泣かないで?
今日はバレンタイン。
会長じゃなくなった今も、相変わらず桜橋先輩は人気で、女子生徒から大量のチョコレートを貰っている。
美山も会長効果で人気爆発中で、いろんな生徒からチョコレートを貰っていて大変そうだ。
「副会長!」
「あ、紬先輩」
「これ義理です」
「言わなくても分かります。でもありがとうです」
「双葉先輩!」
「副会長!」
「え?え?」
紬先輩から義理チョコを受け取ると、桜橋先輩に群がっていた女子生徒が俺の周りに集まりだした。
「良かったら受け取ってください!」
「私も頑張って作りました!」
これは‥‥‥モテ期‼︎
「ありが‥‥‥」
「副会長?」
受け取ったら死ぬ。桜橋先輩から怒りのオーラ‥‥‥いや、表情が物語っている‥‥‥
それに気づいた紬先輩は、桜橋先輩をなだめに行ってくれたけど、桜橋先輩は紬先輩を無視して俺しか見ていない。
「ご、ごめん。ちょっと受け取れない」
「どうしてですか?」
「紬先輩のは受け取ってたじゃないですか」
「‥‥‥ありがとう!」
「私のもどうぞ!」
「私も私も!」
「私のも食べてください!」
断れなくて受け取ってしまった〜‼︎‼︎‼︎
ひとまず教室に逃げよう‼︎
一切桜橋先輩を見ずに教室に走る途中、自販機の前で手を振る美山と桃が見えて駆け寄った。
「どうした!」
「はい!本命!」
「私も本命です」
「おう、ありがとう!本命⁉︎」
「双葉くーん?どうして逃げたのかなー?」
「俺逃げなきゃだから!じゃあな!」
不気味な笑みを浮かべて歩いてくる桜橋先輩から逃げるためにまた走り、次は鈴穂とすれ違う瞬間に制服を掴まれてしまった。
「なんだよ!」
「なんだよってなに?これ、要らないの?」
「鈴穂もくれんの⁉︎」
「ま、まぁ、お世話になってるし」
「双葉くーん?」
なーんでハサミ持ってるんですか〜⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎
「ありがとう!とにかく俺は逃げなきゃだから〜‼︎」
教室に逃げてもダメだ!絶対に教室まで来る!
全力でオカルト部の部室に逃げ込み、カーテンを閉めて暗くしてからテーブルの下に身を潜めることにした。
それから数分後、部室の扉が開いて桜橋先輩が入ってきた。
明らかに俺を探してカーテンを開けたりし始め、俺はバレないことを静かに神に祈った。
次の瞬間、カバンに入れていた携帯に桜橋先輩から電話がきて、着信音を聞いた桜橋先輩は振り返り、テーブルに勢いよくハサミを突き立てた。
「みーつけた♡」
「‥‥‥」
「どうして逃げたのかな?」
「さ、桜橋先輩が怒ってるように見えたので」
「私、どうして怒ってるのかしらね」
「俺がチョコを受け取ったから‥‥‥ですかね」
「ピンポーン♡双葉くんはどうして受け取ったのかな?」
「受け取らないと悪いかなって」
ずっと、しゃがみもせずに脚だけが見えている状態なのが逆に不気味だ‥‥‥
「私に悪いとは考えなかったのかな?」
「考えましたけど‥‥‥」
「これじゃ、私が卒業した後は浮気し放題ね!よかったわねー」
「しませんよ!」
「いいから早く出てきなさい」
「はい!」
恐る恐るテーブルの下から出て立ち上がると、桜橋先輩は捕まえるように俺に抱きつき、暗く誰も見ていない部室でキスをしてきた。
「ちょ」
「まだよ」
少し舌入ってきてます〜‼︎‼︎‼︎
「これでしばらくは私のこと以外考えられないないわね♡またしてあげる♡」
「しなくても‥‥‥」
「ダメよ。それとこれ、双葉くんのために作ったの!」
「良かった。一番欲しい人から貰えました!」
「嬉しそうでよかった!抹茶味に挑戦してみたのだけれど、嫌いじゃなかった?」
「抹茶チョコ好きですよ!」
「良かったわ!」
チョコを貰ったことも、もう許してくれてるみたいだな。
でも、本当に嫌だったのには違いないだろうし、今後気をつけよう。
「それじゃ、私日直だから行くわね?」
「はい!今日の放課後もどこか行きません?」
「ごめんなさい。しばらくいろんな手続きとかで忙しくなりそうなの」
「そうですか。んじゃ、暇な時あれば言ってください」
「もちろんよ!じゃあね!」
「はい!」
その日の放課後は桜橋先輩と会えず、生徒会室で熊のフィギュアを拭いて綺麗にすることにした。
「文月くん」
「なんだー?」
「一花先輩と順調?」
「それ聞いてどうすんだよ。聞いてきたのにショック受けられちゃ、どうしたらいいか分からないぞ」
「てことは順調マックスなんだね。ショックマックス」
「おい」
「双葉先輩さー」
「なんだよ」
「彼女が海外留学すること知ってるの?」
「‥‥‥」
「あ、あれ?言っちゃダメだったやつ?」
桃と美山は俺と顔を合わせないように下を向いている。
「どういうことだ?付き合ったらいかないんじゃ‥‥‥美山?桃?」
「私達からはなにも言えない‥‥‥」
「私帰ります」
「私もそうしようかな」
美山と桃は逃げるように生徒会室を出て行き、鈴穂は気まずそうに俺を見ている。
「どういうことだ?教えてくれよ」
「だから、さっき言った通り」
「それじゃ話が違うんだよ」
「美山先輩と桃先輩がいろいろ教えてくれるから知ってるけど、そもそも双葉先輩、あの人に海外のことなんて聞いてないんじゃない?」
「‥‥‥」
確かに、一度もそんな話になったことはない‥‥‥
「もう知っちゃったんだし、気になるなら本人から聞いて。私からはこれ以上言っちゃダメな気がするから」
「そうか」
学園を出て家に帰る途中、桜橋先輩に何度か電話をかけてみたが、やっぱり忙しいのか電話に出てくれない。
そして、折り返しの電話があったのは20時を過ぎた頃だった。
「ごめんなさい!電話に気づけなくて!」
「いえいえ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
「卒業後って、桜橋先輩はどうするんですか?」
「‥‥‥なにも考えてないわよ?」
嘘をつかれた。
「いなくなったりしないですよね?」
「私はずっと双葉くんのことが好きな自信があるし、もしそうなっても、必ずまた一緒になれるって信じてるわ」
「そういう遠回しなことじゃなく、隠してること教えてくださいよ‼︎」
「そう言うってことは、もう分かってるのかしら」
「はい」
「そう‥‥‥卒業したら、イギリスの学校に行くことになったの」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「だって‥‥‥別れよって‥‥‥思われたくなかった‥‥‥」
「今から行きます」
電話越しに泣く桜橋先輩の声を聞いて、すぐに家を出て桜橋先輩の家に向かって自転車を全力で漕いだ。
「はぁ、はぁ」
「双葉くん」
桜橋先輩はまだ制服姿で玄関の前で待っていてくれた。
「ずっと隠していてごめんなさい‥‥‥」
「いいので、もう泣かないでください」
「良くないわよ‥‥‥」
「きっと、止めても無理なんですよね?」
「ごめんなさい‥‥‥イギリスで四年間頑張って日本に戻ってくる。お父さんとお母さんが、その時、私と双葉くんの心が同じ気持ちを抱いていたら、末永く私達の関係を見守るって」
「‥‥‥ちょろいっすね‥‥‥四年ぐらい‥‥‥」
「双葉くん、泣かないで?」
無理だ‥‥‥卒業するだけで悲しかったのに、四年も会えなくなるなんて、泣かない方が無理に決まってる。涙を我慢しようとしても、まったく止まってくれない‥‥‥
「四年後‥‥‥俺は21歳で、桜橋先輩は22歳ですよね」
「そうよ?」
「桜橋先輩が日本に戻ってくるまで、ちゃんと待ちます。浮気なんて絶対にしません!桜橋先輩が悲しむことは絶対に。だから‥‥‥」
「うん」
「四年後、結婚してください」
ダメだ‥‥‥なんで今言ってしまったんだろう。でも、四年会えなくなるって知って、俺にとって桜橋先輩が本当に大切な人なんだって身にしみた。俺はこの人に、これからの人生をあげることぐらい怖くない‥‥‥
「夢、叶っちゃったわ」
涙で瞳をキラキラさせながらニコッと笑う桜橋先輩が綺麗で、目を離せなくなってしまう。
「夢?ですか?」
「私は最初に言ったわよね?私と婚約してって」
「言ってましたね」
「あの日の返事を、やっと今貰えたわ」
「そ、それで返事は‥‥‥」
「はい!喜んで!」
それから俺達は、しばらく玄関前で抱きしめ合い、なにも喋らなくとも、この時間が幸せだった。
「桜橋先輩」
「なに?」
「まさかあの日から、ここまで読んでました?」
「いいえ、この恋だけは、一ミリ先も読めなかったわ。でも今なら読める」
「なにがですか?」
「私が、四年後も双葉くんを愛していること」
「そんな簡単な読みでドヤらないでください」
「なによ。失礼ね」
「俺だって、俺が四年後も桜橋先輩を好きなことぐらい読めてますよ」
「まったく、嬉しいじゃない。バカ」
「アホ」
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