双葉専用


桜橋先輩の頭がお花畑になってしまってから、いろんな生徒に『最近の会長、機嫌いいですね!なにかあったんですか?』などと聞かれるようになってしまった。


そして学園祭当日、今年も外は大行列で始まる前から異様な盛り上がりを見せている。


「双葉くーん」 

「‥‥‥エレナ、やっぱり来たのか」

「今日ぐらいしか入れないからね。それに噂によると、一花は相当浮かれてるみたいじゃん」

「多少な」

「そんなんで私とやり合えるかな」 

「‥‥‥」 

「開演を楽しみにしてるね!」


俺は全力で桜橋先輩の教室に走った。


「桜橋先輩!」

「どうしたの?」

「エレナが来てます!浮かれてる場合じゃないですよ!」

「え〜、でも〜、今日は楽しみにしてた日だし〜」

「本当になんなの⁉︎みんなの前でもアホ丸出しになっちゃって!」 

「いいじゃないですか副会長!最近の会長は可愛くてさらに人気爆発中ですよ!」

「さらに複雑です!」

「双葉くんは何時に暇になるかしら!」

「俺は最初の2時間しかやらないので、それ以降なら」

「分かったわ!それじゃ仕事が終わったら生徒会室集合で!」

「分かりました。それじゃまた後で」

「後でねー!」


相変わらず元気だなー‥‥‥じゃなーくーて‼︎エレナの件は本当に大丈夫なのかよ‼︎


そんな心配をよそに学園祭がスタートし、さっそく占ってもらおうとお客さんが流れ込んできた。


「お願いします!」

「あっ、はい。今日は何を占いますか?」

「最近彼氏と別れちゃってー、新しい出会いとかないかなーって!」


うっわ『別れちゃってー』とか言ってるけど、既に新しい出会い探してるあたり、自分で振ったか、そもそも元彼に興味なかった感じだろこれ。


「占い師さん?」

「あ、はい。貴方は恋人と別れて心が傷ついています」

「いや別に」

「で、ですよねー!なので、その前向きで明るい性格に惹きつけられる異性が多いタイプです!」

「マジ⁉︎イケメンと付き合える⁉︎」

「はい!その未来が見えます!ラッキーアイテムはピンクの花飾りですね!」

「そういうの好みじゃなーい。もういいや、なんか飽きた」

「あ、ありがとうございました」


こいつ‥‥‥桃は上手くやってんのか?


チラッと桃の方を見ると、相手しているお客さんは機嫌が良さそうで楽しんでいるようだった。


「占いお願いしまーす!」

「はい‥‥‥エレナか」

「え!あれってエレナお嬢様じゃない⁉︎」

「本当だ!」

「初めて見たよ!さすが一花お嬢様の従姉妹だけあって、すごい美人!」

「あ、握手してください!」

「今日はプライベートなのでごめんなさい」

「断る姿も素敵‥‥‥」


美人はなんでもありかよ‼︎‼︎‼︎


「んで?なにを占いますか?」

「今日の運勢」

「何座ですか?」

「天秤座」

「最悪ですね。思うようにいかないことが続き、ついついイライラしてしまうかも。ラッキーアイテムは豚のストラップ」

「アンタ、馬鹿にしてるよね」

「本当に本に書いてるんだって。イライラした顔していいのか?みんな見てるぞ?」

「ま、まぁ?自作のストラップ作れる店もあるみたいだし‥‥‥ちょっと行ってくる」

「へー、占いとか信じるんだな」

「黙りなさい。今日一日、気を抜かない方がいいよ」


そう言ったエレナの目はマジだった。


それからも、本をチラ見しながらいろんな人を占い、後5分で休憩のラストスパートで美山がやってきた。


「文月くん!約束通り来たよ!」

「おう!なに占う?」 

「文月くんと会長の相性」

「なぁ美山?」

「ん?」

「重い」

「ごめんごめん!でも占ってみてよ!」

「いいけど。桜橋先輩の誕生日が11月7日の蠍座、俺が7月7日の蟹座だからー」

「うんうん!」

「相性80パーセント、お互いに心を満たしてくれる存在」

「ちなみに私と文月くんは?」

「美山は6月9日の双子座だからー」

「私の誕生日‥‥‥覚えてくれてたんだ」

「あ、あぁ、なかなかタイミングが合わなくて今年も祝えなくてごめんな?」

「ちょうどギクシャクしてた時だもんね!覚えてくれてただけで嬉しい!」

「そ、そうか。一応おめでとう」

「ありがとう!私達は何パーセント?」

「えっとー、60。お互いの優しさに甘えすぎて、恋愛ではいい結果にならなそう。友達として付き合っていくのがベスト‥‥‥」

「相性でも会長に負けちゃうのかー」

「‥‥‥」

「全然いいの!気になっただけだから!」

「そうか?」

「それより、会長の従姉妹が来てるって噂になってたよ!」

「さっき来たぞ」

「え⁉︎会ったの⁉︎どんな人⁉︎」

「旅館で助けてくれた人」

「あの人なの⁉︎」

「双葉さん双葉さん」

「あ、お疲れ」


桃は仕事を終えて話しかけてきた。


「その従姉妹さんと、少し揉めてませんでしたか?」

「大丈夫だから気にするな。桃は今からなにするんだ?」

「美山さんと遊びます」

「そうなのか?」

「うん!一緒にお化け屋敷行くの!」

「いいじゃん!楽しめよ」

「うん!それじゃ行こっか!」


桃も最初は、美山とは仲良くなれる気がしないとか言ってたのに、成長したもんだな。

さて、俺もエレナに捕まる前にマジック見に行こ!


自分の担当時間が終わって、桜橋先輩の教室に向かう途中、曲がり角でエレナとバッタリ会ってしまった。


「あ、ちゃんと作ったよ」

「お似合いだな」

「分かってる?貴方の惨めな動画は私が持ってるの。体育館で流すことなんて簡単だよ?」

「お、俺はどうしたらいい?」

「一花に見せつけるの」

「なにを?」

「私達が楽しそうにしてるところ」

「え?」

「行こうか!」


エレナは俺と腕を組んで、桜橋先輩の教室に入った。


「へー、高校生になった一花、生で初めて見たよ」


桜橋先輩は大きな帽子をかぶってタイミングよくカーテン裏から出てきて、絶対に俺と目があったが、相変わらず怒らずにニコニコしている。


「やっぱり噂通り。なにあの表情、浮かれすっ‥‥‥」

「どうかしたか?」

「帽子に手をかけた今の一瞬、一花の目が‥‥‥いや、なんでもない」


エレナはよく分からないが、桜橋先輩が帽子を外すと、頭に一羽の白い鳩が止まっていた。


「すごーい!」

「さすがです!」


いやいや、頭に止めてただけじゃん。

相変わらず桜橋先輩は美人会長ってだけで得な性格をしている。


「なぁ」

「なに」

「もう諦めろって」

「私が諦めたら、妹達に馬鹿にされるでしょ」

「いら、知らないし」

「一花のこの後の予定は?」

「生徒会室で待ち合わせ」 

「先に行くよ」

「はいはい」


今のところ、ただ嫉妬させる攻撃しか仕掛けないエレナを、俺は甘く見ていた‥‥‥


生徒会室に入ってすぐ、エレナは俺の胸ぐらを下に引っ張った。


「正座」

「なんで?」

「しないと動画を流す」

「わ、分かったよ」


俺が床に正座すると、ポケットから細い紐を出して俺の手足をキツく縛り始めた。


「縛ってまた殴るのか?猫みたいな手で」

「貴方に受けた屈辱と、依頼された仕事の成功。同時に達成する方法があるの」

「なにする気だ?」

「よし!これでもう動けないし、教えてあげる」

「お、おう」


マジで動けない‥‥‥動こうとすると痛いし、なんだよこの縛り方。


エレナは桜橋先輩のノートパソコンをいじり始め、床に横たわる俺の目の前にノートパソコンを置いた。


「エンターキーを押したらどうなると思う?」

「‥‥‥や、やめろ‼︎」

「んじゃ謝って?」


エレナは桜浜学園の保護者達のメールアドレスに動画を一斉送信しようとしていた。


「す‥‥‥すみませんでした」

「どうしようかな。ちなみにこのアドレスは一花の両親。自分の娘がこんな男に惚れてるなんて知ったら、どうなるかな?」

「謝ったじゃないか!」

「ごめん、手が滑った」

「ん?」

「な、なんで電源が落ちたの?アンタ、なんかした?」

「手足縛られてるんだからなにもできないって!」

「あらあら、また失敗しちゃったのかしら」

「一花‥‥‥パソコンに細工したの?」


桜橋先輩はさっきまでの浮かれた表情とは違い、冷静さの中に怒りを感じる目をして生徒会室にやってきた。


「電源はたまたま充電が切れただけね。そのパソコンはインターネットの接続を切ってあるの」

「どうして‼︎」

「他人がいたずらしたら大変でしょ?」

「その目‥‥‥昔から嫌いだった。私を見下してるの?私が嫌いなんでしょ!」

「どうでしょうね。それより、エレナは私の好きな人を傷つけた。その代償は大きいわよ」

「だからなに?私はまだ失敗してない‼︎」

「諦めなさい。私の城に足を踏み入れた時点でエレナに勝ち目はないの」

「あ、あのー、助けてくれます?」

「エレナを泣かせたらすぐに助けるからね」

「泣かせるの⁉︎」

「私はもう、一花の知ってる私じゃない!」

「ならどうするのかしら」


その時、苛立った紬先輩と美山と桃が生徒会室にやってきた。


「この状況で、これ以上どうするの?」

「‥‥‥」

「文月くんを助けてくれたって信じてたのに!」

「騙されました」

「そうだそうだ!」

「いや、紬先輩は関係ないし」

「副会長は黙って」

「えぇ」

「今、なんて?」

「え?」

「伊角さん?双葉くんに黙れって言ったの?」

「い、いえ‥‥‥あの‥‥‥今はエレナさんが敵じゃ‥‥‥」

「美山さん、双葉くんの目を塞いで」

「はい!」

「え?え?」


美山に両眼を塞がれた直後、紬先輩の叫び声が聞こえ、エレナが怯えたように声を震わせた。


「な、なにやってるの?」

「安心しなさい。次はエレナよ」 

「い、嫌‥‥‥嫌だ!私帰る!」

「岡村さん、捕まえて」

「逃げないでください」 

「離してよ!剛毛にされたくない‼︎」


あぁ‥‥‥なるほど。今ので全部理解できた‥‥‥


「なら動画を消しなさい」

「消す!消すから許して!」

「エレナの負けでいいのね」

「もういいよ!なにかで一花に勝ったことなんてなかったし!」

「最後に教えなさい」 

「なに⁉︎」

「依頼者はここの校長で間違いないかしら」

「分かってたの?」

「もちろん。それと私はエレナを嫌いだと思ったことは一度も無いわよ」 

「そう‥‥‥なの?」

「大切な従姉妹だもの」

「そ、それじゃ、今度‥‥‥」

「何年振りかしらね。一緒に遊びましょう」

「うん!遊ぶ!」


なんだ?嫌われてると思ってて依頼を受けたのか?なんか急にいい人に思えてきちゃう無邪気な反応やめてくれ!


「これからはもっとまともな仕事をしなさい」

「でも、私失敗ばっかりで‥‥‥」

「高く跳ね上がるには、一度屈まなければいけないの。失敗や後悔や不幸、それら全ては、自分が高みに行くための最高の出来事よ」

「‥‥‥はい!やっぱり一花姉様は素敵です!」


美山が手を離すと、桜橋先輩は優しく笑みを浮かべ、エレナは嬉しそうにニコニコしていた。

そして紬先輩は俺達に背を向けて一所懸命拭き拭きしている‥‥‥


「双葉くん、一花姉様を泣かせたら、また来るよ」

「お、おう」

「あとごめん」

「俺も豚の真似とかさせてごめんな」

「い、言うなー‼︎」

「うがっ‼︎頭踏むな‼︎」

「美山さん、岡村さん、エレナを脱がせて」

「嫌だ〜‼︎」

「あー、逃げちゃいました」

「これでいいわ。恐怖を知ったエレナは、もう変なことはしないでしょ」

「会長‼︎全然消えません‼︎」

「おめでとう」

「なんでですか‼︎」 

「ウェットティッシュなら落ちるわよ。それと、今までごめんなさいね」

「え?いきなりどうしたんですか?」

「こういう時のために、伊角さんは最高の道具だったわ」

「道具って言いました⁉︎」

「もうしないわ。なんなら、今までの仕返しをしても構わないわよ?」

「ほー!やってやりますよ!こっち来てください‼︎」


桜橋先輩はカーテン裏に連れて行かれ、数分後、顔を真っ赤にして出てきた。


「双葉専用って書かれちゃった♡」

「なに生々しいこと書いてんだよ‼︎」

「仕返しですから!」

「俺への仕返しになってますよ‼︎あの嬉しそうな顔見てください‼︎あれじゃご褒美ですよ‼︎」

「私にも書いて!」

「美山」

「なに?」

「やめてくれ」

「チッ」

「舌打ちした⁉︎」

「美山さん美山さん、ビンゴ大会が始まります」

「あ!行かなきゃ!また後でね!」


美山と桃は生徒会室を出て行き、紬先輩も気まずそうに無言で出て行ってしまった。


「双葉くん♡」

「は、はい?」

「双葉くん専用なのだから、いつでも使って?♡」

「アホか」

「強がらないで?痛みなら我慢するから、双葉くんの好きなように、双葉くんが満足するまで!」

「アホか」

「もう!私から誘ってるのに!」

「そんなことより、あと二人いるんですよね!」

「そうだけど、今のところ現れてないから大丈夫よ」

「桜橋先輩がそう言うならいいですけど‥‥‥それと、最近浮かれてたのって」

「双葉くんに学園祭デートに誘われたのは本当に嬉しかったわ!だけれどわざとよ」

「なんでですか?」

「敵を油断させるため。私はプライドを捨てるほど、双葉くんが好き」

「‥‥‥んじゃ、とりあえず‥‥‥学園祭デート‥‥‥しません?」

「はい!喜んで!」

「んじゃさっさと紐を解いていただきたいのですが‼︎」

「あ、忘れてたわ」

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