Q.E.D.
そーそー
第1話:足利様
「いじめはいけないことである」
よく聞いた話だ。
先生はそう言う。
でも実際いじめがあれば先生はなかなか手を出そうとしない。
学校の面子を守るためか、それとも自分の身を守るためか......
とにかくあまり口出ししないのである。
特に今通っている中学校のような全寮制の隔絶された空間であればなおさらだ。
ここは奥山中学校。田舎の美しい自然の下で伸び伸びと勉強ができることが触れ込みである。僕の名前は田中信晴。この学校に通う一人の生徒だ。
我ながら成績はかなりいいほうで、校内で10位以下を取ったことがない。学校でいうところの優秀な生徒の一人だ。
山を切り開いて作ったであろうそびえたつ3本の校舎と、それらを取り囲む青々とした緑。そして、学校から数歩出れば透明な川が厳かな音を立てて流れている。
正直自然からすればこんな人工物を建てられて迷惑千万だろうが、口一つ聞かずに我々を見守ってくれている。自然は果たしてこの”有名デザイナー”が作った校舎にどのような意見を持ち、何が言いたいのか? そんなことを考えても無駄なことは重々わかっているが、少し気になってしまうのが人間のサガなのだ。
ぼくの意見としては、”自然の中で授業ができる”ということを極めて従順に守るとすれば、戦後すぐの青空教室が最も適しているだろう。この校舎を言い換えるのであるならば”大自然を体験できる”と銘打ったゴルフ場であろう―ゴルフ場はどうやって作られるかをよく考えてもらえばおのずとわかる―。
今年で中学二年生になった僕は、この夏に誕生日を迎え14歳になる。
だからと言って特別な歓待-両親がバースデーケーキを持ってくるなど-があるわけではなく、しかしそれで自分自身悲しむこともなく、誕生日のその日があと数日と迫っていた。
今日も一通り授業を終え、ここから数百メートルという、下校と言うにはあまりに短い道を歩かねばならない。夏場ということもあり、夕方でも暑さは健在で、都心とは相対的には涼しくても、アスファルトで舗装されている地面は目玉焼きを作れるほど熱くなる。
そんなことを考えながら、下校の身支度をしていると大柄な男とその取り巻きが声をかけてきた。名前を”山之内達也”、この学校における”いじめっ子”という立ち位置にある人間だ。
「よう!信”姫”!」
「......」
信姫というのは僕のあだ名......というより蔑称といったほうが正しいかもしれない。見た目がどうしても女の子らしく、身長も普通より少し小さいため、どうしても女の子に見られがちなところが所がある。
確かに、少し勘違いしてもおかしくないが、こいつらは勘違いではなく完全に確信犯だ。
「何にも言わなかったらわかんないだろ? それとも信姫様は生理真っただ中か?」
笑い声が入り混じる達也と取り巻きの声に、少し頬が熱くなるのを感じた。むろん周りにいる生徒たちへの恥ずかしさであり、惚れているだの実は女だのというファンタジー要素はない。証明してほしいなら股間を見せる。
「僕は女じゃない」
少し気おされ気味に言ってしまう。僕は体育会系ではないため、どうしてもこいつらには勝てない。彼らの中には柔道部の部員も多数いる。
正直どうしようもない。
「じゃあ確かめよっか!」
前言撤回!こいつらには見せたくない!
あまり大きくないとかそういうのではなくて、ただ、プライドがそれを許さない。
しかし、達也の声を聴いた取り巻きの一人が僕のズボンに手をかけた。
僕は必至でズボンを抑え、脱げないよう手で押さえる。
しかし、その剛腕に立ち向かうにはあまりにも僕の腕は細すぎた。だんだんと握力、腕力ともになくなっていくのが、しびれ方で分かってしまう。
まずい、このままでは......
「あんたたち、何やってんの!?」
後ろから正真正銘の女性の声がかかった。
蜘蛛の子を散らすようにズボンから手を放して散っていく取り巻き立ち。
3割方露出したパンツにズボンで覆いをかけながら、声のほうを見るとそこには見知った顔が立っていた。
スーパーヒーローの登場に僕は思わず声を上げる
「姫花!」
達也たちを押しのけて僕の目の前まで来た彼女は、取り巻きたちの前に立ちはだかると、見得を切ってこういった。
「あんたたち、そんなに男の一物が見たいわけ?」
「べ、別にそういうんじゃ......」
その言葉を放った取り巻きは達也に対して目でレスキューの信号を送る。しかし、達也としてもそういわれるとどうしようもないだろう。
しかし、姫花は追及の手を緩めない。
「じゃあ何で脱がそうと思ったのよ?」
「それは、その...... そうだ!そういう遊びなんだよ!な!」
「ふーん......」
姫花は心底見下した目で彼らを一瞥するとこう言った。
「男の一物を見たければネットでゲイポルノを探すことね、それも無修正のやつ。それとも生じゃなきゃ満足できないほど変態なの?」
達也とその取り巻きたちはお互いに顔を見合わせると、「いこーぜ」と小さく言って教室を出ていった。
僕は少しほっとして、荷造りを再開した。
この姫花という女の子はかなりの美人で、天才肌の少女。
昔からの幼馴染で、先ほどの様によく助けてくれている。
あまり勉強しているそぶりは見せないのに、全国模試の成績はすこぶるいい。それに両親が実業家とあって、先生からの受けもいいのだ。
必死に勉強して医学部B判定の僕とは大きな違いだ。
毎日、女子寮と男子寮の別れ道まで一緒に帰る仲で、その気がないかというと嘘になる。しかし、僕でいいのかという少しの疑問から告白はあまりしたくなかった。
今の関係をもう少し続けたい。
その気持ちが思春期に入って以来続いていた。
しかし、彼女の考えは違ったのかもしれない。そんないじめられっぱなしの僕を見て業を煮やした姫花が一喝する。
「あんたもうちょっと反撃しようとか思わないわけ? このままじゃやられっぱなしじゃない!」
「だって、反撃したところで敵わないし......」
「ちがうわうよ! 敵う敵わないじゃなくて、戦う気概を見せろって言ってんの! そんなんだから女の子扱いされて、さらにいじめが加速するんじゃない!」
「そ、そうだけどさ......」
むろん、反撃しようとしたことはある、その時は反撃したことをいいことにさらに殴られてボロボロになってしまった。それを見た先生も保健室に行け、というだけでそれ以上のことは何もしない。曰く、「殴ったほうが悪い」とのことであった。
僕には彼女のような口はない。殴ったほうが悪いなら、やり過ごすのが最もいい。つまりあいつらは嵐のようなものなのだ。嵐にいくら石を投げ込んでも増長するだけだ。
普段の姫花なら、そんな僕を見かねてもう少し長めのお説教が飛んでくるのだが、今日は少し違っていた。
「......まあいいわ。そんなあんたに興味深い話があるんだけど、どう?」
興味深い?
「なにそれ?」
「”足利様”って知ってる?」
「なにそれ」
彼女は「はー」と一つため息をつくとつづけた。
「......あんたやっぱり情弱ね。いい、”足利様”っていうのはいじめっ子をぶっ飛ばしてくれる存在よ!」
「いじめっ子をぶっ飛ばしてくれる? なんで?」
「知らないわよ! でもね、ある祠にライターをお供えして、相手の名前と住所か学校を書いた紙を置いておけば数日以内にやってくれるらしいわ!」
馬鹿げた都市伝説だ......
と僕は思った。いじめっ子をぶっ飛ばすなんて普通やりたい人なんていないだろうし、それにライター一本で請け負うという安さ。ただの都市伝説の域を出ない。
いわゆる七不思議という奴だろう。
しかし、七不思議というには少し具体的過ぎるきらいがある。
請負料の安さはさておき、相手の情報を置くというのは少し具体的だ。
かといって、七不思議にリアリティを付与するある種の創作なら納得できる。
神頼みというのはあまりなじみがないが、少し頼ってみてもいいかもしれない。
ライター一本という安さが、僕を少しだけその気にさせた。
「ある祠ってどこ?」
「やってみるの?」
「まあ......」
「わかった! その祠はね......」
その祠の位置を詳しく聞いた僕は、その日の放課後にコンビニでライターを買って持っていくことにした。
古くから言われている天気占いによると、夕焼けが起きた次の日は晴れるらしい。どういう原理かは少しだけ記憶の外にあるが、確か空気中の水分がどうたらというある種の科学に基づいている。
そしてそのオレンジの夕焼けに照らされた山道の、中腹にその祠は実在した。その祠には古びた仏像が入っており、小さなしめ縄がちょうどハロウィンの飾りのようについていた。綺麗な木の板でできた入れ物は夕焼けでさらに濃くオレンジ色に輝いており、小さな賽銭箱には小銭が少しだけ入っていた。
もし、”足利様”とやらが実在するとすればうちの生徒が皆駆けつけて、盛んにお祈りするだろう。しかし、この祠には姫花から聞いたお供え物はほとんどなく、あるのは小さな盛り塩だけであった。
やはり、都市伝説か......
と思ったが、でもライターを買ってしまったからには置くしかない。なんせ使い道のないライターを寮に持ち込めば、タバコを吸っていると勘違いされ、ひどい目にあうことは明白だ。
僕はライターと達也の住所と、名前を書いた紙を置きその場を去った。
次の日の朝。
うだるような暑さの中、必死で足にいうことを聞かせ、山道を登るとやっとこさ校門についた。川辺は涼しいのだが、それでも現代人にはつらい暑さだ。
そして教室もたいがい暑く、先生が来るまでクーラーをつけられないため、汗を垂らしながらホームルームを待っていた。
しかし、なかなか先生が来ない。
先生はいつもの時間になっても現れず、周りの生徒たちもざわざわと、虫が這うような音を出し始める。しかし、そんな雑音も徐々に収まり、生徒たちの体温からくる気温の上昇で教室はサウナのようになり、最終的にアナログ時計が時を刻む音だけが響いていた。
その音が暑さを増長し、さらに精神的に痛めつけられる。
数分が経ち、自分含め皆が限界を迎えたころ、先生らしき足音が聞こえた。
その音に僕はほっとし、クーラーがやっと着けられることへの歓喜と、いつもなら感じられない暑さへの少しの名残惜しさを感じた。
そして先生がついに現れ、クーラーをつけると、教壇に立ち開口一番こういった。
「昨日、山之内達也君が何者かに襲われました」
周りの生徒が一斉にざわつきだす。
達也は僕のクラスとは別だが、取り巻きはこのクラスにもいる。生徒の雑音の中には見た目上悲しみの声を上げながら、嬉しさがにじみ出ている声もあった。
僕としては恐怖がこみあげていた。
確かに僕はお供えをしたが、本当にぶっ飛ばされるとは思ってもみなかった。なんせ昨日の今日である。少し離れた席から視線を感じる。位置的におそらく姫花だろう。振り向かなくても分かった。
そして担任はこう続けた。
「山之内君はどうやら素手で殴られたらしいです。瀕死の重傷で、ICUで治療を受けています。もし心当たりのある人は名乗り出なさい」
皆顔を見合わせ、誰もがそ知らぬふりをする。
当然だ。出て言った時点で警察に捕まるか、莫大な慰謝料が待っている。
むろん僕は心当たりがあるのだが、出ていくつもりはなかった。出ていけば前述の通りになるだろうし、何より”足利様”は僕をいじめから救ってくれた恩人だ。仲間を売るわけにはいかない。
そして僕は恐怖を覚えると同時に足利様に羨望も覚えた。もし、それが人であるならば会ってみたい。会って話を聞いてみたい。なんせその人は僕の真逆にいるのだから。
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