触らなくていいの?


3月23日、三年生の卒業式当日の朝、生徒会メンバーは、全員で体育館に並べられた椅子を、定規を使って一ミリの狂いもなく微調整するという、頭が狂いそうな作業をしている。


「先生方は音響のチェックをお願いします」

「はい!」


先生達も大変だな。卒業式は一番のイベントだろうから仕方ないか。


「美山、これ意味あるかな」

「ないよ!みんなが座ったら一ミリとか絶対ズレるのに」

「文句があるなら生徒会をやめてもいいのよ?美山さんだけ」

「極端ですね!しかもなんで私だけ⁉︎」

「冗談よ。私もやるから、あと10分で終わらせなさい」 

「はーい」


それからなんとか10分以内で仕事を終わらせ、三年生以外の全生徒と、卒業生の保護者が体育館に集まり、卒業式が始まった。


結局最後まで三年生に友達ができなかった。

何の情も湧かない卒業式だ。


卒業式は順調に進行されていき、最後に桜橋先輩がラブレターの束を持ってステージにあがった。


卒業式に返すって式中なの⁉︎エグいわ‥‥‥


「まず初めに、この度はご卒業おめでとうございます。これから先の人生、輝かしいだけではありません。職場の人に悪口を言われたり、裏切られたり蹴落とされたり、沢山の不幸を経験することだってあります。ですが、卒業式を迎えるまでに、私にラブレターを渡した卒業生の内42名はラッキーです。今日、未来に向けて、傷つき、辱めを受けることへの免疫をつけられます」


そこからの桜橋先輩は、本当に悪魔のように見えた。

ラブレターを渡してきた男子生徒の名前を一人一人読み上げ、一枚ずつステージ上から投げ捨てては本人に拾わせ始めたのだ。


「これにて、私からの送辞にさせていただきます」


狂ってるのは学園じゃなく、桜橋先輩だったみたいだ。

さすがの生徒会長でも、ステージを降りると先生に注意されてる。

これが会長じゃなかったら追放レベルだわ。


そして卒業式は終わりを迎え、在校生は外に出て卒業生を見送るのだが、桜橋先輩にラブレターを渡していたことで喧嘩しているカップルがちらほら‥‥‥そりゃ何ヶ月も返事がなければ、違う人と付き合う人もいるだろうからな。

でもあれだな、桜橋先輩、本当に全員に手紙書いたんだ。みんな嬉しそうに読んでる。

こんな風に人を喜ばせることが愛だって、なんで気づけないかねー。いや、もう気付いてるかもな。


「私達も二年生になるんだね!」

「なんかあっという間の一年だったわ」

「同じクラスになれるといいね!」

「そうだな」


そうか、次も美山と同じクラスになれるか分からないのか。

クラスが別々になったら、マジでボッチになっちゃうじゃん!


「二人とも、体育館の後片付けするわよ」

「あ、はい」


生徒会メンバーは全員体育館に戻り、後片付けに追われた。


「完璧ね」

「会長!」

「なに?」

「クラス替えって、文月くんと私を同じクラスにできたりしないんですか?」

「クラス替えに関しては先生方が決めるから無理ね。だいたいは一年生の時に仲が良かった生徒同士を離したがるから、覚悟はしておきなさい」

「え〜、仲良いのに離すとか酷すぎです。修学旅行もあるのに」

「しょうがないわよ」


美山は修学旅行に行く気みたいだし、まだこの学園を去る気はないのか。いきなり居なくなったりしなければいいけど。


「さて、仕事もひと段落したし、新しい一年生が入学しても頑張れるように打ち上げでもしましょうか」

「なにするんです?」

「そうねー、伊角さんが決めていいわよ」

「いいんですか⁉︎」

「えぇ」

「それじゃ、ファミレスで打ち上げしましょ!放課後に友達とファミレスとか夢だったんです!」

「それが無難ね。それじゃ、帰りの会が終わったら昇降口に集合よ」

「はい!」


それから今日は授業が無く、帰りの会が終わると約束通り昇降口に集まったが、生徒会メンバー全員が揃うと、他の生徒が目を合わせなくなる。

俺以外はそんなこと気にしていないのか、普通にファミレスに向かい始めた。


そして着いたファミレスは、普通の人なら誰もが行ったことのある、安さが売りのファミレスだが、はたして三人の口に合うのか不安だ。


「ソフトドリンク四人分と、私はサラダをお願いします」

「かしこまりました!」 

「美山さんは?」

「えっと〜」


いつもの美山なら俺の真似するよな。先に安いの選ぶか。


「俺はポテトで」 

「それじゃ私もそれで!」

「私はチーズハンバーグとライスでお願いします!」

「かしこまりました!ご注文は以上で宜しかったですか?」

「美山さんと双葉くん?今日は打ち上げだから私の奢りよ?ポテトだけでいいの?」

「それじゃ俺もチーズハンバーグ‥‥‥いいですか?」

「もちろんよ!」

「私はいいです」

「美山にもチーズハンバーグで」

「ちょっと?」

「チーズハンバーグ二つ追加で宜しかったですか?」

「はい」

「か、会長の奢りならパフェもお願いします!」

「かしこましました!」


紬先輩は遠慮しないな。素直でいいけど。


「パフェは自腹ね」

「どうしてですか⁉︎」

「奢りって分かってから注文したのが気に食わないからよ」

「いつも酷いことしてくるんだから奢ってくださいよ〜」

「嫌」


美山は奢りってもらうのをちょっと嫌そうな顔してるけど、多分俺がしたことは間違えていない。


「美山?」

「ん?」

「一緒食べたくてさ、ごめんな?」

「えっ、うん!大丈夫!」


よし、すぐに桜橋先輩のケアを!‥‥‥手遅れだ。


桜橋先輩は嫉妬で頬が膨らんでいる。


「店員さん!チーズハンバーグ追加でお願いします!」

「ありがとうございまーす!」


本当そういうところ、可愛くて憎めないな。


みんなでドリンクを取りに行き、結局全員でチーズハンバーグを食べ始めた。


「そういえば双葉くん」

「はい?」

「新学期から、ちょっと嫌な思いをするかもしれないけど、ちゃんと耐えるのよ?」

「え?なにかあるんですか?」

「会長、文月くんに嫌なことしたら許さないですよ?」

「私はしないわよ。ただ今回は、私達は双葉くんに手を貸さない」

「なにかあれば私は助けます!」

「ダメよ。生徒会に居たいなら、言うことを聞きなさい」

「‥‥‥」

「今はなにも教えられないけど。私は双葉くんを信じてるわ。双葉くんならきっと逃げない」

「時と場合によりますけど‥‥‥」

「私と美山さんと伊角さん以外の誰かが双葉くんを助けようとするのなら、それは構わないわ。双葉くんが後悔を乗り越えて生きるための試練だから、頑張りなさい」

「よ、よく分からないけど、本当にダメになっちゃっても、私は双葉くんの味方だからね?」

「お、おう」


なんのことか全く分からずにその日は解散し、二日後に三学期の終業式をして春休みが始まった。

そして4月1日、エイプリルフールの日に突然桜橋先輩が家にやってきた。


「なにしに来たんですか?」

「またフィギュア増えた?」

「少しだけですけど」

「そうなのね。それより双葉くん」

「なんですか?」

「私は双葉くんとお付き合いをしない!」


ワクワクした表情で言い放った桜橋先輩は、どうせエイプリルフールの嘘をつきに来たんだろう。アホだな。


「あと、おっぱいも触らせない!」


少しノッてみるか。


「そうですか‥‥‥悲しいです」

「絶対の絶対よ!」


うわ〜‥‥‥すごい嬉しそうな顔してるわ。


「あとあと!もう舐めてあげない!」

「マジっすか‥‥‥泣きそうです」

「へへ♡エイプリルフールでしたー!」

「知ってるわ‼︎」

「えっ⁉︎で、でもね?エイプリルフールについた嘘は、一年間現実にならないらしいの!」

「え‥‥‥」

「ということは、私は双葉くんとお付き合いして、いっぱい揉まれて、いっぱい舐めてあげなきゃいけないの!さぁ!揉んでいいわよ!」


バッ!と一瞬で服を脱ぎ、桜橋先輩は一瞬で顔が真っ赤になった。


「脱ぐなー‼︎」

「しし、下着だから大丈夫よ!」

「めちゃくちゃ恥ずかしがってるじゃないですか‼︎てか、赤とか張り切りすぎです‼︎」

「も、揉んでよ!」

「美山との約束は⁉︎俺に嫌な思いさせたくなかったんじゃないんですか⁉︎」

「やっぱり、調べたら男の人はおっぱいを触りたいって出てきたわ!それだけは間違いないのよ!」

「美山のも揉みますよ⁉︎いいんですか⁉︎」

「‥‥‥やだ」

「んじゃ服着ろ‼︎」

「バレなきゃ大丈夫だと思うの。それに双葉くんは美山さんに言えない」


変なとこで勘が鋭い‼︎


「揉まないなら舐めさせて!」

「やめ〜‼︎」


桜橋先輩は上半身だけ下着姿のまま俺に抱きつき、耳をなぞるように舐め始めた。


「ずっと我慢してたのよ?この胸の高鳴り、久しぶりだわ♡」

「自然とチャック下ろさないでください‼︎マジで嫌いになりますからね‼︎」


次の瞬間、桜橋先輩はスッと俺から離れて服を着た。


「やっぱり間違ってるの?」

「当たり前です!それに俺は今それどころじゃないんですよ!」

「なぜ?」

「新学期からのことで頭がいっぱいなんです!」

「そうよね‥‥‥私、また‥‥‥」

「桜橋先輩は素直なだけだと思ってるので、正直嫌いにはなりませんけど、いきなりは嫌です」

「いきなりじゃなかったらいいの?」

「ま、まぁ?時と場合と関係によってですけど」

「でも、本当に触らなくていいの?」

「いいですよ!」

「指先でも?」

「指先先ならセーフとかないですから」

「双葉くんってもしかして、私の体に興味ない?」


あーるーわー‼︎触りたいわ‼︎気が済むまで触りたいけーどーもー⁉︎


「普通です」

「美山さんのは?」

「普通です」

「伊角さんは?」

「マジックが消えたは気になります」

「それじゃ私もツルツルにしてマジックで書けばいいのね!」

「ぜったいにやめてください‼︎もう帰ってもらっていいですか?」

「どうして?遊びましょうよ」 

「忙しい期間が終わったのは分かりますけど、俺の都合も考えてくださいよ。それに美山の家に行ってあげてます?」

「毎日泊まってるわよ?一緒にお風呂も入ってるわ」


桜橋先輩と美山が一緒にお風呂‥‥‥


「どうして赤くなっているの?」

「ね、熱でもあるんですかねー⁉︎」

「熱⁉︎大変!早く横になって!」

「え⁉︎」

「なにか必要なものはある?すぐに買ってくるわ!」

「う、嘘ですよ!」

「‥‥‥はぁ。よかった‥‥‥」


桜橋先輩は瞳をうるうるさせて、安心した表情を見せた。


この人、本当に純粋でいい人なんだ‥‥‥


「でも、迷惑かけたくないから帰るわ」

「そ、そうですか」

「あと、新学期、手を貸さないとは言ったけれど、それも場合によるわ。それじゃ、また新学期に会おうね!」

「‥‥‥はい」


嫌な胸騒ぎが止まらない。

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