読めない心


今日は桜橋先輩とのデートの日。

俺はデートとは思ってないけど、まさかの動物園という、いかにもデートらしい場所に行くことになってしまった。


「双葉くん!」


桜橋先輩は待ち合わせ場所のバス停に、清楚でオシャレな私服を着てやってきた。


「おはようです」

「今日はデートありがとうございました!」

「え、終わったんですか?帰りますね」

「違うわよ!デートを断らないでくれてありがとう!」

「デートってワードは禁止でお願いします」

「なぜ?」

「なんか気が引けるので」

「なら、新婚旅行にしちゃう?」

「もっと嫌です!ほら、バスきましたよ」

「行きましょ!」


なんか張り切ってるなー。てか、奢ってもらう気満々で、財布に600円しか入ってないのやばいかな。桜橋先輩はデートのつもりだし、デートで使うお金は男が払うみたいな記事見てたら終わりだ!


桜橋先輩を窓際に座らせて、その隣に座って勇気を出して財布の中身を教えてみることにした。


「あの〜」

「なに?」

「俺、600円しか持ってないです」

「なぜお金なんて気にしているの?双葉くんはヒモ男でいいのよ?」

「言い方に悪意ありません?」

「将来、子供ができても、私が子育てをしながら働けばいいし、双葉くんは毎日ゲームでもしながら私を愛してくれればいいの」


絶対あれだ!いざという時『ヒモの分際で私に逆らうの?さぁ、舐めて足を綺麗にしなさい』とか言うんだ‼︎


「そ、それより、今日のことって美山は」

「知ってるわよ?」

「なんか言ってました?」

「楽しんできてって」 

「なんか最近、美山の様子がおかしくありません?」

「女の子にはいろいろあるのよ」


え‥‥‥まさか‥‥‥美山に俺以外の好きな男ができたとか⁉︎でも、そうだとしたら、美山の顔面偏差ならすでに付き合ってるはずだし‥‥‥女の子のいろいろってなに⁉︎


若干の不安の中、バスは動物園にどんどん近づき、ついに動物園に到着した。


「やっぱり日曜日だと人多いですね」

「そうね!私、動物園って初めてだから楽しみ!」

「初めてなんですか⁉︎」

「小さい頃に動物園行きたいってお願いしたら、家にライオンの赤ちゃんを連れてきたことがあったけど、私はお猿さんが見たかったのよ」

「金持ちって怖いですね」

「早く入りましょう!」

「あ、はい」


もちろん入場料は桜橋先輩が払ってくれ、中に入った瞬間、桜橋先輩は自然に俺と手を繋ぎ始めた。


「手汗」

「ご、ごめんなさい!」


手を繋がれた瞬間、俺の手汗も一気に溢れ出て、正直どっちの手汗か分からなかったが、俺の一言で手を離してから、もう一度手を繋いでくることはなかった。


「見て見て!お猿さん!」

「近づきすぎるとフン投げてきますよ」

「え⁉︎そんなことしてくるの⁉︎あっ!ウサギよ!」

「猿はもういいのかよ!」


入ってすぐに猿が迎えてくれたが、桜橋先輩はそのすぐ近くにある、ウサギの触れ合いコーナーに夢中になった。


「とても可愛いわ!」


笑顔でウサギを抱っこする桜橋先輩の方が可愛いだなんて口が裂けても言えない。


俺はさりげなくウサギに夢中になっている桜橋先輩の写真を撮り、一緒にウサギを撫でて楽しんだ。


「餌もあげられるらしいですよ」

「あげてみたい!」

「500円かかりますけど」

「買ってくるわ!」


日曜日に動物園、桜浜学園の生徒がいるかもしれないのに、こんな楽しそうにしてる姿見られたら終わりだろ。


そんなことを考えていると、桜橋先輩はにんじんスティックとタンポポの花を持って戻ってきた。


「見て!ウサギはタンポポも食べるらしいの!」

「へー、初めて知りました」


それから俺は、ウサギと戯れる桜橋先輩の写真を何枚か撮り、桜橋先輩は餌が無くなると携帯を取り出して、白くて小さく、目が黒くて可愛いウサギの写真を撮り始めた。


「その子お気に入りですか?」

「うん!連れて帰りたいくらい!」

「その子は無理でしょうけど、生徒会室でウサギ飼えばいいじゃないですか。室内で飼えますし」

「‥‥‥双葉くんって実は頭いいのね」

「ん?なんか遠回しにバカにしました?」

「可愛い〜♡」

「おい」


それからワニを見に行って、怯える桜橋先輩を見たり、カピバラで癒される桜橋先輩を見たり、お昼にレストランに入って、熊の形のパンケーキを注文して喜ぶ桜橋先輩を見たり、お土産コーナーで小さなぬいぐるみを大量に買う桜橋先輩を見たり‥‥‥気づけば俺は、動物よりも桜橋先輩に夢中になってしまっていた。


「双葉くん!これ買ってあげようか!」

「なんですか?」

「熊の等身大フィギュア!立ち上がって威嚇してるのよ!」

「置く場所ないわ‼︎しかも210万って!」

「喜ぶと思って、もう買っちゃった‥‥‥」

「なにしてんのー⁉︎」

「キャンセルしてくるわ‥‥‥」


なんか落ち込んじゃったけど、絶対に俺は悪くない!絶対にだ!

でもなんか可哀想だから、600円で買えるもの探すか。


桜橋先輩が熊の等身大フィギュアをキャンセルしている間、一人でお土産コーナーをぐるぐるしていると、涙目になった桜橋先輩が戻ってきた。


「すっごい嫌な予感するんですけど、どうしました?」

「もうキャンセルできないって」


終わった‥‥‥


「どうするんですか?」

「どうしよう!」

「知るか!」

「私、また双葉くんに迷惑かけて‥‥‥」

「あ、いや、気持ちは嬉しいですよ?なので、生徒会室にでも飾りましょう。そうするば俺もいつでも見れますし」

「双葉くんのためになる?」

「なりますなります」

「へへ♡よかったー!」


ヤバイ男に騙されたら、全財産吸い取られて借金地獄になるタイプの人だ‥‥‥試してみよ。


「桜橋先輩」

「なに?」

「俺に全財産ください」

「頭おかしくなったの?あげるわけないじゃない」


違った〜‼︎‼︎‼︎ただただ俺がクズ発言しただけになっちゃった〜‼︎‼︎‼︎


そんなこんなで結局、熊等身大フィギュアは月曜日に桜浜学園に届くことになり、桜橋先輩の機嫌も直って、俺の600円は守られた。


それから店を出て一度ベンチに座ったが、大量のぬいぐるみが入った袋を持っている桜橋先輩を見て、俺は袋に手を伸ばした。


「袋持ちますよ」

「ありがとう!私達、本当にカップルみたいね!」

「そ、そういうこと言わなくていいですから!」

「本当にカップルになれたらいいな」

「言ってて恥ずかしくないんですか?」

「恥ずかしいわよ!でも、双葉くんは言葉にしないと分からないでしょ?」

「確かに」


もう充分分かってるし、アピールをされる度になにが正解か分からなくなるからやめてほしんだけどな。


「いろいろ見たけれど、あと見てない動物っているかしら」

「マップ見せてください」

「はい!」


桜橋先輩が持つマップを見ようと、自然と肩を寄せ合い、ふと桜橋先輩の顔を見ると、顔を赤くした桜橋先輩と目が合ってしまった。


「‥‥‥」

「‥‥‥ち、近いですね」

「そ、そうね」

「キリン見に行きますか」

「さっき見たわ」


ヤバイ‥‥‥頭が回らない。


「カ、カバをまだ見てないわ」

「い、行きましょう」


その瞬間、お互いにサッと肩を離し、同時に深い深呼吸をして立ち上がった。

桜橋先輩もドキドキがおさまらないのか、カバを見に向かっている間、俺達は一言も言葉を交わさなかった。


「ボテボテしてますね」

「カバって実は足が速くて凶暴なのよね」

「日本に生まれてよかったですね」


これで全ての動物を見終わり、歩きすぎて足が痛くなりながらもバス停に向かい、やっとバスに乗り込むことができた。


「この後は美山の家に帰るんですか?」

「そうよ!ベッドにぬいぐるみを並べるの!」

「怒られそうですね」

「大丈夫よ。双葉くんが選んだって言えば!」

「うわ!堂々と嘘つくんですか⁉︎」

「いいのいいの!それより、動物園楽しかったわね!」

「はい!俺もかなり久しぶりに来ましたよ!」


ニコッと可愛らしく満足気に笑う桜橋先輩をみて気持ちがほっこりしていると、桜橋先輩は急に真面目な話を始めた。


「美山さんのこと、なんとかしてあげられないかしらね」

「お金ですか?」

「そう。意地になってお金は受け取らないの。最近、アルバイトを始めたみたいだけれど」

「へー、俺には教えてくれませんでした」

「双葉くんは美山さんにとって、一番心配をかけたくない相手だもの」

「‥‥‥桜橋先輩は、美山の先を読んでますか?」 

「‥‥‥二人が三年生になるまではまだ心配しなくていいんじゃないかしら」 

「それを聞いて安心しました」

「ただ、美山さんの心は来年まで保つかしらね」

「心?」

「双葉くんが思うより、美山さんは強いのよ」

「強いのに心が保つか心配なんですか?」

「強いからよ。あの子は私より大人だから。だからね双葉くん」

「はい」

「‥‥‥美山さんを選んであげて」

「‥‥‥え?」


どうしてそれを、そんな優しい表情で言うんだ。

なら、今までの桜橋先輩の気持ちはなんだったんだ。


「私は双葉くんが好き。付き合いたい。でも、もともと私の自分勝手で始まった関係でしょ?双葉くんもずっと返事を保留しているし、きっと、私じゃなくてもいいんじゃないかしら」

「そんな、どうしていきなり」

「‥‥‥」


どうしてなんにも言わないんだ‥‥‥

美山を選べって言われて選べるなら、とっくに‥‥‥そうしてた。

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