笑顔で言った
「卒業生、入場」
卒業式が始まり、自分の卒業式でもないのに、今は何故か清々しい気持ちだ。
この桜橋先輩の制服姿も今日で最後だけど、卒業式が終わったら写真撮ってくれるかな。
それから卒業式が予定通り進んでいき、紬先輩には悪いけど、桜橋先輩の背中以外見れない。
少しでも桜橋先輩を見ていたい気持ちでいっぱいだ。
「卒業生代表、桜橋一花」
「はい」
さすが桜橋先輩だ。絶対代表だと思ってた。
「初めに、私達卒業生のために、こんな素晴らしい卒業式を開いていただきありがとうございます。代表としてここに立っていますが、今日は私の話をさせてください。私は長い間、とても罪深い勘違いをしながら生きてきました。ですが二年生になった頃、一人の、私に苛立ちを与える生徒が入学してきたんです。そして、その生徒と出会ってから、私は色んな感情を知ることができました。不安、嫉妬、好奇心、悲しみ、諦めること、諦めないこと、そして愛。きっとみなさんにも、そんな気持ちを教えてくれる人がいるかもしれませんし、これから現れるかもしれません。そんな時は、その人を大切にしてください。愛は、ただ好きってだけじゃない。幸せを共有することはもちろん、傷つけ傷つけられ、時には相手の傷を抱きしめて、一緒に傷つく覚悟があるかということです。そんな素敵なことを教えてくれた人と出会えた桜浜学園が、私は大好きです。最後に一つ、川崎先生」
「わ、私?」
「桜橋先生と言った方が分かりやすいですかね?」
「‥‥‥」
「最後まで自分の話になってしまってごめんなさい。私からは以上になります」
大きな拍手が響く中、俺は思わず泣きそうになってしまったが、俺は明日、桜橋先輩を見送るまでは泣かないと決めている。と思いながらも、川崎先生が桜橋先生⁉︎なんのこと⁉︎と、頭が混乱中である。
「続きまして、在校生代表、双葉文月」
「ん?」
俺⁉︎なんも聞いてないんですけど⁉︎
「双葉文月さん?」
「は、はい」
とにかくステージに上がらなきゃ‥‥‥
ステージに向かって歩いている時、ふと美山を見ると、何故かドヤ顔でグッドポーズをしていて、嫌な予感がして桃と鈴穂を見ると、やっぱり二人も俺に向かってグッドポーズをしていた。
ここでキスしろってことかよ‥‥‥無理だろうがよ‼︎度胸がないとかじゃなく、普通に考えて無理だろうがよ‼︎
それにもう一人俺に向かってグッドポーズしてるあいつ‼︎元々在校生代表だった奴だろ‼︎
「すぅー‥‥‥卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます‥‥‥」
こういうのなんて言えばいいんだ‥‥‥あぁ〜、みんなめっちゃ見てるよ‥‥‥
「えっと‥‥‥ごめんなさい!桜橋先輩、ステージに来てください!」
「え⁉︎」
保護者までざわつかせちゃった!
「やっぱりいいです!そこで聞いてください!」
「‥‥‥」
「俺‥‥‥お‥‥‥俺は、桜橋先輩を愛してます‼︎」
「‥‥‥」
はい、死にたい。
今日一の地獄のような沈黙を作り上げ、俺は静かに自分の席に戻り、卒業式が終わるまで一度も顔を上げられなくなってしまった。
そして、やっと卒業式が終わった‥‥‥
「双葉さん」
「文月くん」
「言いたいことは分かる!でもできるわけないだろ!それよりどうすんだよ!」
「なにが?」
「これじゃただの痛い奴じゃんかよ!」 「痛い人なら女の子も近づかないので、ある意味成功ですね」
「もういい、屋上から飛び降りる!」
「早まらないで!」
「そうですよ。早漏ですか?」
「おい桃」
「はい」
「女に生まれたことを喜べ。男なら殴ってるところだぞ」
「きょわい」
「ん?」
「怖いって言ったんだと思うよ?」
「あ、うん、そうなんだ。まだ見送りまで時間あるよな」
「ですね」
「んじゃ気になることがあるんだけど、川崎先生が桜橋先生ってなんなんだ?」
「分からないです」
「私も気になってた!」
「貴方達」
噂をすれば川崎先生がやってきた。
「なんかもうバレちゃったみたいだから話しておくね」
「は、はい」
「私は、一花ちゃんのお母さんの妹よ!」
「‥‥‥は⁉︎」
「一花ちゃんを見守る役で、この学園に勤めていたの!」
「川崎って偽名ですか⁉︎」
「いいえ?一花ちゃんとは小さい頃に一度会っただけだったから、バレれないと思ってたんだけどね。まぁでも、ただ見守るだけ!生徒会長をしてるとかは随時報告してたけどね!」
「似てなさすぎ‼︎」
「そうですよ!桜橋先輩と関係のある人って、大抵目つきとか似てましたよ⁉︎」
「似てないことだってあるわよ」
「そもそも、他の先生は知ってるんですか⁉︎」
「もちろん!でも、桜橋グループの一員ってだけで、私は結婚してないから川崎っていえば川崎で間違いないけど!」
「複雑な感じですね。なんか急に嫌だ。先生の生徒辞めたいです」
「なんでよ!」
「だって桜橋グループの人なんですよね。なんか怖いです」
「三年生になっても双葉くんの担任よ!」
「えぇ‥‥‥」
「次の仕事は、双葉くんが浮気しないかの監視なの!女の子との接触は、立ち話もお姉ちゃんに報告するからね!」
「美山と桃と鈴穂はいいですよね⁉︎」
「そうね!それは仕方ないわ!」
本当にこの学園はスケールが違う‥‥‥桜橋グループのお金で学園が成り立ってるようなものって前に聞いたけど、だからこんなスパイ教師が居ても問題にならないのか。
「先生って、やっぱり給料高いんですか?」
いいぞ美山。それ、俺も気になる。
「全然!」
「んじゃなんでやってるんですか?桜橋グループなら、もっと稼げる仕事とかあったんじゃないんですか?」
「私は桜橋グループの中でも落ちこぼれなのよ!ドジとか言われるし、飲んだくれだしね!」
修学旅行の時、確かにそうだったわ。
「さぁさぁ、みんな外に移動して!みんなを見送ってあげなきゃ!」
「はーい」
外に出て、次々と桜浜学園を去って行く先輩達を見送り、やっと紬先輩が学園から出てきた。
「紬せんぱ〜い!」
「杏奈ちゃん!」
美山はずっと我慢していたのか、紬先輩が出てきてすぐに寂しそうに抱きつきにいった。
「卒業おめでとうございます」
「副会長!式中のあれはなんですか⁉︎」
「いろいろ事情がありまして‥‥‥」
「気持ち悪っ」
「え⁉︎」
「あ、一花ちゃん来たよ!囲まれる前にみんなで突撃!」
「おー!」
「一瞬で囲まれた‥‥‥」
桜橋先輩は他の生徒達に囲まれてしまったが、ニコニコしながら人を掻き分けて俺達の方にやってきた。
「一花先輩、ご卒業おめでとうございます!」
食い気味に声をかける桃を見て、本当に桜橋先輩のことが好きなんだなと、微笑ましい気持ちになる。
「ありがとう!」
「一花先輩はずっと私の憧れです!」
「なら、まずは身長が足りないわね」
「‥‥‥」
「ちょー‼︎桃がショックで気絶したー‼︎」
「岡村さん⁉︎」
「美山!キスで目覚めさせろ!」
「無理だよ!」
すると桜橋先輩が指先で桃の唇に触れ、桃は一瞬で目を覚ました。
「え、なに?回復魔法でも使いました?」
「まぁね!」
「マジかよ‼︎」
「それより、みんなで写真撮りましょ?」
「はい!」
近くにいた生徒に携帯を渡し、学園をバックに集合写真を撮ってもらうことにした。
「松下さん、貴方も写りなさい」
「私はいい」
「鈴穂、一緒に撮ろうぜ!」
「‥‥‥しょうがないな」
「それじゃ撮りますよー!ハイ!チーズ!」
こうして、この全員がここで笑うことはもう無い。やっぱり寂しすぎる。
「ツ、ツーショットとかって‥‥‥」
「いいわよ!撮りましょ!」
「次、俺もお願いします!」
「分かったわ!」
「私も!」
「うん!」
「私もお願い!」
勇気を出した桃に続き、俺と美山と紬先輩も桜橋先輩とツーショットを撮り、結局その後は、桜橋先輩はまた生徒に囲まれ、他の生徒との写真で忙しくなってしまった。
「桜橋先輩」
「なに?」
「俺達、行かなきゃ行けない場所があるので先に帰っててください!必ず泊まりに行きます!」
「待ってるわね!」
「はい!」
そして紬先輩にも別れを告げ、俺達生徒会は学園を出て、待ちに待った場所へやって来た。
「完璧だ‥‥‥」
「うぅ〜‼︎やったー‼︎」
「わーい」
「良かったねー」
遂に卒業式の今日、待ちに待った寮が完成し、美山は今日からここに住むことになる。
「他に入る生徒は居るのか?」
「一応、両親の年収で寮に入れるかどうか決まる制度になったんだけど、次の入学生に何人か居るよ!みんな女の子だし!」
「良かった良かった!」
「男の子が来ても、寮が分かれてるから問題ないけど!」
「てか、学費が安くなるなら俺も住もうかな。俺の家は一般家庭だし、多分いける気がする」
「住もうよ!私の部屋一緒に使おう!」
「い、いや、後ろの電柱見てみろ」
「ん?」
「川崎先生が監視してる」
「うわ」
「不気味ですね」
「妖怪、独身教師」
「‥‥‥」
「よ、よし、見たいもの見れたし戻るか!」
「だね!」
学園に戻ると、もう桜橋先輩は居なく、卒業生がちらほらと数人いるだけになっていた。
それから体育館の後片付けをしていると、鈴穂が椅子を運びながら俺を睨みつけているのに気づいてしまった。
「なんだよ」
「最後なんでしょ。帰りなよ」
「片付けしなきゃだろ」
「双葉さんの分は私がやります」
「んー、美山?」
「行きなさい!会長命令!」
「‥‥‥分かった!ありがとうな!」
俺はみんなの優しさに甘えて、帰りの会もすっぽかして桜橋先輩の家に走った。
「お邪魔します!」
「お帰り!」
「本当、家から何も無くなりましたね。おっ⁉︎」
桜橋先輩は話そっちのけで俺に抱きついて甘え始めた。
「好きよ」
「好きです」
「今日は夜更かしする」
「明日に響きますよ?」
「いいの。少しでも双葉くんとの時間を過ごしたいから」
「んじゃ、俺も頑張って起きてます!」
「お風呂も一緒」
「お風呂も⁉︎」
「もういいでしょ?」
「いいですけど」
それから、いつものように一緒にご飯を作って一緒に食べ、電気を暗くして一緒に湯船に浸かった。
「この後、散歩でも行かない?」
「髪乾かして、ちょっと休憩したら行きましょうか!」
「やった!」
「桜橋先輩」
「もう先輩は終わり!今日から名前で呼んで?」
「‥‥‥い、一花」
「恥ずかしいからやめて!」
「どんだけ⁉︎」
「なんか下の名前で呼ばれると、心がムズムズするわ」
「一花」
「な、なによ!」
「キスしてもいいですか?」
「お風呂で?変な気分にならない?」
「なりませんよ!」
「なっても問題ないわよ♡?」
「それはまた寝る前で‥‥‥」
「本当変態なんだから♡」
「いや、毎回桜橋先輩が誘惑してくるじゃないですか!」
「一花!」
「呼ばれたいの⁉︎呼ばれたくないの⁉︎」
「呼ばれたい!」
「分かった分かった」
「それじゃ」
結局桜橋先輩、いや一花の方からキスされてしまったが、とても幸せな気持ちに包まれた。
それからお風呂を出て少し休憩した後、夜の道を手を繋ぎながら散歩し始めた。
「明日が来なきゃいいな」
「俺だって思っても言わないんですから、やめましょ?」
「でも、こうしてずっと‥‥‥双葉くんと一緒にいたい‥‥‥」
泣かないでくれよ‥‥‥俺だって耐えてるんだ‥‥‥
「四年です。たった四年頑張れば、それからはずっと一緒です」
「私‥‥‥頑張れるかしら‥‥‥」
「信じてます」
「‥‥‥うん」
二人で夜の桜を見ながら別れを惜しみ、家に帰ってきてからは、話す時もずっと抱きつきながら静かに会話をした。
そして朝4時になる頃、一花が返事をしなくなり、さすがに俺も寝てしまった‥‥‥
「双葉くん」
「んっ」
「おはよう」
気づけば一花は起きていて、キスで目を覚ました。
「そろそろ行かなきゃ」
「‥‥‥空港まで行きます」
「ありがとう」
タクシーで空港に向かい、時間になるまで座りながら手を繋ぎ、お互いに何も喋らない時間が続いた。
「‥‥‥時間だわ」
「ふぅー‥‥‥ネックレスとペアリング、外したら怒りますからね」
「私だって」
「桜橋先輩」
「名前、戻ってるわよ」
「今日は慣れてる名前で呼ばせてください」
「分かったわ」
「お互いに頑張りましょうね」
「うん」
「また、大人になって会いましょう」
「約束」
「約束です」
「それじゃ‥‥‥行くわね」
「はい‥‥‥」
桜橋先輩はゆっくり歩いて行き、曲がり角で曲がる前に、笑顔で振り向いて小さく手を振ってくれた。
「頑張ってください‼︎」
「またね」
そして桜橋先輩が曲がり角に消えて行った瞬間、俺はその場で泣き崩れてしまった。
「お疲れ様です」
「頑張ったね」
「‥‥‥桃?美山?今日はまだ学校だろ」
「お互い様でしょ?」
何故か二人も空港に来ていて、涙を流しながら優しく俺の背中を撫でてくれた。
「今まで泣くの我慢してたんだよね?」
「おう‥‥‥」
「一花先輩に声かけてあげなくていいの?」
「もう行っちゃったからな」
「曲がり角でしゃがんで泣いてるよ。ほら、服の袖が見えてる」
「‥‥‥俺は今から学校に行く。お互いに頑張るって決めたんだ」
「私達も行こうか」
「はい」
俺は桜橋先輩が笑顔で言った『またね』を信じて、涙を拭いて歩き出した。
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