だとさ。うらむんなら、お前を捨てた相棒を恨め」

「なっ、おい待て、ちょっと、話をっ――」


 必死の抵抗もむなしく、アルバートの懇願こんがんは銃声にかき消され——

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