ファーストキスの罠


ユネとユクが転校してきた日の放課後、オカルト部の部室に鈴穂がやって来た。


「双葉先輩」

「珍しいな。どうした?」

「べ、別に?ちょっと話そうかなーって」

「今部活中なんです」

「私も混ぜてよ!なにしてるの?」

「呪いの儀式です」

「藁人形⁉︎誰を呪うの?」

「決めてないんだよなー。紙に名前を書いて藁人形に入れるんだけど、あっ、松下鈴穂」

「ちょっと!私の名前?」

「大丈夫大丈夫。呪いなんてかからないから」

「な、ならいいけど」


メモ帳の切れ端に鈴穂の名前を書いて藁人形に入れると、桃は太い釘とハンマーを取り出した。


「どこに打つの?」

「どこがいいですか?」

「できればどこにも刺さないでほしいんだけど」

「桃、釘とハンマー貸してくれ」

「どうぞ」

「とりゃ‼︎」

「は?」

「どうだ?死にそうか?」


藁人形の心臓部分目掛けて、一気に釘を刺したが、鈴穂に変化は見られない。


「全然元気」

「本当かー?」

「ほ、本当!近いって‼︎」

「うおっ!」


ジーッと顔を見ると、鈴穂は顔を赤くしながら俺を突き飛ばして、自分心臓を押さえ始めた。


「おい!呪いかかったぞ!」

「違うから!」

「んじゃ、なんで心臓押さえてんだよ」

「アンタの顔が近すぎるのが悪い」

「俺の顔がそんなに心臓に悪いのかよ」

「当たり前でしょ!」

「ショック死しそうだから帰るわ」


部室を出ると、部室の外で壁に背をつけながら、美山が携帯をいじっていた。


「なにしてんだ?」

「あ!終わった?」

「おう」

「一緒に帰ろ!」


美山が自然に俺と手を繋いだ時


「双葉先輩!」


部室から鈴穂が出てきて俺を呼び止めた。


「なんだよ、まだ悪口言い足りないのか?」

「は?なんで手繋いでるの?」

「私達付き合い始めたんだ!」

「ちょっと待ってよ!双葉先輩は私のことが好きなんじゃないの⁉︎」

「はー⁉︎」

「文月くん?」


なんか美山がめちゃくちゃ怒ってる気がするんですけどー‼︎‼︎‼︎


「ま、まじで俺はさくっ」


あっぶねー‼︎桜橋先輩って言いかけた‼︎


「み、美山が好きだって」

「ね?鈴穂ちゃんが勘違いした理由は分からないけど、そういうことなの!」

「さいってい」

「えっ、俺?」

「そうだよ。学園祭では桜橋先輩と手繋いでイチャイチャして?それから数日で美山先輩と付き合って、そういえば、桃先輩ともいい感じの時あったよね。誰でもいいんでしょ?双葉先輩は自分の欲を満たしたいだけなんだ」

「ち、違うって!」

「可哀想に」

「本当に可哀想」


全ての話を聞いていたかのように曲がり角からユクとユネが現れ、二人は鈴穂の手を取り、感情の読めない無表情で鈴穂の顔を見上げた。


「心を」

「弄ばれて」

「可哀想」

「私達が」

「鈴穂さんの憎しみや」

「怒りや」

「痛み」

「全てを受け入れてあげます」

「さぁ」 

「行きましょう」


やられた‥‥‥完全にやられた‥‥‥鈴穂は二人にほのめかされたんだ。朝から桜橋先輩の姿は見てなし、桜橋先輩はいったいなにをしてるんだ。


「悪い美山。帰る前に生徒会長に立候補してこなくちゃ行けないんだ」

「文月くん、なんか怒ってる?」

「鈴穂は悪くない。あの二人が、俺と鈴穂との間にまた壁を作った」

「それが本来の狙いじゃないと思うけど」

「多分な。あの二人は、鈴穂を利用して俺を陥れようとしてるんだと思う」

「ムキになったら二人の思う壺になりそうじゃない?」

「大丈夫!暴力とかはなにがなんでも振るわないから!それに、今この中にいる桃からメッセージが届いた」

「なんて?」

「偽りカップルのお二人に手を貸します。だってよ。さすが桃だな」

「なんでも見抜いちゃうね」

「‥‥‥今なんて?」

「え?な、なんでも見抜いちゃうねって」

「それだ!桃!」


部室の扉を開けると、桃はムスッとした顔で椅子に座っていた。


「ん?」

「なんで彼女役に選んでくれなかったんですか?」

「可愛いことで怒るなよ!それよりさ、先を読める桜橋先輩と、考えを見抜ける桃!二人いたら完璧だ!」

「その肝心の会ちょっ、いや、一花先輩はもう帰りましたよ」

「マジ?こんな状況で?」

「はい」

「美山の家にか?」

「違うと思う」

「ちょっと電話する」


さっそく、桃と協力してほしいと桜橋先輩に伝えるために電話をかけた。


「なによ」


あれ?なんか機嫌悪くない?


「今、美山と桃と一緒にいるんですけど、力を合わせればユクとユネに勝てます!」

「勝手にすれば?」

「ふぇ?」

「美山さんとお幸せに。このヤリチン」

「なーんで⁉︎ヤッたことないチンですけど‼︎切られた〜‼︎」

「どうしたんですか?」

「勝ち確演出」

「勝ち確?演出?」

「桜橋先輩がいきなり冷たくなってた。俺には分かる!今までも、桜橋先輩の頭が切れる時って、味方さえ巻き込んで自分の有利な状況を作ってきた!桜橋先輩はちゃんと考えてる。あとは俺達なりに二人と戦えばいい!」

「一花先輩を邪魔することにならないかな」

「俺達は元生徒会で、ほぼ毎日一緒にいたんだぞ?俺達の行動ぐらいはお見通しだろ」

「ですね」

「だね!」

「それと双葉さん」

「なんだ?」

「立候補、あと3分で締め切りです」

「ヤバ!行ってくる!」

「行ってらっしゃい」


双葉が部室を飛び出して行った後、桃は美山をまっすぐな眼差しで見つめた。


「なに?」

「辞退してください」

「なんのこと?」

「美山さん、生徒会長に立候補しましたよね」

「バレてた?」

「はい。双葉さんが頑張ってくれているのに、どうしてですか?」

「やっぱりね、自分のことなのに助けてもらうって、私のプライドが許さないの」

「双葉さんの優しさを無視するんですか?」

「違うよ?私が生徒会長になって、双葉くんがやろうとしてくれていることがなんなのか聞く!そしてそれを自分でなんとかする!そういう助けてもらい方ならいい!それに、文月くんは一花先輩を選んだけど、それでも文月くんから離れたくないしね!この学園を辞めたくない!」

「辞退してなんて言ってごめんなさい」

「全然!」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう!」

「話は変わりますが、双葉さんは自信満々に勝ちだと言っていましたが、あの二人を舐めすぎない方がいいです」

「やっぱりヤバイ?」

「多分」


生徒会長に立候補した日から数日が経ち、俺は美山が生徒会長に立候補したことを知った。

美山の応援演説を務めるのは桃だし、よく分からないけど、俺がならなきゃダメなんだ!


「っても、誰も手伝ってくれない」

「お困りですか?」

「ユクとユネじゃん。てか、どっちがユクで、どっちがユネ?」

「胸元にホクロがあるのが」

「ユク。ないのが」

「ユネです」

「確認しますか?」

「いい!それより、俺はお前らを許さねぇ」

「ふふっ」

「ふふふ」


なんで笑うの⁉︎不気味!怖い!


「正直」

「鈴穂さんは」

「失敗でした」

「は?」

「あのまま修羅場になって」

「大事になって」

「双葉文月さんの悪い噂が広まり」

「この学園に居れなくなればいいなって」

「思ったんです」

「ネチネチしたことすんな」


美山はこの二人がいい人な気がするとか言ってたけど、そんなわけない。


「ですが」

「鈴穂さんは双葉文月さんを」

「陥れる気はないと言いました」

「だから失敗」

「用無し」

「お前ら‥‥‥‼︎」


怒りのあまり、ユクかユネか知らないけど、思わず胸ぐらを掴んでしまった。


「わ、悪い」

「どうして」

「そこまで怒るんです?」

「人の心を使い捨ての物みたいに扱ったからだ」

「優しいんですね」

「はい?」

「一花姉様にこだわる理由は?」

「す、好きだから」 

「まったく」

「聞こえません」

「好きだからだよ‼︎」

「いいですよ」

「貴方の女になります」

「‥‥‥」


そうじゃない‥‥‥周りに聞こえるように言わせたのはこのためか‥‥‥


二人はみんなが見ている前で、同時に俺の両頬にキスをした。


「文月くんに‥‥‥手出さないで‼︎」 

「ふふっ」

「美山‼︎ストップ‼︎」


美山が二人に殴りかかろうと走ってきたが、ギリギリのところで止めることができた。


「文月くんは私の彼氏なの‼︎」

「双葉文月さんが私達を好きと」

「アンタらのやり方はもう分かってる。そんな嘘に騙されないよ」

「なら、付き合っている」

「証拠を」

「今、この場で」

「い、いいよ!文月くん、目閉じて」

「え⁉︎」

「‥‥‥」

「わ、分かった」


待て待て待て!キスすんの⁉︎まぁでも、さすがにほっぺか‥‥‥⁉︎


「これでどう?」


唇に‥‥‥キスされた‥‥‥マジかよ‼︎ファーストキスだよ‼︎めっちゃ唇柔らけー‼︎‼︎‼︎一気に体熱くなってきたし‼︎


「双葉文月さん」 

「顔が真っ赤ですよ」

「どうって聞いてるの!」

「ありがとうございます」

「思い通りでした」

「‥‥‥は?」


すると、現場を見ていた生徒達がザワザワし始めた。


「双葉先輩ヤバくない?」 

「彼女いるのに転校生に告白とか最低」

「杏奈先輩かわいそー」

「ち、違うよ!文月くんは!」

「私達は‥‥‥遊びだったんですね」

「キスまで強要したのに‥‥‥」


お前ら‥‥‥なに言ってんだ。


「無理矢理だったの⁉︎マジ最低」

「絶対票入れない」


群がる生徒の奥の方に、振り返って歩いていく紬先輩のポニーテールが見えた。

なんで声かけてくれないんだろ。


それから桃に手を引っ張られ、三人でオカルト部の部室へやって来た。


「大丈夫ですか?心は壊れてないですか?」

「俺は平気」

「私は潤っちゃった♡いたーい‼︎」


桃が美山にビンタだと⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


「私ですら唇にはしませんでした。一花先輩から美山さんを呪い殺すように連絡が来ましたよ」

「えぇ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

「ちょっと待て、桜橋先輩と連絡取ってるのか?」

「はい。ちょっと不安でしたが、双葉さんが言っていた通り勝ち確かもしれません」

「だろ⁉︎やっぱりそうだろ⁉︎」

「伊角先輩も一花先輩と一緒に動いてます」

「そうなの⁉︎」

「妖怪キスビッチは黙っててください」 

「なんだとー!」

「なんですか?やるんですか?私は釘とハンマーを持ってますよ」

「ビッチじゃないし!」

「仲間割れはやめろって!」

「双葉さんもキスされた時、まんざらでもなさそうでしたよね。本当にクズになったんですか?」 

「だってファーストキスだよ⁉︎美山だよ⁉︎嫌な人いる⁉︎」

「え♡?」

「今の発言も一花先輩に報告します」

「桃様、食べたいお菓子などはありますでしょうか」

「かりんとう」

「今すぐ買ってきます」

「もうメッセージ送りましたけど買ってきてください」

「んじゃ買わねーよ‼︎‼︎‼︎」


いろいろ複雑な状況になってきたな‥‥‥

桜橋先輩が海外に行かないようにユクとユネに勝つ。美山を中退させないように生徒会長になる。鈴穂の誤解を解いてメンタルケアもしなきゃだし、あと多分、全部解決しても桜橋先輩に詰められる‥‥‥

だけどあの二人は一つミスをした。

俺は批判を浴びることに関しては慣れすぎている‼︎それを知らないことだ‼︎


そして、応援演説をしてくれる人が現れないまま、演説の日がやってきてしまった。

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