神様が怒ったー


翌朝、俺達三人は夜にあったことなんて無かったかのような態度で、いつも通り接した。

それが一番いいと分かっているからだ。


「今日は待ちに待ったラフティング!」 

「文月くん、楽しみにしてたもんね!」

「おう!」

「川の水なんて何年も触れてません」

「きっと冷たくて気持ちいいぞ!」

「私も楽しみです」

「遅れないように行こうぜ!」

「うん!」


さっそく荷物をまとめて旅館を出ると、げっそりした川崎先生がバスの前で待っていた。


「どうしたんですか⁉︎」

「飲みすぎちゃった‥‥‥」

「あ、んじゃ自業自得だ。早く行きましょう」

「副会長様〜、冷たい〜」


国内の修学旅行組は、みんなで話し合い、できるだけ低予算の一泊二日になっていて、もうエレナと会う心配のない俺は清々しい気持ちでバスに乗り込んだ。

桜橋先輩はエレナが桜浜学園に来るかもとか言ってたけど、正直、桜橋先輩が居れば大丈夫な気がしている。


「桃、なんかお菓子あるか?」

「旅館のお土産コーナーで煮干し買いました」

「これまた謎チョイス‥‥‥」

「川をイメージしました」

「川の神様が怒るぞ」

「大丈夫です。海の魚ですから」 

「あはは!川のイメージ関係ないじゃん!」

「‥‥‥」


無表情のまま軽く頬を膨らます桃を見て思った


「桃って意外と感情豊かだよな」

「意外とじゃなくて、普通に豊かな方です」

「いや、うん、え、そうだな」


結局三人で煮干しを食べながら、グッタリしている川崎先生を無視して目的地に向かった。


そして川に着き、バスの中で男女交互に半袖短パンに着替え、濡れてもいい靴に履き替えて、ラフティングのスタッフにライフジャケットを借りて準備万端だ。


「まだ暑くて良かったね!」

「だな!とにかく桃は煮干し食べるの中止」

「分かりました」

「それじゃみんなで楽しみましょーう!」

「はーい!」


スタッフの掛け声で川崎先生も一緒にゴムボートに乗り、全員のヘルメットなどの最終確認が終わって、ついにみんなでボートを漕ぎ始めた。


「しばらくはなだらかな場所が続くので、景色を楽しんでくださーい!」

「やっぱり自然はいいね!」

「癒されます」

「川崎先生?」

「なにー?」

「いつまで死ぬ前みたいな顔してるんですか」

「私は元気よ〜」


今にも吐きそうな顔してよく言うわ。


「そのまま漕ぎ続けてくださーい!」

「ほら、先生もしっかり!」

「はいはい」


しばらく緩やかな場所を漕いでいると、目の前に濁流が現れて、美山の楽しそうな叫び声と一緒に、川崎先生から嫌な音が聞こえてきた。


「オロロロロロ」

「きったねー‼︎」

「か、川でよかったですねー」

「スタッフさんも引いてんじゃん‼︎」

「ギブ‥‥‥」

「もう一回激しいのきますよー!」


そして二回目の濁流でボートが岩にぶつかって傾き、桃だけがボートから放り出されてしまった。


「桃⁉︎」

「桃ちゃん大丈夫⁉︎」

「やっぱり神様が怒ったー」

「え‥‥‥」


桃は至って冷静に、仰向けのまま流されていった‥‥‥


それからしばらく流れの早い場所でスリルを楽しみ、桃は到着地点の沖で服の袖を絞っていた。


「大丈夫だったか?」 

「楽しかったです!」

「な、ならいいんだ」

「私ちょっと休憩」

「それじゃ先生には少し休んでもらって、次は皆さん、ボートのフチに立ってください!バランスゲームをしましょう!」

「おー!面白そう!」

「やろやろ!」


三人でボートのフチに立つと、ボートをぐるぐる回され、それを見ていた川崎先生がまた吐くという大事件が起きたが、その後もボートを裏返して斜面に設置し、滑り台のようにしたりと、思ったよりもいろんな遊びをさせてくれた。

川崎先生は体調不良ながらも写真は撮ってくれていたし、それなりに先生の心は捨てていないようだった。


ラフティングを楽しんだ後は制服に着替えて有名なラーメンを食べにやってきた。


「はぁー!二日酔いの時のラーメン最高!店長!おかわりお願いします!お冷やの!」

「お冷やかよ!」

「桃ちゃん、チャーシュー好きなの?」

「はい。10枚トッピングしました」

「帰り吐かないといいな」


俺のその言葉に、青ざめたのは桃ではなく、川崎先生だった‥‥‥


ラーメンも食べ終え、修学旅行最終日は昨日行けなかった観光スポットを巡って、北海道に別れを告げた。


「ふー!地元の安心感!」

「先生も吐かなかったですしね」

「それだけは本当によかった」

「それじゃみんな!気をつけて帰るのよ!」

「はーい。って、バスで学園に帰るんですよね」

「あ、そうだった」


もうダメだこの先生。


それからバスに揺られて学園に戻ってきて、速攻帰ってゆっくりしようと思った時、生徒会室の窓から、嬉しそうに小さく手を振る桜橋先輩と目が合い、生徒会室まで行かないといけない空気になってしまった。


「ただいまでーす」

「3人ともお帰り!夜ご飯はどうだったかしら!」

「美味しかったです!」

「最高でした。特にカニが」

「‥‥‥な、なんで双葉くんが岡村さんを睨んでいるの?」

「い、いや。美味しかったです」

「双葉さんは食べてないじゃないですか」

「言うなよ!」 

「どうして‥‥‥?嬉しくなかったかしら‥‥‥」


悲しむ桜橋先輩の耳元で、二人に聞こえないように伝えることにした。


「エレナに捕まって食べれませんでした」

「そう。消しましょう、あの子」

「え⁉︎会長どうしちゃったの⁉︎」

「そ、そんなことより!桜橋先輩にお土産買ってきましたよ!」

「本当⁉︎」

「はい!熊のぬいぐるみです!」

「わぁ!」

「私からは白熊です!」

「とても嬉しいわ!」

「私からは熊と白熊のぬいぐるみセットです」

「わ、わぁ」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「二人と被っちゃいました」


我慢だ我慢!桃に悪気は無かったはずだ。そもそも先に店を出たのは桃だし?俺達が後から買ったんだから桃は悪くないんだ!


「い、いっぱいいたほうが可愛いですよ!」

「そうですそうです!」

「全部大切に美山さんのベッドに飾るわ!」

「やっぱり私のベッドなんだ‥‥‥」

「やっぱり!バス止まってたから帰ってきてると思った!」

「ただいまです!」


紬先輩も生徒会室にやってきて、桜橋先輩が抱えているぬいぐるみを見つめた。


「あ、紬先輩のお土産忘れてました」

「え?」

「あ!私も!」

「え」

「私は買いましたよ」 

「桃ちゃーん!桃ちゃんは世界一可愛い!」

「煮干しです」

「‥‥‥ありがとう‥‥‥」

「ちょっと、鈴穂にお土産渡してきますね」 

「なんで私のは忘れて、鈴穂ちゃんには買ってるんですか⁉︎」

「そうよ!なんであの子に!」

「よくない⁉︎桜橋先輩までなんなんの⁉︎」

「ふん!」


まぁいいや、行こ。


俺は熊牧場でひっそり買った、熊のキーホルダーを持って鈴穂の教室にやってくると、ちょうど休み時間で、鈴穂はダルそうに携帯をいじっている。


「鈴穂」

「なんだ、帰ってきたの?」

「おう」

「なんで?」

「は?お土産渡しに来たんだけど」

「なに?」

「これ、熊のストラップ」

「フリマアプリだと300円っていったところかな」

「売るなよ⁉︎」

「冗談冗談。ありがとう!」

「お、おう」

「今日はもう帰るの?」

「そうだな」

「気をつけないで帰ってね!」

「お前いちいちムカつくな!」

「は?」

「ごめんなさい」 

「よろしい。帰りなさい」

「はい」


俺の扱い酷すぎない⁉︎先輩だよ⁉︎副会長だよ⁉︎


悲しみながら生徒会室に戻る途中、知らない番号から電話がかかってきた。


「はい」

「逃げられると思わないでね」

「エレナか‥‥‥」

「絶対にこの仕事は成功させる。貴方に受けた屈辱も含めて、ぜーんぶ綺麗に解決するから」

「あ、ごめん。充電切れるわ」

「おい!待て!」

「ブヒブヒ」


最後の最後で馬鹿にして電話を切っちゃったけど大丈夫か?まぁ!実際エレナがこの学園に来ても、5人も味方がいるし大丈夫だよな!


「な、なに?ブヒブヒって」

「鈴穂‥‥‥なんで付いてきてんだよ」

「いや、トイレ。ねぇ、豚の真似してた?」

「忘れろ!この豚!」

「あ?」

「じゃあな!」


さっそく仲間を一人失った。

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