第2話:仮説と検証
この付近には神社がある。
神社といってもさびれた神社で隣町にある。
この付近は奥山町というこれでもか......!というほどひねりのない地名なのだが、もともとは別の地名だったらしい。しかし、その地名には蛇がつき、蛇がつくということは洪水が頻発するということだ。
それでは地価が上がらないから町民が市に言って、変えてもらったという話がある。ここ十数年では洪水は全くと言っていいほどないのだが、雨が少なくなったからか、それとも運がいいのかは謎だ。
そして隣町を万歳町という。
こちらはきちんと由緒正しい理由があり、後醍醐天皇が隠岐に流される途中この付近に立ち寄り、水を飲んだ。たいそうおいしかったらしく、万歳! と声を上げたことから名前がついたらしい。
本当か嘘かは正直わからないが、前述した神社に昭和天皇が摂政宮時代に訪れたという石碑があるため、天皇家とゆかりが深いのは本当なのかもしれない。
僕はその神社を横目に、申し訳程度に舗装された道を登っていく。その中腹に件の祠はあるのだが、なぜあるのかは不明だ。
ネットで調べても何も出ず、都市伝説が一件もない。こんな車両事故が起こりそうなところにあるのだから、一つや二つあってもいいと思うがやはり出てこない。
検索エンジンも当てにならないものだ。
さて、今は土曜日のお昼ごろなのだが、なぜこんなところに来たのかというと、”足利様”の正体を確かめるためだ。
この前の、山之内事件で僕はある仮説を立てたのだ。
もし、件の事件の犯人-犯人というと失礼だが-が”足利様”だとすると、件の祠に毎日足を運んでいるはずだという仮説だ。
まず第一に、何もお供え物がなかったということ。
うちの学校ではいじめなんてありふれた日常だ。僕だって結構な頻度でカツアゲにあっている。とすると、”足利様”のうわさを聞いて足を運ぶ人は相当数いるはずである。しかし、お供え物は何もなかった。つまり、毎日か、それに類する頻度で”足利様”がお参りしている可能性が高い。ということだ。
次に、お供えからの対処の速度である。
僕が半信半疑でお供えした後、次の日にはすでにその”処理”が完了していた。これは、毎日足を運んでいなければ不可能な芸当だろう。
もし、”足利様”が数日に一度のペースか、適当にお参りしているとすれば、僕がお供えした日に偶然お参りしていなければならず、天文学的な確率を引き当てなければならないことになる。
僕が”足利様”が今日、件の祠に現れるという仮説の根拠は以上だ。
数分坂道を上ると、祠が現れた。
数メートルという道幅の道路の左側は切り立った崖、右側は鹿でしか登れないような斜面になっている。斜面に何一つ舗装はされておらず、よく崩れないなと思うほどである。
辺りは針葉樹と広葉樹が入り混じり、セミの声だけが響き渡っている。
都心にあるような、車の騒音はなく、ただひたすらに森の音だけが辺りを包んでいた。ここらあたりは標高のせいか、かなり涼しく、かつ生い茂った森林が太陽光を適度に遮断し、過ごしやすい避暑地のような感覚であった。
しかし、どこに隠れればいいのか......
先ほど言ったような地形のため隠れられるような場所はみじんもなく、電柱すら存在しない。張り込みをするにはこれ以上なく不利な地形だ。少し困って辺りを見渡していると、自分が登ってきた方向とは逆側から草をこすりつけるような音が聞こえた。
明らかにスニーカーや、革靴といったある種の人工物とは違うその音は、徐々に迫ってきていた。
もしかして”足利様”かもしれない。
現代の生活の中で失いかけていた勘がそう言っていた。
しかし、どうすればいいのか......
すると、ついにその足音が徐々に大きくなり、遠目ではあるが人であると確信できる風貌が見えてきた。そしてその風貌は徐々に男性の様体をなしていき、最終的には僕より十数センチ大きな少年になった。
この人が”足利様”?
その少年は真っ赤な目をしており、黒く短い髪の毛、焼けた肌、そして端正な顔をしている。上半身は手作りだろうか? おそらく藁でできており、けば立った羽織をかぶりその下は上裸である。羽織の隙間から見える腹部には美しいシックスパックがのぞいていた。下半身はほとんど白くなったジーパンをはいている。
そしてさらに下に目を向けると”草をこすりつけるような音”の正体が分かった。それは明らかに手作りの草履であった。何度も修復した跡があり、指先には黒い土がついている。
彼は注意深く観察する僕のほうを少し見ると、祠のほうを向き、目を閉じ手を合わせて祈り始めた。
祈りの間山は静まり返り、風すらも収まった。セミはオーケストラの演奏後の、拍手までの一瞬の静寂のように静かになった。
この”人”は果たして人なんだろうか?
偶然だとして天文学的な確率がこんなに簡単に起きるだろうか?
彼は数分間祈り続けた。
その間僕の息と、動悸以外の音は聞こえず、ただひたすらに静寂が流れた。
その少年は目を開けて、祈りをやめると一瞬の時間ののち、音が復活した。まるで鉄砲水のように流れ出した音はしばらくの大合唱ののち、普段通りに戻った。
祈り終えた少年はこちらを一瞥すると、踵を返してもと来た道を帰っていった。
「あ、あの!」
ここを逃すわけにはいかない! 僕は思わず声を上げた。
少年はゆっくりと回れ右すると、こちらを向いた。眉を吊り上げ、赤い目を輝かせると、どすの利いた声でこう言った。
「何か用か?」
その声は明らかに普通の人とは違っていた。底知れない恐怖を感じる声質。恐怖といっても本能に直接訴えかけてくる、そんな響きだ。たとえるなら地震が発生する前に聞こえる、断層が動くあのぎしぎしとした音。
僕は確信した。この人が”足利様”だ!
この人なら多分、山之内なんて赤子の手をひねるようなものだろう。
その思考を何とか伝えなければならない。しかし、口がうまく動かない。まるで口が動くことを拒否するようなそんな感覚だ。
それでも口に無理やり動くよう命令しやっと次のような言葉が出た。
「え、えっと......」
まるでうなり声のようなそれは、このせみ時雨の中、彼に聞こえているか妖しかった。どもる僕をしり目に彼はもう一度踵を返すとこういった。
「用がないなら行くぞ」
待って!
とは言えなかった。彼は草がこすれる独特な音を出して、来た道を帰っていった。
僕はその姿が見えなくなるまで彼の後姿を眺めていた。
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