バカ


結局5月に入り、連休のせいで桃と鈴穂から話を聞き出せず、ウサギのピョコ蕎麦も美山の家で飼うことになって、生徒会室はでかい熊とアロワナで威圧感しかないし、いいことがない。

モヤモヤした気持ちで連休を過ごし、俺は連休が明けてすぐに朝一で桃を屋上に呼び出した。


「なんですか?」

「あの話はどうなった?」

「また会長の胸を触りたかったですが、双葉さんとの約束を破棄します」

「は⁉︎恋話できなかったのか⁉︎」

「しましたよ?しっかり美山さんとも」

「なら教えてくれよ!」

「ごめんなさい。私の口から言うには、あまりに重すぎます。ごめんなさい」

「だったら鈴穂に聞いてくるわ」

「同じ反応をすると思いますよ」

「とにかく行く」


約束を守らなかった桃にイライラしながら鈴穂の教室の前までやってくると、俺に気づいた鈴穂は軽く眉間にシワを寄せながら教室を出てきた。


「なに?」

「あの、恋話の件なんだけど」

「あー、あの話は無しで」

「は?なんなんだよ。どうして二人して教えてくれないんだよ」

「いいよねー、ただ想われてる側は」

「は?」

「一つだけ言うなら、会長と美山先輩は友達になるべきじゃなかった。じゃ」

「ちょっ、ちょっと待て!」

「うっせーな」

「ご、ごめん」


なんなんだよ‥‥‥意味わかんねーよ‥‥‥桜橋先輩と美山が友達にならない方がよかった?そんなわけないだろうが。


そして自分の教室に戻る途中、教室で机に肘をついてつまらなそうにしている美山が視界に入った。俺が居ないとあんな感じなのか。


「美山」

「あっ!文月くん!どうしたの?」


試しに呼んでみたら、急に表情が明るくなったし、嫌われてるわけではないのかな。


「ちょっと呼んでみただけ」

「そうなの?お話する?」

「あぁー、ゲーセン行かね?」

「え?会長にバレたら怒られるよ?」


そんなの分かってる。今まで安心しきっていたけど、美山と桜橋先輩の考えが全く分からなくて不安で、離れて行くかもしれないって恐怖が脳裏から離れない‥‥‥


「行こう!」

「ありがとう」


美山は俺の表情を見てなにかを察してくれたのか、ニコニコしながら俺の手を引いてくれた。

そのまま周りの目を盗んで学園を飛び出し、学園から一番近いゲームセンターにやってきた。


「本当にサボっちゃったね!」

「やっぱりヤバイかな」

「一応生徒会だからね。威厳とかを大切にする会長は怒るかもしれないけど、ちゃんと説明すれば大丈夫じゃないかな?文月くん、なにかあったんでしょ?」

「あっ、いや‥‥‥美山ってさ、その‥‥‥他に好きな人とかできた?」

「私⁉︎できるわけないじゃん!私は文月くんが好き」

「そ、そうか!なんかごめんな。返事待たせてる身でこんなこと聞いて」

「会長か私で悩んでくれてるの?」

「‥‥‥うん」

「私はね、文月くんに選ばれたら嬉しいし、全力で尽くしまくる!でもね、私‥‥‥最後まであの学園にいれないかもしれないからさ。きっと会長の方がいいんじゃないかな」

「え?」

「会長も卒業しちゃうけど、きっと毎日会えるし、私は学園を辞めたら田舎のおばあちゃんの家に行くことになると思うからさ」

「‥‥‥」

「‥‥‥やっぱり、行かないでとは言ってくれないよね」

「ち、違う!」


ゲームセンターの楽し気な騒がしい音の中で、俺達はその雰囲気とは真逆の話を続ける。


「望めば文月くんを悲しませる結果になるけど、誰にも取られたくない。だから、この人なら目を瞑るって人が欲しかった」

「‥‥‥桜橋先輩か?」

「そう!きっと幸せにしてくれるよ?それに会長は、もう愛を知ってる。会長が悲しむ顔を見たくないよ」


桜橋先輩は美山を想って恋を諦めて、美山は俺と桜橋先輩を想って恋を諦める‥‥‥多分そうだ。だから桃と鈴穂はなにも教えてくれなかったんだ。そりゃ言いにくいよな。


「私がしたことは会長もしていいって約束してるのは知ってるよね?」

「おう」

「先を読むのが得意な会長は、私の先を読めてなかったみたい」

「どういうことだ?」

「会長は人の愛し方を知らなかった。だから、あれはダメでこれはいいってことを教えるには良い約束だったの」

「桜橋先輩は、多分美山の考えを知ってた」

「そんなわけないよ」

「前に、私の願いが叶ったら、美山には頭が上がらないって言ってたんだ。きっとあの時の桜橋先輩は俺と付き合う気満々だった。だけどこの前、桜橋先輩は俺に言ったんだよ」

「なにって?」 

「美山を選べって」

「‥‥‥嘘でしょ?」

「本当だ」

「ごめん。帰る」

「は⁉︎遊ばないのか⁉︎てか、いきなりどうしたんだよ!」

「ごめん」


ゲームセンターから出て行く美山を止めることができず、ただその場に立ち尽くした。


もうなにもかもダメだ。


それから、もう全てがどうでもいいと自己暗示しながらゲームに没頭し、休憩しようと自販機にジュースを買いに来ると、自販機横の椅子に桜橋先輩が座っていた。


「桜橋先輩‥‥‥」

「クビよ」

「‥‥‥」


鋭い眼差しでその一言だけ言い残し、桜橋先輩はゲームセンターを出ていってしまった。


「‥‥‥くそ‥‥‥」


放課後の時間までメダルゲームを無心でやり続け、無心で学園に戻り、無心で学園を出た。

よく分からない辛さで、胸がいっぱいなのを誤魔化すように。


その日の夜、ベッドに入ってウサギが寝ているだけの動画を眺めていると、いきなり美山から電話がかかってきた。


「もしもし」 

「もしもし。私、生徒会クビになった」 

「俺もだ。俺がゲーセンに誘ったのが悪かったな。ごめん」

「大丈夫。その話とは全く関係ないんだけどね」

「ん?」

「もう、文月くんと仲良くするのやめようかなって」

「‥‥‥なんで?」  

「嫌いになったとかじゃないから‥‥‥本当に」

「いきなり意味わかんないぞ」

「ごめんね、連絡先も消すから。バイバイ」


全部‥‥‥俺のせいなんだろ‥‥‥完全に嫌われたな。


それから毎日、美山と桜橋先輩とすれ違っても目も合わせてくれず、紬先輩は銀の紋章を没収しに来て以来、すれ違っても気まずそうに俺から目を逸らすようになった。

鈴穂はなぜか、俺と会うたびに呆れたようにため息をはく。

桃だけは、心配そうに俺を見て、それを口に出さずに仲良くしてくれている。

こんな状況が約二ヶ月‥‥‥7月まで続き、俺もすっかり二人と話さない日常に、二人に嫌われた毎日に慣れていた。

ただ、今年も美山の誕生日を祝えなかったことが心残りなぐらいだ。


「双葉さん双葉さん」

「んー?」

「性欲溜まってますよね」

「は?」

「だって、前は毎日のように学園生活の中にオカズがあったのに、今は私みたいなエロの要素がない女子生徒としか話さないじゃないですか」

「桃は可愛いからそれでいいんだよ」

「か、可愛くないです」

「んで?今日はなにすんの?」


俺は寂しさから、優しい桃にすがり、6月の中旬からオカルト部に入部した。


「今日は一緒にホラーDVDを鑑賞しましょう」

「昨日も見ただろ」

「それじゃ、夜に心霊スポットでも行きます?」

「夜は嫌だ。行くなら今から行こうぜ」

「まだ明るいです。暗くないと雰囲気出ませんよ」

「んじゃ俺と付き合ってくれ」

「‥‥‥」

「あ、今のなしなし」

「双葉さん、もう長い間、毎日ボケっとしてますけど大丈夫ですか?」

「大丈夫」


テーブルから顔を上げて桃の顔を見ると、桃は真っ赤な顔で目を泳がせていた。


「えっ」

「な、なんですか」 

「いや別に」

「そ、そうですか」

「ゲーセン行こうぜ」

「またですか?オカルト部と関係ないです」

「ゾンビのゲームならギリ、オカルト関連だろ」

「またそうやって言いくるめるんですか?」

「新作出たらしいぞ」

「しょうがないですね。行きましょう」


そして、俺と桃が部室を出た時、目の前に紬生徒が立っていて、軽蔑するような目で俺を見つめた。


「つ、紬先輩。どうしました?」

「いいんじゃないですか?なにも考えないで他の女に逃げたって、泣いてる女の子のことなんて気にしないで、なにもかも忘れたフリしてればいいですよ。元副会長にはそれがお似合いです。それだけです。あと最後に言わせてください」

「はい‥‥‥」

「バカ」


バカ‥‥‥か。

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