心を守るために


選挙演説まで二時間しかない中、たまたま廊下で鈴穂を見つけた。


「す、鈴穂」


鈴穂は何も言わずに、あからさまに嫌いな人を見るような目で振り向いた。


「話しかけないでくれる?作戦が台無しになるでしょ」

「作戦?」

「じゃあね」


作戦が台無し?なんのことだ?それより、マジでボッチ演説⁉︎ただでさえ他の生徒に絶賛

嫌われ中の俺が⁉︎


結局誰にも頼めないまま二時間が経ってしまい、体育館の右サイドに立候補者は座らされた。


「桃、なんで美山の応援演説なんだよ」

「美山さんの方が先に頼んでくれたので」

「俺はどうしたらいいんだよ〜」

「文月くんは元副会長だから大丈夫じゃない?」

「こんなに嫌われてる元副会長でも?」

「だ、大丈夫だと‥‥‥おも」

「うまでちゃんと言って⁉︎」


あぁー‥‥‥チャイム鳴っちゃった‥‥‥一気に緊張してきた‥‥‥


「ただいまより、生徒会長選挙、応援演説を始めます」

「その前に、ちょっといいかしら?」

「ど、どうぞ」


桜橋先輩キタ〜‼︎生徒全員が集まるこのタイミングで勝負に出るのか⁉︎


桜橋先輩はステージに上がり、マイクのスイッチを入れた。


「最近転校してきた、桜橋ユネ、桜橋ユクの二人を筆頭に、様々な噂が飛び交っていますね。元生徒会長として、それら全てが嘘であると宣言します!」


するとユネとユクは微かに不気味な笑みを浮かべた後、無表情で立ち上がった。


「失礼ですが一花姉様」

「私達が嘘をついた」

「証拠は?」

「全生徒が分かっているんじゃないですか?私は毎日、数名ずつ下駄箱や、学園の外、時には直接家のポストなどに手紙を入れました。貴方達が嘘で私と双葉くんを陥れようとしてくると書いた手紙よ。その他にも書いたことはあるけれど、特に教える必要はないわ」


そんなことしてたの⁉︎んじゃ、みんなのリアクションは嘘⁉︎全てが桜橋先輩の作戦通りなのか⁉︎


「ふふ」

「ふふふ」

「なにを笑っているの?」

「そんなことをしてまで」

「あの男性を守りたいですか?」

「そうですよ一花先輩!」

「一花ちゃん!目を覚まして!あの男は浮気者だよ!」


あれ?なんか思っていた展開と違うような‥‥‥


「一花姉様が手紙を渡した後」

「私達は双葉文月さん」

「岡村桃さん」

「美山杏奈さん」

「伊角紬さん」

「そして一花姉様以外の生徒の家に」

「訪れています」


これは桜橋先輩も予想外だったんだ‥‥‥桜橋先輩は負けを認めたかのように俯いてしまった。


「私達は」

「一花姉様の心を守るために」

「転校してきました」

「それは皆さんも分かっています」


そして桜橋先輩が顔を上げた時、俺でさえいまだに恐怖を感じる、あの冷静なのに強い威圧感のある目つきをしていて、ユクとユネの無表情が崩れた。


「ユク」

「ユネ」

「これは」

「まずい」

「松下鈴穂さん、ステージへ」

「はい」


鈴穂?これが言ってた作戦か?


「私はあの二人に、双葉先輩が私のことを好きだと嘘をつかれて、それが後に嘘だと知ったの」

「どういうことだ?」

「マジかよ」


生徒達も動揺している。


「二人の目的は、ハーレム、または修羅場を作って双葉先輩を陥れることでした。その証拠に、音声さんよろしく」


ガサゴソと布に擦れるような音がスピーカーから流れた後、ユクとユネの声が流れ始めた。


「双葉文月さんに」

「騙されて可哀想」 

「私達は鈴穂さんの味方です」

「一緒にあの人を」

「陥れてましょう」

「私はそういうのもうしないって決めたから」

「‥‥‥そうですか」

「なら鈴穂さんは」

「用無しです」 

「このことは」

「誰にも言わないこと」

「言えば」

「鈴穂さんの将来は」

「保証できません」

「私をハメたってこと?」

「世の中は騙される人がいるから」

「成り立っています」

「騙す側になりたいなら」

「成長することです」


そしてスピーカーの音声がマイクに切り替えられた。


「これが証拠。分かったでしょ?」

「おいおい!んじゃ俺達もあの二人に騙されてたってことかよ!」

「有り得ない!双葉先輩も悪くないってこと?」

「いや、あいつは浮気者だろ!キスしてたし!」


ちょっと待て‼︎俺も無罪だ‼︎


「双葉くんが浮気者の件については皆さんに関係ありません。後で私がしっかり、じっくり話を聞きます」

「一花先輩がそう言うなら‥‥‥」

「まぁ、しょうがないよな?」


しょうがなくねーよ‼︎嫌だよ‼︎帰りたい‼︎


「ただ、二人が双葉くんにキスをしたところを目撃した人もいるかと思いますが、あのキスは、修羅場を作り、双葉くんを陥れるためのキスで、双葉くんは悪く有りません。避けなかった罰は私が与えます」


え‥‥‥最後なんて‥‥‥?


「もう、誰に騙され、誰が敵か分かりますよね?」

「ユクとユネを学園から追い出せ!」

「そうだそうだ!」

「み、美山、これはやばくないか?」

「みんな二人に群がってるよ!」


ユクとユネは体を引っ張られて距離を離され、二人とも急に不安そうな表情になり、なにも喋れなくなっていた。


「先生はなんで止めないんだよ!」

「先生達もどうしたらいいか分からなくなってるみたいです」


思わず俺が立ち上がったその時、桜橋先輩がニコッと笑みを浮かべた。


「どうでしたか?これは全て、元生徒会とユクとユネとで協力して考えた演劇です!」

「え?演劇?」

「二人は演劇に興味があって、自信がないから演技でどれだけみんなを信じ込ませることができるのか試したいと頼まれたんです。ね?みんな?」

「は、はい!」


ここは返事するところであってるよな?大丈夫だよな?


「‥‥‥えー⁉︎完全に騙された‼︎」

「引っ張ってごめんね?」

「すごいよ二人とも!演劇に興味があるなら部室来てよ!」

「‥‥‥」

「‥‥‥」


いじめに発展しないように、最後の最後でついた嘘により、桜橋先輩の完全勝利で今回の件は幕を閉じた。


それから予定通り演説が始まり、俺はボッチのまま大した事が言えず、美山が会長になるのは、ほぼ確定になってしまった。


そして演説が終わると、桜橋先輩からオカルト部の部室に集まるようにグループメッセージが届き、若干憂鬱な気持ちでやってくると、そこにはユクとユネ、そして鈴穂も居た。


「みんな集まったわね。ユク、ユネ、みんなに謝りなさい」

「ごめん」

「なさい」

「そこも分けるんかい!」

「私達の本来の目的を」

「話します」

「教えてちょうだい」

「はい。最初はこの学園の校長に」

「二人を引き離すように依頼されました」

「ですが、私達は一花姉様を尊敬していて」

「昔から大好きな人です」

「なので、このことを一花姉様のご両親にお話ししました」


逆に大丈夫かそれ‥‥‥


「そうしたら、一花姉様のお父様は」

「カンカンに怒りました」


ですよね〜‥‥‥


「そこで、校長は本日でクビになります」

「この学園は、桜橋家のお金で成り立っているようなものなので」

「一花姉様のお父様を怒らせた」 

「当然の報いです」

「お父さんはなんで怒ったのかしら」

「二人の積み上げた」

「純粋な気持ちを邪魔したことにです」

「え⁉︎俺に怒ってたんじゃないの⁉︎」

「怒ってましたよ?」

「この私に嘘をついたなと」

「後日、お話をしに来るかと」


海か山‥‥‥選んでおかなきゃ‥‥‥


「私達は校長を裏切り」

「一花姉様のお父様からの依頼を」

「受けました」

「その依頼って?」

「二人の気持ちが本物かどうか」

「一度壊して確かめるというものです」

「なのに」

「壊れもしなかった」

「キスをしても」

「陥れてようとしても」

「一花姉様は健気に‥‥‥」

「なのに」

「双葉文月さん」

「は、はい」

「貴方は美山さんと」

「付き合った」

「これは」

「報告します」

「ち、違うんだ!」

「本当に違うの!二人の計画に狂いを出させるために、付き合ったフリをして、ここぞという時になんかしてやろうって思って!」

「でもキスはする必要ないわよね」

「一花先輩はどっちの味方⁉︎」

「今はユクとユネよ」

「一花姉様」

「なに?」

「私達は海外に戻ります」

「その辺は任せるわ」

「鈴穂さん」

「ん?」

「ごめん」

「なさい」

「別に嘘だって分かってたし」

「いえ、最初の一瞬」

「明らかに喜んでました」

「う、うるさいな‼︎早く海外行け‼︎」

「はい」


ユクとユネは俺達全員に頭を下げた。


「一花姉様」

「またみんなで遊べる日を」

「楽しみにしています」

「そうね。また」

「はい」

「‥‥‥行っちゃいましたね」

「そうね」


結局、なんかいい人だった感じ?やり方が過激すぎただけか?


「松下さんが録音して、私に教えてくれなきゃ負けてたわ。ありがとう」 

「どういたしまして」

「あの二人は、根はいい子なのよ。みんな許してあげてね」

「はい」

「それじゃ、私は双葉くんと大事な話があるから」

「え‥‥‥」


桜橋先輩に腕を引かれ、そのまま学園を出た。


「どこ行くんですか?」

「今日は早退よ。今から私の家に行って、ごうもっ、いえ、お話をするわ」

「今、拷問って言いかけました⁉︎」

「冗談よ。解決したらデートの約束でしょ?行きましょ?ヤリチン」

「やっぱり怒ってますよね⁉︎」

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