過去は暗いままでいい


新学期が始まり、入学式は明日だが、今日はクラス替えを確認して、新学期早々テストの日だ。


「双葉さん双葉さん」

「なんか久しぶりだな」


桃はいつ会っても髪の長さが変わらないけど、美容室に行って、毎回この髪型にしてもらってるのだろうか。


「クラス替えの結果が張り出されてますよ」

「桃はもう見たのか?」

「見ました。双葉さんと同じクラスです。C組です」

「おっ、なんとかボッチ回避だ。美山は?」

「あそこで燃え尽きてます」

「うわ‥‥‥」


美山は白いベンチに座り、完全に燃え尽きたかのようにうなだれている。

多分違うクラスだったんだろうな‥‥‥


「教室行くわ」

「美山さんのところに行ってあげないんですか?」

「今はそっとしておいた方がいいだろ」

「そうですね」


桃が同じクラスならまだマシだ。以外と桃の方から話しかけてくれるし。


桃と新しい教室にやって来ると、俺の席は廊下側で、桃の席は真逆の窓際だと分かり、俺の周りは話したこともない生徒で固まっていて早速寝たフリをかましたが


「副会長!今日からよろしくお願いします!」

「副会長!同じクラスになれて光栄です!」

「あ、うん。よろしく」


やたら話しかけられるし、なんか俺だけ留年した先輩の気分だ。


「文月く〜ん‥‥‥」


美山はショックを隠しきれない様子で、俺の名前を呼びながらフラフラと俺の教室に入ってきた。


「生きてたか」

「もう生きてる意味ないよ〜」

「いきなり悪口言うなよ」

「文月くんじゃなくて私!」

「でも、桜橋先輩も仲が良いと同じクラスになりにくいって言ってたし、しょうがないな」

「これじゃ、文月くんが授業中に何回瞬きしたか数えられなくなっちゃう‥‥‥」

「なに数えてんだよ。こえーよ」

「チャイム鳴っちゃった。またね‥‥‥」

「お、おう」


相当ショック受けてるな‥‥‥にしても、新学期から俺の身になにか起こるのは確かなんだけど、今のところ普通だな。

しばらく気を引き締めておこう。


それから、気を引き締めてテストに挑み、普通に学園生活を送り、なにも起きずに放課後になってしまった。


「桜橋先輩、なにも起きませんでしたよ」

「今日は大丈夫よ。問題は明日からよ?」

「それを先に言ってくださいよ!今日一日、めちゃくちゃ疲れましたよ!」

「ごめんなさい。それより、美山さんが双葉くんとクラスが離れたからって、まったく仕事をしないのよ。なんとかしてちょうだい」

「あぁ‥‥‥」


美山はソファーに寝そべって、抜け殻のようになっている。


「お疲れ様でーす」

「紬先輩、美山が壊れちゃったのでなんとかしてください」

「杏奈ちゃん⁉︎」

「せんぱ〜い」

「どうしたの⁉︎」

「もうなにもかも嫌になりました〜」

「伊角さん」

「は、はい!」

「今日は美山さんを連れて、早めに帰りなさい」

「分かりました!」


結局美山は紬先輩に連れられて帰宅し、美山がやるはずだった仕事を俺がやるはめになってしまった。


「明日の入学式が終わったら、授業を受けないで生徒会室に居るといいわ」

「桜橋先輩も居るんですか?」

「もちろん」

「分かりました」


明日、生徒会室で何か起きる!そう確信して、帰ってからもいろんな想像をしてみたが、どれもピンとこず、日が変わって入学式が始まった。


俺は親に入学させられたが、この学園は家柄関係なく憧れの対象にされることが多い。

新入生も、みんなキラキラと目を輝かせている。入学式でレッドカーペットってだけで珍しいもんな。


式中、新入生の視線は桜橋先輩に集まっているが、桜橋先輩は一年生の誰とも目を合わせずにステージだけを見ている。

すごい憧れの存在なんだろうけど、本性を知ったら、みんな幻滅するだろうな。

俺も入学当初は桜橋先輩を見るたびに『本物だ〜!』とか思ってたっけ。


それから、ずっとタイミングを合わせて拍手をしたりしているうちに入学式が終わり、俺は桜橋先輩に言われた通りに生徒会室にやってきた。


「お疲れ様」

「みんな桜橋先輩のこと見てましたね」

「私は見てないから分からなかったわ」

「とか言って、恥ずかしいからステージばっかり見てたんじゃないんですかー?」


露骨に顔赤くなったし。


「いいから座ってなさい!」

「はいはい」

「私はやらなきゃいけないことがあるから、好きにお菓子でも食べてて?」

「分かりました」


桜橋先輩はパソコンで仕事を始め、俺はココアを飲みながらバタークッキーを食べて時間を潰した。


そして桜橋先輩がパソコンを閉じた時、黒髪ロングで前髪がパッツン、耳にはキラキラと光るピアスがたくさん付いた女子生徒が入ってきて、その女子生徒は桜橋先輩の前に立ち、二人は無言で見つめ合った。


「ノックもしないで入ってきて、いきなり睨みつけるなんて、どういうつもりかしら?」

「私が誰か分かってるでしょ?」

「貴方のような無礼な人、私は知らないわね」

「アンタのせいで人生めちゃくちゃになった。毎日誹謗中傷の嵐だよ」

「知らないわね。フバキくんは知ってる?」

「‥‥‥え?」

 

桜橋先輩は、俺がネット活動をしていたころの名前で俺を呼んだ。


すると女子生徒は驚いたように俺の顔を見つめ、俺はその顔を見て微かに体が震えた。

その女子生徒は、俺がSNSをやめるまで追い込んだ、活動をやめることになった元凶の女だった‥‥‥


「へー。どうして桜浜学園の生徒会長様が私に連絡してきたのかって思ってたけど、そういうことね。久しぶり」

「ひ、久しぶりだな」

「私を恨んでる?いや恨んでないか。フバキくんにとって、私はどうでもいい女だもんね」


一気にトラウマが俺を襲い、体の震えと一緒に吐き気が襲う。


「銀の紋章?まさか副会長なの?」

「‥‥‥」


耐えきれずに思わず生徒会長を飛び出した時


「おっ⁉︎」


何故か桃が待っていて、腕を引っ張られながら屋上にやってきた。


「大丈夫ですか?」 

「お、おう。桃って俺の視聴者だったんだよな?」

「はい」

「あの女、一目で分かったのか?」

「分かりました。生徒会室に向かうのを見つけたので、双葉さんが心配で待機してました。まだ寒さが残るのに、すごい汗ですね」


桃は薄ピンクのハンカチでオデコを拭いてくれ、桃の優しはで少し気持ちが落ち着いた。


「双葉さん」

「なんだ?」

「チャンスですよ」

「なにがだよ‥‥‥」

「あの女はずっと一人ではなにも言えなく、友達や、双葉さんの視聴者を巻き込んで双葉さんを攻撃してました」

「なにが言いたいんだ?」

「この桜浜学園に入学してきたあの女に仲間は居ません。ネットに戻ろうが、会長の戦略でネットにも仲間がいない状態です。言いたいこと言ってやりましょうよ!」

「‥‥‥桃ってそんな人だっけ」

「あの頃、双葉さんの配信は私の支えでしたから、あの女が許せないんです。それと、会長はこの日のためにSNSに潜って、あの女を一人にしたんですよ」

「入学することを分かってたってことか⁉︎」

「はい。桜浜学園に入学するために勉強してるって投稿があったので、それを読んだんだと思います」

「俺はどうしたらいい‥‥‥」 

「この状況を美山さんに知られてはいけません」

「美山?なんで?」

「美山さんはきっと、暴力をふるってでも双葉さんを助けます。それじゃなんの意味もありません。双葉さん自身がこの問題を解決するしかないんです」 

「だとしても、広まった嘘の悪い噂とか、もう取り返しがつかない。もう‥‥‥どうだっていいんだよ」

「大勢の人が双葉さんを悪者だと思っていても、会長や美山さん、伊角先輩、そしては私は双葉さんがそんな人間じゃないことを知っています。過去は暗いままでいいんです。近い将来、笑えてる自分がいれば、過去の自分は他人なんです」

「悪いな。深いこと言ってるんだろうけど、馬鹿すぎてなんにも響かねー」

「馬鹿なりに頑張ってください」

「やっぱり桃らしくないわ」

「そうですか?当時は配信のコメントで、フバキさんをいじりまくってましたよ?」

「次その名前で呼んだら前髪根元まで切るからな」

「双葉さんが逃げないで戦うなら、前髪切ってあげますよ」

「マジ?」

「根元までは切りませんよ?普通の髪型にします。それと、いざというときは私も戦いますから」

「‥‥‥分かった」

「戻りますか?」

「そうする」

「解決できたら、会長と美山さんからの評価がまた上がりますね」

「だと嬉しいな」

「双葉さんなら3Pで童貞卒業できますよ」

「本当どうした⁉︎下ネタとか言うキャラじゃないだろ‼︎」

「私今、燃えてます」 

「そ、そうなんだ」


少しテンションの高い桃を残して、勇気を出して生徒会室に戻ると、もうそこには桜橋先輩しかいなかったが、桜橋先輩は俺の顔を見て優しい笑みを浮かべた。


「さっきまでと顔つきが違うわね」 

「はい」

「人として成長するコツは、苦しみと、心の痛みを覚えることよ。人は傷ついてやっと色をなことに気付ける悲しい生き物なの。双葉くんは、もうたくさんの痛みを知っている。そして今のあの子も。舞台は整えてあげたから、双葉くんが笑える明日を作りなさい」 「はい‥‥‥なんか緊張してきたんで、アホっぽいこと言ってもらっていいですか?」

「それはアホな人に言ってくれる?」

「んじゃ、桜橋先輩お願いします」

「なによ!私アホじゃないもん!」

「そのリアクションだけで今は落ち着きます。ありがとうございます」

「そ、そう?ならいいけれど。この問題が解決したら、ご褒美にお尻触らせてあげるわ!」

「それは桜橋先輩のご褒美ですよね」

「ま、間近で見せてあげるわ!」

「パンツ脱いで?」

「双葉くんが望むなら頑張るわ!なんでもする!」

「冗談ですから‼︎それ、お尻以外も見えちゃうから‼︎」

「見てよ‼︎」

「は⁉︎マジでド変態じゃないですか‼︎」

「へへ♡元気になった♡」

「はー⁉︎正常だし‼︎」

「下半身のことじゃないわよ?」

「あっ」

「本当アホなんだから♡」

「日に日にウザさ増してますね」

「むっ‼︎」

「はいはい、むっむっ」

「ちょっと!私怒ってるのよ?」

「桜橋先輩は本気で怒ったら『むっ』なんて言いません。それより、さっき桃から、美山には今回の件を言わない方がいいって言われたんですけど」

「大丈夫よ?もう教えてあるけれど、美山さんは双葉くんを信じると言っていたわ。最終手段で首突っ込むとは言っていたけど」

「なら安心ですね。さっきの女子生徒、なにか言ってました?」

「私と双葉くんを地獄に落とすらしいわ。地獄で結婚式あげましょうね!」

「なんでそんなに余裕なんですか⁉︎あいつはヤバイですよ⁉︎」

「私ならあんな子、すぐに言葉で泣かすことができるわよ?」

「はっ、こわっ」


そんなこんなでその日は、それ以上なにも起きなく、その日の夜、俺はお風呂で覚悟を決めた。


明日、あいつの教室に行ってやる‼︎

ぶっちゃけ、もう過去は取り戻せないし、今更喧嘩しても仕方ない。あえてのフレンドリー作戦だ‼︎

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