君の泣いているような笑顔


結局桜橋先輩にもらったチョコレートは冷凍庫で永久保存している。

そしてホワイトデー前日、土曜日ということもあり、朝から美山と桜橋先輩へのお返しのために一人でショッピングセンターにやってきた。


「双葉さん双葉さん」

「あれ?桃じゃん」


雑貨屋で休みの日も、相変わらず制服姿の桃に声をかけられた。


「一人で買い物ですか?」

「バレンタインの時のお返し買わなきゃなと思って。桃も一人か?」

「はい。人間観察をしに」


土曜日にショッピングモール来てまで人間観察かよ‥‥‥でも、桃の観察眼は確かなものなんだよな。


「せっかくだから聞きたいんだけど、ホワイトデーってなに渡せばいいんだ?」

「美山さんと会長ですか?」

「そうなんだよ」 

「リップクリームとかハンドクリームでいいと思いますよ。日常的に使う物は嬉しいと思います」

「なぁ桃、このリップクリームとハンドクリームセット見て言っただろ」


図星なのか、桃は黙り込んでしまった。


「まぁ、お得セットだし、これにするか」


二つ同じにしないと喧嘩しそうだしな。


「ちょっと買ってくるわ」

「私は行きますね」

「そうか。またな」

「はい」


桃と別れてお会計を済まし、5分ほどラッピングのためにレジ横で待機して、商品を受け取った。


そして翌日、アポ無しで桜橋先輩の家へやってくると、桜橋先輩は制服姿でちょうど家を出たところだった。


「学校行くんですか?」

「あら、双葉くんじゃない!アロワナに餌あげないとだから」

「なるほど。これ、バレンタインのお返しです」

「え!本当⁉︎開けたい!」

「ど、どうぞ?」


想像通り、子供のように喜んでくれた。


「あ!ちょうどリップクリーム切らしてたのよ!」

「ならよかったです!もう一個はハンドクリームなので、よかったら使ってください!」

「大切に使うわ!」

「はい!この後、美山にも渡しに行きたいんですけど、美山の家ってどこにあるんですか?」

「ここから近いから、案内してあげるわ!」

「ありがとうございます!」


桜橋先輩に案内してもらいながら歩き続けると、一軒家四軒分ほどの豪邸の前で足を止めた。


「ここですか⁉︎」

「そうよ?」

「美山って本当にお嬢様だったんですね‥‥‥」

「それじゃ私は行かなきゃいけないから。あと、ご両親もいないみたいだから、勝手に入って大丈夫よ」

「それはちょっと」

「美山さんはめんどくさがって、チャイムに反応しないの」

「部屋はどこなんです?」

「二階の一番奥の部屋よ」

「わ、分かりました」

「それじゃ行くわね!」

「あ、はい!ありがとうございました!」

「こちらこそ!嬉しかったわ!また月曜日!」

「はい!」


言われた通り、恐る恐る勝手に家の中に入ると、広い玄関は花のようないい匂いがして、美山の靴だけが置かれてあった。


「お、お邪魔しまーす‥‥‥」


返事はなく、静かに階段を上がって一番奥の部屋の前までやってきたが、なんか泥棒してる気分で、変な罪悪感を感じる。


とにかく開けてみるか。


「み、美山?」


美山は暖かい部屋でパジャマを着て、まだ大きなベッドで寝ていた。

カーテンの隙間から光が差し込み、気持ちよさそうに眠る姿は、人形のように可愛い。


静かに枕元にプレゼントを置いて帰ろうとした時、袋のガサガサという音で美山が寝返りを打った。


「会長、うるさいです」 


桜橋先輩だと思ってるのか?


「ご飯作りに来てくれたんですか?」


このまま勘違いされててもやばそうだな。


「美山?」

「んー?‥‥‥文月くん⁉︎」

「バレンタインのお返し持ってきた」

「あ、ありがとう」

「桜橋先輩が勝手に入っていいって言ってたからさ、脅かしてごめん」 

「文月くんならいいよ!」 


髪が乱れてても可愛いとか反則だろ‼︎


「よかった。中はリップクリームとハンドクリームだから、使いたい時に使ってくれ。んじゃ帰るわ」

「待って」

「ん?おい!」


美山は急に俺を引っ張ってフカフカのベッドに押し倒し、右手を俺の頬に添えた。


「‥‥‥」

「文月くんを私の家に呼ぶのが夢だったの」

「な、なんで?」

「ずっと閉じ込めておけるから」

「え‥‥‥」


急展開すぎない⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎俺、この豪邸に監禁されんの⁉︎最初の頃の桜橋先輩みたいな感じ⁉︎


「いつもと違って誰もいないから、遠慮しないで文月くんを独り占めできる。抵抗したら痛いよ?文月くんに痛い思いさせたくないから大人しくしててね?」

「なにする気だ?」


美山はベッドの下から縄跳びを取り出し、俺の両腕をベッドに縛り付けた。


「よし!お腹空いてない?なにか作ってあげようか!」

「いやいやいやいや!縄跳びほどいて⁉︎」

「どうして?文月くんの方から私の家に来たってことは、私を選んでくれたってことでしょ?」

「バレンタインのお返し持ってきただけだ!」

「文月くんも嬉しいでしょ?私とずっと一緒にいれるんだよ?」

「親が帰ってきたらなんて説明するんだよ!」

「‥‥‥帰ってこないからいいよ」

「そのうち帰ってくるだろ!」

「帰ってこないの。何年も」

「なに言ってるんだ?桜橋先輩だって、両親に気に入られたって」 

「‥‥‥話を合わせてもらってたの。会長は結局捨てられたわけじゃなかったけど、似たような感じだから、ライバルと思いながらも親近感を感じてた。でも私の親は帰って来ることはない。一生」

「美山」

「なに?」

「いつも無理して笑ってたのか?」

「そ、そんなことないよ?」

「だって今、すげー辛そうな顔してるじゃん」 

「だって‥‥‥」

「まぁいいや。一緒にご飯作ろうぜ!」

「でも、ほどいたら文月くん帰っちゃうでしょ?」

「帰らないよ。今は」 

「今は?」 

「あと数時間は」 

「でも、文月くんと一緒に作ったら楽しそう」

「一緒に作って、一緒に食べようぜ?」

「‥‥‥うん!」


その優しい笑顔が俺は好きだった。でも今は、悲しく見えて仕方ない。


縄跳びを解いてもらって一階のキッチンにやってきた。たしかに美山しか住んでいないのか、キッチンなのにあまり生活感がない。


「なに作る?」

「パスタとかしかないや」

「んじゃパスタで!」

「分かった!」


美山は鍋に水を入れ、すぐにパスタを鍋に入れてしまった。


「まだだよ!」

「え⁉︎」 

「弁当美味しかったのに、なんで料理できないんだよ」

「味は変わらないよ」 

「変わるわ。俺がやるから見てろ」

「なんか、文月くんって、いいパパになりそうだね!」

「パスタ作れるだけで良いパパになれたら、世の中に独身男性はいないだろ」

「料理できる人は魅力的だよ?」

「パスタぐらいしか作れなくても?」

「文月くんだけが魅力的!」

「はいはい、どうも」


それから2人前のパスタを作り、美山のを少し多めに盛って一緒に食べ始めた。


「美味いか?」

「世界一美味しい!」

「桜橋先輩にも言ってそうだな」

「言ったかも」

「素直か‼︎」

「へへ♡やっぱり誰かと食べると美味しいね!」

「だな!」


今思えば、桜橋先輩は美山を気にかけて泊まったりしてたのかもな‥‥‥まさか美山がずっと一人だったなんて‥‥‥


「どうして文月くんがそんな悲しそうな顔するの?」

「えっ」

「やっぱり話さなきゃよかったかも」

「どうしてだ?」

「文月くんのそういう顔を見たくなかった」

「お、俺は大丈夫だよ!」

「文月くんの中では、いつも元気な私でいたかった。ごめんね?」

「美山が謝ることなんてなにもないよ。食べたらなにする?」

「帰らなくていいの?」

「帰っていいのかよ」

「きっと文月くんなら、私から離れたりしない。ずっと近くにいなくても、私を‥‥‥選ばなくても」


独占欲の強い美山が少し変わったのは、桜橋先輩となにかを話した頃ぐらいからだ。

変わってなければ、美山が『私を選ばなくても』なんて言うはずがない。


結局その日は帰ることになったが、桜橋先輩と話したいことがあって学校に向かった。


「いますかー?」

「どうしたの?」


桜橋先輩はまだ生徒会室にいた。


「私服で来ちゃいましたけど、大丈夫ですかね」

「休みの日ぐらい構わないわよ?」

「よかったです。美山の親のこと、聞かせてくれますか?」

「美山さんに聞いたの?」

「はい」

「そっ。本人が言ったなら問題ないわね。なにか飲む?」 

「あっ、ココアお願いします」


桜橋先輩はココアを作ってくれ、ソファーに座って話を始めた。


「美山さんの両親は離婚して、お互いに違う人と再婚したの。美山さんはその時に邪魔者扱いされて、あの家で一人で暮らしてる。家が大きくてお金持ちに見えるでしょ?」

「はい」

「もうお金も尽きるそうよ。ずっと金庫に残されたお金を使っていたらしいの」


いつかした、お小遣いの話も嘘だったのか。


「おじいさんとおばあさんは優しいらしいのだけど、年齢も年齢で、田舎の方に住んでるから会いに来れないらしくて、お金が尽きたら、美山さんはこの学園を去るらしいわ」

「え‥‥‥」 

「あの家も、いつ親の気まぐれで売り払われるか分からないし、もしかしたら帰ってきて、居場所を失うかもしれないと言っていたわ。私はあの子に本当の笑顔を見せてほしい。知るまではなにも考えていなかったけれど、知ってから見る美山さんの笑顔は‥‥‥泣いているように見えるわ」

「なんとかならないんですか‼︎」

「家なら私の家に住めばいいし、学費なら払ってあげてもいい。でも、美山さんはそれを拒否したわ」

「どうして!」

「そこまで惨めな人間になりたくないそうよ」

「‥‥‥ちなみにこの話は、前に桜橋先輩が絶対に言えないって言った話ですか?」

「それとは関係ないわ」

「そうですか‥‥‥」

「できるだけ泊まりに行って、一人の時間を減らしてあげたいのだけれどね」

「やっぱりそれが理由ですか。なんかこれを知っちゃうと、親に関する嘘が全部切ないですね」

「そうね」

「これからも美山の家に泊まりに行ってあげてください」

「卒業式が終わったらそうするつもりよ」

「ありがとうございます」

「その悲しそうな顔、美山さんの前ではあまりしないようにね」

「分かってます」

「双葉くんがそんな顔をすると、私も胸が痛いわ。愛とは違う、切ない痛みよ」

「‥‥‥」


とにかく、俺はこれからもいつも通りでいよう。


「桃は知ってたんですかね?」

「知ってるのは私と双葉くんだけ。もし、これからも美山さんが親がいるていで話をすることがあったら、合わせてあげてね。あまり可哀想な人って思われたくないみたいだから」

「分かりました」

「そういえば、私に隠れてコソコソしているみたいね」

「はい?」

「双葉くんと、岡村さんと伊角さんの三人で」

「なんでそれを⁉︎」

「怪しかったから、伊角さんのパンツを脱がせて尋問したわ。ツルツルだったから、質問に答えなかった数だけマジックペンで書き足したら素直に答えたわよ」

「酷すぎません⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


つか、紬先輩はやっぱり失敗だった‼︎


「不安になっちゃう双葉くん、とても可愛いわ!」

「んじゃこの際だから聞きますけど、なんでラブレターしまってるんですか⁉︎」

「卒業式に返そうと思ってるのよ」

「返す?」

「卒業しても人生は長いでしょ?だから、卒業式が一番恥ずかしい日にしてあげようと思って」

「鬼ですね‥‥‥」

「免疫をつけた方がいいのよ。美山さんもそれを聞いて楽しみにしてたわ」

「悪趣味‥‥‥でも、だから三年生のラブレターだけだったんですね」

「そうよ?他の生徒からは受け取ることもしないわ」

「やっぱり鬼だわ」

「でも、卒業式に返せば、今後私に告白する生徒もいなくなるだろうしね」

「それはいいですね!」

「なぜ?」

「い、いや別に」

「可愛い♡」

「帰ります‼︎」


桜橋先輩は下手に知識を覚え始めている分厄介だ。それに美山の隠していたことを知って、俺はますます答えを出し辛くなってしまった。

でもまずは、明日からもいつも通り美山と接することだけを考えよう。

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