辛さを知っている
「桜橋グループは仕事に関して、一切手を抜かない。失敗は許されないの」
「なにする気だよ」
「貴方にこの身を捧げる。その光景をまたビデオ通話でもしながら一花に見せてあげよ?」
「もっと自分のこと大切にしろって」
「わー、紳士な発言ありがとう。でも私には響かない」
エレナが俺の浴衣を脱がせようとしたその時
「ただいみー!」
「みー」
「チッ」
美山と桃が戻って来て助けを求めようとしたが、エレナは浴衣から手のひらより小さな刃物を出して俺の顔に向け、俺は一気に血の気が引いて言葉が出なくなってしまった。
「誰⁉︎」
「双葉さんになにしてるんですか」
「あっ!この部屋の人?」
「はい」
「なんかね、温泉でのぼせちゃったみたいで、フラフラしてたから連れてきてあげたの!」
「そうなの⁉︎ありがとう!」
二人には刃物が見えてないのか?
「なにも言うな」
エレナは小さな声でそう言って立ち上がった。
「双葉さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、問題ない」
「よかったー!本当にありがとうね!」
「どういたしまして!それじゃ私は自分の部屋に行くね!」
「はい!」
エレナが部屋を出ていくと、美山が汗拭きタオルでおでこを拭いてくれた。
「お風呂入ったのに、汗かいちゃったね。本当に大丈夫?」
「大丈夫。それよりそろそろ飯の時間か?」
「うん!食べれそう?」
「食べまくるぞー!」
「おー!」
「おー」
二人には本当のことを言わない方がいい。美山なら一つ一つ部屋に訪問して、見つけ次第ヤバいことしそうだし、桃はなんだかんだ計算高くて必ず助けてくれる。
大事にはしないほうがいい。
そう考えている時、部屋の扉がノックされて、間違いなく俺にだけ緊張が走ったが
「お食事お持ちいたしました」
普通に食事の時間でホッとした。
次から次へと運び込まれてくる豪華な海鮮料理に俺達は目を輝かせ、思わず唾を飲んだ。
「それではごゆっくりどうぞ!」
「いただきます!」
美山は嬉しそうに海鮮丼を食べ、桃はソワソワしながらカニが茹で上がるのを見つめている。
「写真撮るか!」
「撮って撮って!」
「‥‥‥あれ?」
「どうかしましたか?」
「い、いや、やっぱり写真は二人で送ってあげてくれ」
「んー?分かった」
ない‥‥‥ないないないない‼︎携帯取られた‼︎‼︎‼︎
「ちょっと、温泉に忘れ物したかもしれないから二人で食べててくれ」
「一緒に行くよ?」
「一人で大丈夫!」
「ならいいけど」
「早く戻ってきてくださいね」
「了解」
そして部屋を出たはいいが、エレナの部屋なんて分からないし、ロビーで聞いても教えてくれるわけがない。
そうだ!桜橋グループであの可愛さなら、そっちの高校でも、桜橋先輩みたいな扱い受けてるに違いない!とりあえず、誰か生徒を捕まえよう!
エレナの高校の生徒を探しに、お土産屋さんに足を運ぶと、二人の女子生徒が楽しそうにお土産を見ていた。
「あ、あの」
「はい?」
「エレナさんの部屋ってどこか分かりますか?」
「は?エレナ様のストーカー?」
「通報しよ通報」
「ま、待って!」
エレナ様って呼ばれてんの⁉︎桜橋先輩ですから会長って呼ばれてるのに!なんか嫌だけど、さっそく切り札を出すか。
「俺、桜浜学園の副会長なんです」
「え⁉︎それは失礼しました!」
「ごめんなさい!」
やっぱりいけた。これなら上手くいく!
「いいよいいよ。さっきエレナさんと話しててさ、後で部屋に来てって言われたんだけど、肝心な部屋を聞いてなくて」
「ご案内いたします!」
「ありがとう!」
そして連れてこられたのは、最上階の一番奥の部屋だ。
「こちらになります」
「わざわざありがとう!」
「いえ!本当に先ほどは失礼な態度を取ってしまい、すみませんでした!」
「すみませんでした!」
「う、うん」
俺、桜浜学園でもこんな扱いされないんだけど‥‥‥さて、ノックしてみるか。
コンコンコンと、三回連続でノックすると、内側のチェーンを付けたまま少しだけドアが開いた。
「なに」
「携帯盗んだだろ。返せ」
「わざわざ私の部屋に来るとか、私の体が欲しくなっちゃった?」
「お前さ、そんなこと言ってビビってるだろ」
「なにを根拠に言ってるの?」
「このチェーンだよ」
するとドアが完全に閉まり、チェーンを外してドアを開けてくれた。
これだけで俺には分かる。エレナは意外と臆病で、プライドが高い。
「入って」
「おう」
エレナは刃物を持っている。でもそれで傷つける勇気なんてないはずだ。
「脚震えてるよ」
「ビビってねーし!」
「ビビってるとか言ってないんだけど」
「そ、そうだな」
部屋は薄暗くて不気味だし、入った瞬間鍵閉められたら普通震えるだろ‼︎それより携帯だ。
「け、携帯返せ」
「いいけど、もう遅いよ?」
「ん?」
「エレナの体気持ちいい〜って送っておいたから」
「はぁ⁉︎」
「それに、貴方は本当に愛されてるねー」
「どういうことだよ」
「今も電話が鳴り止まない」
ベッドで光る俺の携帯を見つけ、すぐさま携帯を取ろうとした時、そのままベッドに押し倒されてしまった。
「初めて?」
「な、なにが?」
「女の子とこういうことするの」
「初めてだし、する気ないからな!」
「私も初めてだけど、これは仕事。後から私を好きになっても迷惑だからやめてね?」
そう言って浴衣を脱ぎ、下着姿で抱きつかれてしまった。
「バ、バカ!やめろって!」
「‥‥‥」
「ん?」
「し、指示して」
「はい?」
「この後どうすればいいか教えて」
「‥‥‥まさか、なにも分からない系?」
「うるさい‼︎」
「んじゃ教えてやるよ」
「は、早く言って」
「まずベッドから降りて四つん這い」
「簡単ね!」
「そのままブヒブヒ鳴け」
「‥‥‥本当にこれが正しい手順なの?耳はいつ舐めるの?」
「は?」
「耳を舐めてから服を脱がしてってネットに書いてあったの!」
ネット‥‥‥
「ブヒブヒ鳴いてからだよ。手順を踏んで全部やらないと、桜橋先輩もなにも思わないぞ?」
「くそ‥‥‥ブ、ブヒブヒ」
「もっと」
「ブヒブヒ!」
「へっ!バーカ!」
「‥‥‥」
「じゃーな!」
「殺す‥‥‥」
なんだこれ‼︎鍵が開かない‼︎
「逃げるな」
「ひぃ‼︎」
浴衣を引っ張られて、またベッドに戻されると、次は容赦なく顔を連続で殴られたが、アドレナリンってやつなのか、二発目以降、あまり痛みを感じない。
「女をバカにしたな‼︎お前は許さない‼︎一花の気持ちを冷めさせるなんて簡単!お前の顔を惨めにしてやればいいんだ!」
待てよ‥‥‥これ、アドレナリンとかじゃない!シンプルに痛くないやつだ!人殴ったことなんてないんだ!猫の手みたいになってるし!
「これ以上の失敗は許されない!これは私に訪れた最大のチャンスなの‼︎」
「分かった!分かったから!さっきはごめんって‼︎」
「もっと謝れ‼︎深々と頭を下げろ‼︎」
「仰向けなのに⁉︎」
「は?」
「え?」
「もういい。裸で抱きついた写真撮れれば、それだけでいい。でもその前に」
「‥‥‥」
桜橋先輩が人を見下す時に見せる冷たい目にそっくりだ‥‥‥
「四つん這いになって」
「‥‥‥嫌だ‼︎」
「なら、窓を開けて叫んでもいいんだよ?下着姿の私と他の学校の貴方。どうなるかな?」
屈辱‥‥‥
俺はパンツ一丁で四つん這いになり、豚の真似をしている動画を撮られてしまった。
「これを一花に送信っと!」
終わった‥‥‥こんなの見られたら、絶対に嫌われる‥‥‥
「その絶望的な表情、たまらない♡まぁ、作戦通りにはいかなかったけど、これで貴方も終わりだね」
「そうだな‥‥‥もういいだろ」
「そうだね、携帯も返してあげるから部屋に戻りな」
エレナは浴衣を着直して、俺に携帯を返すと、脱力する俺を強引に部屋から追い出した。
「桜橋先輩‥‥‥」
電話しなきゃ。
「もしもし⁉︎」
「動画見ました?」
「見たわよ。あんな酷いこと‥‥‥」
「俺もさせたんで、仕返しされた感じですね」
「双葉くんがさせたのは、なにか理由があるんじゃないの?聞いてあげるから言ってみなさい」
「‥‥‥エレナに携帯を取られて、部屋に取りに行ったんです。それで、逃げるために隙を作らせたんです」
「‥‥‥はぁ‥‥‥」
「ごめんなさい」
「よかった!」
「え?」
「他に酷いことされてない?」
「大丈夫です」
「エレナはね、昔から仕事熱心なんだけど、失敗が多いのよ」
「そうなんですか?」
「あの子は甘いわ。ただ、蛇のようにしつこい」
「蛇‥‥‥」
「今は成功したと思い込んでいても、すぐに失敗だったと耳に入るはずよ」
「そもそも、エレナがなにを依頼されたか知ってるんですか?」
「エレナに電話で言われたわ」
「そうなんですか」
「エレナはきっと、桜浜学園にやってくる。エレナは失敗が多いけれど、そのしつこさで成功することも多いのよ」
「そもそも、会ったことあるんですか?」
「小さい頃はね。それ以降はお互い有名人だから、嫌でも目に入ったり噂を聞いたりしていた感じね。ちなみにエレナは、私の従姉妹の中では一番マシよ?」
あと2人、どんだけやばいんだよ‼︎
「耳舐めたりしてだけど、本当はすごい恥ずかしがり屋で、今頃暴れてるんじゃないかしら」
その時、エレナの部屋から暴れているような物音と声が聞こえてきた。
「あ〜‼︎下着見せちゃった‼︎しかも豚の真似‼︎恥ずかし恥ずかし恥ずかし恥ずかし恥ずかしい〜‼︎‼︎もう嫌だ〜‼︎あ〜‼︎‼︎‼︎」
「ほらね」
「す、凄いですね」
「近いうちに、エレナとは直接対決かしらね。双葉くんにあんなことをして‥‥‥させた‥‥‥絶対に許しはしないわ」
「な、なんか怖いんで切りますね」
「待ってよ!」
「なんですか?」
「私は双葉くんを疑ったりしない。ちゃんと好きよ」
あ、充電切れた。
だが、俺の心も安心に満たされ、早く戻ってご飯を食べようと思ったが、部屋に戻ると、もうご飯は下げられていた。
「俺のは⁉︎」
「遅いですよ」
「もう持っていかれちゃったよ?」
「あぁ‥‥‥なんて不幸な‥‥‥」
「大丈夫!文月くんのためにカニ取っておいたよ!」
「美山〜!お前はいい奴だと思ってたよ!」
「え♡えへへ♡」
ヤバイ。桃が羨ましそうにカニを見ている。
「あげないからな」
「ジャンケンです」
「いっぱい食ったんだろ⁉︎」
「そうだよ桃ちゃん!これは文月くんの!」
「しょうがないですね。双葉さんがいない間に思わずしてしまった美山さんのゲップおんせっ」
「桃ちゃーん?カニ美味しいー?」
「おい〜‼︎‼︎‼︎」
「うまみ」
「ゲップぐらいでカニ食わせるなよ‼︎」
「してない!」
「なら、尚更食わせるな!」
「桃ちゃんが悪いの!」
「うまみ」
「もう寝てやる‼︎ベッドは俺のものだ‼︎」
桃にカニを食べられて、いじけながらベッドに潜り込むと、すぐに部屋が暗くされた。
「私達も歯磨いて寝ようか!」
「はい」
それからしばらくして、隣のベッドで仲良さそうにしているのが聞こえてきて癒されていると、最後まで起きていると決めていたのに、あっさり寝てしまった。
「文月くん♡ダメだよ♡」
「ん〜、なんだよー」
「んっ♡」
「はっ‥‥‥」
目を覚ますと同じベッドに美山がいて、俺は寝ぼけて胸を鷲掴みしていた。
「ごめん!てか、なんで俺のベッドに入ってんだよ」
「文月くんが入れたんじゃん♡」
「えっ」
「トイレに行こうと思ったら腕掴まれて、そのままベッドに引っ張ったじゃん」
「マジ?」
「本当だよ?」
「完全に寝ぼけてた」
「でさ」
「ん?」
「なんで会長の名前呼びながら揉んでたの?どうして?」
「‥‥‥」
嘘だろ⁉︎俺ってそんなに変態だったの⁉︎
「好きだから‥‥‥だよね?」
「えっと‥‥‥」
「文月くん」
「なんだ?」
「会長を選んだ理由、聞いてもいいかな」
「‥‥‥最初は完璧な人だと思ってたけど、実際そうじゃなくて、守ってあげたくなるというか‥‥‥」
「そっか。私、ちゃんと応援するよ!」
「他にも聞いてほしいことがある」
「なに‥‥‥?」
「美山のことも失いたくない」
「も?」
「うん」
「‥‥‥正直に話すとね、会長の卒業式ぐらいから、それ以上は学園に居られないと思うんだ。三年生にはなれない。だから、私は文月くんのことが本気で好きだけど、会長と付き合ってほしいって本気で思うの」
「まだ、時間はあるんだな」
「一応ね」
「俺、次の生徒会選挙に立候補する」
「え?」
「俺が会長になれば、してやれることもあるはずなんだ」
「‥‥‥ありがとう」
「だから、学園をやめるとか今は考えるな」
「‥‥‥文月くんと離れ離れになりたくない」
美山は俺の浴衣を掴みながら体を小さくして泣き出してしまった。
「俺の方からは離れたりしないよ」
「でも会長と付き合ったら、私なんて‥‥‥」
「美山はさ、俺が高校生になってから初めて声をかけてくれた人なんだ。最初はめんどくさいとか思ってたけど、今では大切な存在なんだよ」
「そういうこと言うから、心のどこかで文月くんを諦めたくない気持ちが残っちゃうの!」
「ごめん‥‥‥」
それから美山は泣き疲れて寝てしまい、ベッドから起き上がると、同じく起き上がっている桃と目があった。
「なんで‥‥‥桃が泣いてるんだ?」
「諦める辛さを知ってるからです」
「‥‥‥」
どうして、恋ってやつは誰かが傷つくようにできてるんだ‥‥‥
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