母乳を入れたい!
土日祝日をのんびり過ごして火曜日の朝、昇降口の前で紬先輩と桃が二人で話しているのを見つけ、上手くやってくれと思いながら気配を消して通り過ぎようとした時
「副会長!ラブレターの話しましょ!」
紬先輩は平然と大きな声で俺を呼んでしまった。
「バーカじゃねーのー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
「伊角先輩、今のはダメです」
「本当ですよ!頼む相手間違えました!」
「ご、ごめんなさい!」
「とにかく会長が聞いてなくてよかったです。双葉さんは会長が生徒会室の引き出しに、貰ったラブレターをしまっているのが何故なのかを知りたいんですよね」
「そうそう」
「分かりました。伊角先輩はこの件に関わらないでください」
「どうして⁉︎」
「伊角先輩がいると絶対問題に発展しそうなので」
「ちゃんと気をつけるよ?」
「さっきの行動は死罪にあたいします」
「そんなに⁉︎」
「確かに死罪だわ」
「さっきのは謝ったじゃないですか!こんなワクワクすること仲間外れなんて嫌です!」
「どうします?双葉さん」
「次やらかしたら、桜橋先輩と美山に頼んでツルツルにしてもらいます」
「もう吹っ切れて、常にツルツルですけど」
「‥‥‥」
「なにがツルツルなんですか?」
「桃は知らなくていい。とりあえず俺は教室に行くから後は頼むわ」
「分かりました」
それから時間が経って昼休みになると、美山はクラスの女友達と食堂に行き、俺は一人で売店にやってきた。
「メロンパン一つ」
「毎度ありがとうございます!」
メロンパンを買って教室に戻る途中、桃と紬先輩が話しながら前から歩いてくるのを見つけた。
「副会長!」
「はい」
「桃ちゃんがあることに気づきました!」
「あること?」
「確かにラブレターは大量にありました。その数41枚」
「多過ぎだろ!」
「ですが、会長はそのラブレターになんの興味も無いと思います」
「どうしてだ?」
「全て未開封でした」
「見てもないってことか」
「そうです」
「ですが副会長。捨てないってことは後で見るからじゃないですか?」
「やっぱりそうなんですかね」
「ちなみに、引き出しに入っていたラブレターは、全部三年生からのものでした」
三年生の41人の男から告白されるってなんなんだよ!たしかに美人だけどもさ!
「これ以上は会長に動きがないとなんとも」
「分かった。ありがとうな」
「はい」
とにかく様子見か。
それから2月に入ってもラブレターは未開封のままで、むしろ一枚増えていた‥‥‥
そして日曜日、美山からの電話で目を覚ます。
「んー?」
「ごめん!今起きた?」
「うん。なんだ?」
「渡したいものがあって、今日会えない?渡したらすぐ解散でいいかさ!」
「あー、準備したら連絡する」
「待ってるね!」
「はーい」
渡したいものってなんだろ。
少し期待しながら歯磨きと洗顔を済ませ、午前10半に美山に連絡をすると、わざわざ俺の家まで来てくれることになった。
それからしばらくしてインターホンの音が鳴って玄関を開けると、寒さで鼻先がかすかに赤くなった美山が立っていた。
「よっ。とりあえず玄関入れ」
「お邪魔します!」
「部屋行くか?」
「大丈夫!渡したいもの渡したら帰るから!」
「そうか」
美山は白いカバンから赤い正方形の箱を取り出して俺に差し出した。
「頑張って作ったよ!」
「なにこれ」
「今日はなんの日でしょう!」
「ばあちゃんの命日」
「重いよ‥‥‥」
「んじゃなんの日だよ」
「ちゃんとカレンダー見てね!あと、これは本命です!」
「よく分からないけどありがとう」
「それじゃまた学校でね!」
「風邪引くなよー」
「はーい!大好きだよー!」
「バ、バカ!親いるから!」
「えへへ♡」
美山が可愛らしい笑顔で帰っていくと、リビングから凄い勢いで母親が出てきた。
「彼女⁉︎」
「違うよ」
「会長さんがいるのに彼女⁉︎」
「変な言い方するな!」
その場から逃げたくて早足で階段を駆け上がり、部屋のカレンダーを確認した。
「あ‥‥‥バレンタイン」
バレンタインにチョコとか貰ったことないからすっかり忘れてたー‼︎‼︎‼︎うぉー‼︎初めてチョコ貰った〜‼︎‼︎‼
いや待てよ。美山の手作りチョコ!なにか不純なものが入ってる気がしてならない!
その時、またインターホンが鳴った。
「文月!会長さんよー!」
「え」
まさか桜橋先輩もチョコを⁉︎
階段を降りて玄関に行くと、桜橋先輩は美山がくれたチョコレートの箱と同じ箱を持って立っていた。
「ふ、双葉きゅん!」
「噛みました?」
恥ずかしそうに無言で頷かれ、双葉きゅんは桜橋先輩の可愛さにキュンキュンしております!
「それで、今日はどうしました?」
「チョ、チョコ作ったから、よかったら食べて?」
「ありがとうございます!ちなみに美山と作りました?」
「美山さんは隣にいたけど作ったのは私よ!ちゃんと想いを込めたわ」
「美山、なにか変なもの入れてませんでした?」
「入れてないわよ!さっきから美山さんのことばっかりじゃない!」
「ごめんなさい!」
「いいわよ。それと、こ、これは本命よ」
美山の時もだけど反応に困る!
とりあえずお礼だ!
「あ、ありがとうございます」
「嬉しい?」
「普通そういうこと聞かないですよ」
「ごめんなさい!嫌いにならないでちょうだい!」
「なりませんよ⁉︎」
「よかったわ。それじゃ後でメッセージ送るから見てちょうだいね」
「は、はい」
今、口で言わないで後でメッセージ送る意味が分からないが、桜橋先輩が帰ると、また母親がリビングから出てきてニヤニヤし始めた。
なにか言われる前に部屋に戻ろう。
部屋に戻ってさっそく二人からもらった箱を開けると、一口サイズのハート型のチョコレートが8個ずつ入っていて、最初に美山がくれた方を一つ食べてみることにした。
「んっ」
普通に美味い!これがバレンタインの味か‼︎
次は桜橋先輩がくれたやつ!
想像はしてたけど、同じ日に作ったやつだからか味は同じだ。
一つ一つ味わって大切に食べていると、言っていた通り、桜橋先輩から一通のメッセージが届いた。
「またバカなこと言ってるわ」
桜橋先輩からのメッセージは『変なものは本当に入れてないけど、前の美山さんを見習って、愛をたっぷり入れたわ。双葉くんの中に私を入れてね』とよく分からない内容のものだ。
『気持ち込めてくれたんですね』と返事を返すと、すぐに一枚の写真が送られてきて、衝撃のあまり、思わず手から携帯を落としてしまった。
桜橋先輩が小さな舌を出し、指先で透き通った唾液を伸ばしている口元のたった一枚の写真で全てが理解できる。
前の美山を見習ってってきた時、一瞬嫌な予感はした‥‥‥でも、もう食べちゃったよ‼︎
「もしもし‼︎」
気づけば桜橋先輩に電話をかけていた。
「食べてくれたかしら!」
「食べましたよ‼︎美味しかったです‼︎」
「嬉しい!来年も絶対に作るわ!」
「唾液入れんな‼︎」
「美山さんもお味噌汁に入れていたじゃない!これが好きな人に食べ物を作る時の決まりなのよ?」
「クソアホが‼︎」
「クソ⁉︎せっかく作ったのにクソなんて酷いわ!もう作ってあげないわよ?いいの?」
「美山がくれるのでいいです〜!」
「ん〜‼︎」
その怒り方可愛すぎるわ‼︎今の顔が見たいすぎる‼︎
「やっぱり母乳じゃないとダメなの⁉︎」
「はい⁉︎」
「本当は母乳を入れようと思ったに、出なかったから唾液にしたのよ!」
「なにやってんの⁉︎」
「私を母乳の出る体にして!」
「サイコパスのプロポーズかよ‼︎」
「サイがコンパス使ってプロポーズ⁉︎なにを言っているの⁉︎」
「おいアホ‼︎学校で学ぶこと以外何にも知らないのか⁉︎」
「知ってるわよ‼︎」
「嘘つくな!」
「学校では教えてくれなかったもの!」
「なにをですか?言ってみてください!」
「双葉くんを好きな気持ち」
「アホ‼︎」
捨て台詞を吐いて電話を切ったが、チョコレートを見て体が熱ってしまう。
最近、完全に桜橋先輩のペースに飲まれている気がする。あんなにアホなのに『好き』って言われるとドキッとしてしまうのが悔しい!
そういえば、それとなくラブレターのこと聞いてみればよかったな。
「んー‥‥‥」
残りのチョコはどうしたものか。
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