流れていく過去
お腹に変なものを貼り付け、その上から包帯をぐるぐる巻きにされ、お腹に違和感を感じながら三人で登校すると、昇降口前に30名程の生徒が集まり、その中心に鈴穂がいる。
なにやら俺達を待っているようだった。
「あれやばくないですか?」
「よく1日で味方を作ったわね」
「私達が一年生の時とか、生徒会が怖すぎてなにもできなかったのに」
「美山さんは後半からそうでもなかったじゃない」
「だって会長アホで可愛かったですし」
「か、可愛い?私が?」
「はい!」
「美山さんの方が愛嬌があって可愛いわよ」
「確かに!」
二人とも、どんだけ緊張感ないんだよ‼︎あと美山は否定しろ!
「おはようございまーす」
「おはよう」
みんなの前に立つと、また鈴穂と桜橋先輩の睨み合いが始まったが、もう桜橋先輩の冷静な目を信じられない。
「来るのが遅すぎて、全生徒の手に写真が渡っちゃったよ?これで生徒会も終わりだね」
「美山さん、緊急全校集会よ。放送室から呼びかけて」
「はい!」
美山が急いで放送室に向かうと、鈴穂の目が更に鋭くなった。
「なんのつもり?」
「今私の前に立つ貴方達、絶対に顔は忘れません。体育館に移動しなさい」
「な、なに命令してんだよ!」
うわ!桜橋先輩にタメ口!度胸のある男子生徒だ。俺と美山ですらたまにしかタメ口にならないのに。
「貴方達の力不足で、私はまだ生徒会長です。移動しなさい」
「みんな行くよ」
鈴穂の一言で全員が学園内に入っていき、桜橋先輩はそれを冷静な眼差しで見つめた。
「こういう時はカッコいいですよね」
「できれば双葉くんにも、可愛いって言ってもらいたいものね。これから努力するわ」
「そ、そうですか」
思ったことは何度もあるけど、そんなサラッと言えないだろ。ま、まぁ、言えるか?言えるな。ただ言ったらめんどくさそうだからやめとこ。
「私達も行くわよ」
「はい」
俺達も体育館に移動すると、すでに全生徒と先生が待機していて、みんな例の写真を持っていた。
「ステージから見て左サイドで立ってなさい」
「分かりました」
とりあえず担任の川崎先生の隣に行くことにした。
「おはよう!」
「おはようございます」
ニッコリ笑って挨拶をしてくれた川崎先生も写真を持っていて、多少気まずい。
そんな中、桜橋先輩はステージに上がり、マイクのスイッチを入れた。
「おはようございます。なにやら朝から私と双葉文月くんの写真の話題で持ちきりのようですね。ですが、ありもしない話を付け加えるのは黙っておけませんね」
「だったら説明してみろ‼︎」
「そうだそうだ‼︎」
桜橋先輩、大丈夫だよな‥‥‥このアウェイな空間には慣れてなさそうだけど。
すると桜橋先輩はカッ!と目を見開いた。
「静かにしなさい。まだ話の途中です。これから説明に入るかもしれないと、頭を回せなかったのですか?」
「‥‥‥」
「それでは説明します。あの写真はなにをしている時の写真か、これは話すか悩んだのですが、双葉くんはお腹を怪我していています。それも酷い怪我です‥‥‥この写真の時、双葉くんは怪我の傷が痛み、それを強く訴えました。ベルトが苦しくて辛いと」
桜橋先輩がそう言うと、数名の生徒がざわつき始めた。
「確かに、昨日の休憩時間に苦しそうに歩いてるの見たかも」
「私も見た」
「俺も俺も!」
「てことは、鈴穂ちゃんが嘘ついたってこと?」
天才‥‥‥だ。そういえば、生徒会長選挙の時も、いろんなことを先読みして‥‥‥鈴穂、お前は喧嘩を売る相手を間違えた!
「だったら‼︎それが嘘だって証拠をみんなに見せてあげる‼︎」
「えっ」
鈴穂が怒って俺に近づいてくる。
腹殴られたりしないよね⁉︎
鈴穂は勢いよく俺の制服をめくり、巻かれた包帯を見て唖然とした。
そして遠くで心配そうに桃が立ち上がっている。
「なに‥‥‥これ‥‥‥」
「うぐっ‼︎がぁ〜‼︎‼︎‼︎」
その瞬間、ヘソの下に貼ったシールのような物がビリビリと強い静電気のような物を発し始め、俺は痛みのあまり倒れ込んだ。
「ちょっとヤバくない?」
「制服めくった時に刺激与えたんじゃ」
「いっ‥‥‥痛い痛い痛い‼︎‼︎」
桜橋先輩‼︎絶対に許さねー‼︎‼︎‼︎
「副会長‼︎大丈夫ですか⁉︎」
あっ、止まった。
誰かの心配する声と同時に静電気のようなものが止まり、桜橋先輩を見ると、何故かニヤけるのを我慢するような口元になっていた。
「だ、大丈夫です」
「双葉くんは怪我をして痛みを訴えた。私がそれを助けようとした。これが真実です!私に無礼な態度を取った皆さん、どうですか?」
質問された約30人の生徒は一斉に立ち上がり、綺麗な角度で頭を下げた。
「すみませんでした‼︎」
「これにて、全校集会を終了します。速やかに教室に戻りなさい」
やっぱりすげー‥‥‥でも、桜橋先輩が俺を気持ちよくさせようとしてベルトに手をかけたのが真実なんだよな。
ある意味鈴穂は間違っていない。でも今は、体育館を出て行く生徒が、立ち尽くす鈴穂を通りすがりに睨んでいる。
そして桜橋先輩が体育館を出る時、俺も慌てて後ろをついていき、そのまま二人で生徒会室へやってきた。
「お疲れ様!」
「お疲れ様!じゃねーよ!いてーよ!」
「これのこと?」
桜橋先輩はポケットから小さなリモコンのようなものを取り出し、遠隔で電流を流していたと分かった。
「それですよ‼︎めちゃくちゃ痛いんですから‼︎いーててててて‼︎なんでスイッチ入れたー‼︎」
「あは♡いい♡」
「止めてください〜‼︎」
「指先一つで支配できるこの感覚、癖になるわ♡」
「やめろ〜‼︎あ、止まった」
「これから毎日付けて!」
「ぶっとばしていいですか?」
「いやよ!」
「仕返しです。次は桜橋先輩が付けてください」
「しょうがないわね」
「よし」
包帯とシールのようなものを外して桜橋先輩に渡すと、桜橋先輩は俺に背中を向けた。
「付けるから、後ろを向いてて?」
「分かりました」
それから約3分後
「いいわよ」
「よし!くらえ‼︎」
「あっ♡!胸が〜♡!」
「どこに付けとんじゃ〜‼︎」
「今私、双葉くんの指先でいじめられてるぅ〜♡」
「変なこと言うな‼︎」
こうなったら、この【強】のボタンを‼︎
「いやぁ〜♡!愛が、双葉くんの愛が胸に直接♡!」
なるほどな‥‥‥これは確かに癖になるわ。
「失礼します」
「あ、桃じゃん」
「なにか用?」
桜橋先輩、スイッチ入れてるのに必死に冷静を装ってる⁉︎
「双葉さんのお腹が心配で」
「それなら大丈夫よ」
「本当ですか?」
「大丈夫って言ってるじゃない!出ていきなさい!」
「は、はい!」
桃が小走りで生徒会室を出て行った瞬間、桜橋先輩は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。
「バレちゃうところだったぁ〜♡もうダメ♡私変な気持ちに!」
もう切った方がいいな。
「止めましたよ」
「まったくもう!岡村さんが来ても止めないから焦ったじゃない!」
「仕返しなんで」
「でも、すごく良かった♡」
「そ、そうですか‥‥‥で、鈴穂はどうします?」
「そうね、まだ本来の目的の、双葉くんとあの子の関係を修復するというのは達成できてないものね」
「あのままじゃ、鈴穂はいじめられますよ」
「最高ね」
「ゲスい‼︎」
「あんな子、ほっときなさい」
「いや、でも」
「ほっときなさい」
「はい‥‥‥」
桜橋先輩‥‥‥そういう人なのかな。
生徒会の信用はたった1日で取り戻され、それから一週間が経ち、鈴穂は想像通りいじめられている。
目に見えるいじめなだけに、俺も多少心が痛む。
放課後にみんな集まっても、桜橋先輩はもちろん、美山も紬先輩もいじめのことには触れないし‥‥‥俺一人でなんとかするか。
「ちょっと散歩してきまーす」
「行ってらっしゃい」
いじめは先生達が教室から居なくなる放課後がメインだ。
鈴穂の攻撃を打ちのめしたのはいいけど、俺達は嘘で打ちのめしたんだ。
罪悪感を消さないと毎日気分が悪い。
そして鈴穂の教室をこっそり覗くと、今にも女子生徒に髪を切られそうになり、鈴穂は泣いていた。
「はーい、ストーップ」
「ふ、副会長!あの、これは‥‥‥」
「会長に言わないでほしいか?」
「はい‥‥‥」
「言ったらどうなるだろうなー。退学かな?」
「ご、ごめんなさい!」
「知ってるか?この学園には教室や廊下、至る所に監視カメラがあるんだ。見られたら終わりだな」
入学してきたばかりの一年生なら、この嘘が通用するだろ。
「もうしません‼︎ごめんなさい!」
「わ、私達もごめんなさい!」
「これからすぐに仲良くするのは無理だろうけどさ、3年もあるんだから、できるだけ仲良くしろ。てことで鈴穂借りるわ」
「え⁉︎」
「はい!本当にすみませんでした!」
こんなことでいじめは無くならない。でも、今よりはマシになるだろう。
そのまま鈴穂を連れて保健室にやってきた。
「怪我してないか?」
「また私を助けて、なんのつもり?」
「そりゃほっとけないだろ。鈴穂は世界で一番ムカつく女だけど、さすがにな」
「‥‥‥ありがとう」
「お、おう」
鈴穂はベッドに座り、少し優しい表情で左耳につけたリングのピアスを指先で揺らし始めた。
「私ね、勝てないの分かってた」
「そうなのか?」
「最初に、双葉先輩が生徒会室から逃げて行ったあと、会長と話をしたの」
「どんな?」
「それはね‥‥‥」
・・・・・・双葉が生徒会室から逃げ出した後のこと、鈴穂は桜橋を睨みつけながら堂々と言い放つ。
「あんたらを地獄に落とす!」
「貴方を地獄に落とす。そして、救い出してみせるわ」
「救う?何言ってんの?」
「私には先の全てが見えているの。あぁなればこうなる。こうすればこうする。貴方がなにをしようと、その行動の先で貴方を待っているわ」
「‥‥‥」
鈴穂は俺が逃げ出した後の話を教えてくれた。
「全部読まれてたってことか」
「あの目を見た時、この人は凄い人だってすぐに分かった」
生徒会長選挙の時も思ったけど、どこまでが演技なんだ‥‥‥
「放送室で写真撮った時あったでしょ?」
「うん」
「会長は私がいることに気付いてた」
「え‥‥‥」
「会長は、私にわざとあの写真を撮らせたんだよ。こうなることを分かってて‥‥‥」
「でも、今だから言うけどさ、あのあと桜橋先輩『どうしよどうしよ』って慌ててたぞ」
「それくらいじゃないと怖すぎるよ。でも会長は、私を一人にして満足だろうね」
「今俺といるじゃん」
「え?」
「もう良くね?過去は過去、今はネットの関係じゃないんだからさ、フバキとスズリの関係じゃなくて、双葉とー、苗字なに?」
「松下」
「今は双葉と松下ってことで、友達でいいじゃん。昔からよく言うだろ?リアルとネットは違うって」
「SNS時代にその考え持ってる人が人を傷つけたりするんだよ」
「お前が言う⁉︎」
「ごめんなさい」
「え、うん」
「ただ、かまってほしかっただけだったの。ごめんなさい」
「よーし、んじゃ仲直りだな!」
「私と双葉先輩が仲良くしたら、会長怒るかもよ?」
「大丈夫。多分あの人、俺が鈴穂を助けて解決するところまで読んでるから」
「確かに」
鈴穂が俺を見て目が合うと、俺達は自然と笑みが溢れた。トラウマも過去も、笑顔でスッキリ洗い流れていくのが分かる。
「さて、会長に会いに行こうかな!」
「また喧嘩売るんじゃないだろうな」
「いや?招待状渡されてるし」
「招待状?」
「貴方の心が救われたら生徒会室に来なさいって」
「なんだそりゃ。まぁ、行ってみるか」
のんびり歩いて生徒会室に向かい、二人で生徒会室の扉を開けると、テーブルには沢山の寿司が用意されていて、桜橋先輩はニコッと笑みを見せた。
「お寿司パーティーへようこそ」
「文月くん!食べよ!」
「副会長と鈴穂ちゃんも早く座ってください!」
「あら?伊角さんは今回の件に巻き込まれたくないからって逃げていたわよね」
「え‥‥‥いや」
「伊角さんにはガリしか用意してないわよ?」
「そんな!」
「あはは!」
「ちょっと鈴穂ちゃん⁉︎なんで笑うの⁉︎」
「だって、こういうの楽しい!」
「よっしゃ!食うぞー!」
結局、紬先輩も普通に寿司を食べさせてもらえ、四人で楽しく寿司を食べまくった。
「桜橋先輩、いったいどこまで読んでたんですかー?」
「最後までよ?」
「困って美山に助け求めたのも演技ですか?」
「そうだったんですか⁉︎」
「そ、それは本当よ‥‥‥」
「恥ずかしがる会長可愛いです!」
「伊角さんは黙りなさい」
「はい!」
天才すぎて怖くて、それでもアホで、とても優しい。あんなことをした鈴穂を招待するぐらいだもんな。
それから平和な時間が流れて鈴穂と紬先輩と桜橋先輩は先に帰っていき、たまたま美山と二人きりになった。
「アロワナ、また大きくなったかな」
「変わらないだろ」
「そうかなー」
「美山は帰らないのか?」
「お腹いっぱいで動きたくない」
「分かるわ」
「ねぇ」
「なんだー?」
「まだ答えは出ない?」
「あっ、んー、ごめん」
「全然いいの!きっと、その方がいいから」
「なんでその方がいいんだよ」
「なーんでも!あっ!私帰らなきゃ!」
「動けんのかよ」
「今日は私がお風呂掃除の日だから!早くやらないと、また会長が裸で家の中ウロウロしちゃう!」
「いや、なんでだよ」
「また明日ね!」
「じゃあな」
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