第4話:”足利様”の正体

「それがどうした?」

 この前の地響きのような声とは違い、少し優しめの声を出す少年は、否定とも肯定ともとれる言葉を紡いだ。その姿を見た姫花は目を丸くしていた。

 当然だ。彼の姿はまるで座敷童のように、原始的で、野性的だからだ。まるで彼の周りだけ明治時代で時が止まっているようだった。


 辺りの森はまるで化学反応が起きたかのように、ざわざわと音を上げ、優しい風が吹いた。


 なおもこちらを見つめ続ける真っ赤な瞳は、僕ら二人を交互に見た後最初に声をかけた姫花のほうで止まった。姫花は先ほどの全力疾走で乱れた髪を直すと、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「本当に"足利様"なの......?」

「おそらくそうだと思うが?」


 やはり確証は得られない。少年が足利様だと名乗っているのかすらあやふやである。どうすれば彼が”足利様”であることを証明できるのか?

 その問い方に最初にたどり着いたのは姫花であった。


「今から二日前に、ここにライターをお供えしたのよ。この男が。それを見て、山之内を殴って重傷を負わせたのはあなたなの?」


 少年は一度目をそらし、右斜め上を見た。その後、祠のほうをちらりと見てこう言った。


「その通りだが」

「やっぱり!」


 姫花が嬉しそうな声を上げる。僕も内心嬉しかった。あの”足利様”に会えたのだ。しかし、これ以降の言葉が出てこない。今言うべき言葉はおそらく、「付いていってもいいですか?」だろうが、その言葉を出す勇気はなかった。


 何せ彼の得体が知れない。この風貌から見て普通の生活はおそらく送っていない。それに、知らない人に安易についていくのは危険だ。学校でも皆そう習う。


 でもどうしても気になった。


 しかし、あれこれと悩む僕とは裏腹に姫花は能動的だった。


「あんたどこに住んでるの?」


 姫花の質問はだいぶプライベートに踏み込んでいた。まるで合コンで、酔った勢いで相手の住処を聞くかのような質問だ。ネット上でこれを最初にやると変な人だと勘違いされる。そんな質問だ。少年はこの質問に答えるべきか迷ったのか、また少し考えるとこういった。


「川辺に住んでる」


 姫花は予想外の答えに驚いたが、同時に怪訝な表情を浮かべた。たしかに見た目は明らかに僕らと同世代なため、川に住んでいるというのは明らかに信ぴょう性に欠ける。しかし、彼の言葉は堂々としており、嘘はないように思えた。

 姫花も僕と同じようにとらえたのであろう。冗談交じりにこう言った。


「あんた河童なの?」

「人間だが?」

「じゃあ何で川辺に住んでるの?」

「住みやすいからだ」


 またも僕らは困惑する。川辺が住みやすい? それこそ河童ならまだしも、人間には過酷だろう。野生動物の襲来だってありうる。鉄砲水や洪水、さらに言えば冬はもっと過酷になる。この少年の風体から、数か月しか住んでいないとは思えず、謎が謎を呼んでいた。


 しかし、姫花はその謎の答えにたどり着いたのか手をポンと打つとこう言った。


「わかった! 川辺の家に住んでるんでしょ? 目的語がないとわからないじゃない!」

「家という家はないが?」

「て、ことは......」


 僕と姫花は顔を見合わせる。家がなくて、川辺に住んでて、人間だとすると答えは一つだ。


「あんたホームレス?」

「間違ってはないな」


 ......この人は本当に何者なんだろう。僕は少年にさらに興味がわいた。この人は明らかに僕らとは違う。ありていに言えば只者ではない。

 姫花は眉間に寄せたしわを解くと、少し微笑んでこう言った。


「あんた面白いわね! ねえ私たち、ついて行っていい?」


 少年は今度は少々長めに考えると、こう言った。


「別にいいが、名前は?」

「私、斎藤姫花! で、こいつは田中信晴。よろしくね!」


 姫花が食い気味に自己紹介をしたため、僕はとっさに対応できず、小さく「よろしく」と続けるほかなかった。

 食い気味の自己紹介で驚いたのは少年も同じだったようで、赤い目を輝かせてこう言った。


「そいつ女じゃないのか......」

「女じゃないよ!」


 とっさに言い返してしまう。何で僕は初対面だと女だと思われるんだろう?姫花はそんなことは微塵も気にしておらず、さも当然のように聞き流してこう言った。


「あんたの名前は?」

「足利様じゃダメなのか?」


 姫花は人差し指を立てて左右に振るとこう言った。


「キャバクラじゃないんだから源氏名じゃ意味がないの。何て呼べばいい?」


 一見意味不明な理屈だが、確かに足利様だと呼ぶときにいろいろ困る。何より同世代を”様”呼びしたくない。


「普段は”義家”と名乗ってる」

「じゃ、よろしくね! 義家君!」

「よ、よろしく......」


 先ほどまでただの”少年”だった義家は気圧されるように言うと、「ついてこい」と言って山道を歩き始めた。


 僕らも歩を揃えて彼の後ろをついていった。

 ここから先の山道はさらに険しく、ついていくのがやっとだった。

 そんな中で、時折木の隙間から見える田舎町の景色はあまりにも美しく、こんなところがあるのなら、これまでなぜ来たことがなかったのだろうと、少し悔やんでしまった。


 しかし、僕らはこの先もっと美しい光景を目の当たりにすることになる。

 

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