アホ親


「さっむっ」

「朝ね。少しは寝れた?」

「はい。桜橋先輩は寝れました?」

「仮眠程度には」


知らない公園のベンチで目を覚まし、携帯で時間を確認すると、もう学校が始まっている時間だった。


「サボっちゃいましたね」

「会長と副会長がサボるなんて大問題ね」

「これからどうします?」


グゥ〜と桜橋先輩のお腹から音が鳴り、桜橋先輩は恥ずかしそうに立ち上がった。


「ご飯にします?」

「そ、そうしましょ」


とりあえずコンビニに向かい、桜橋先輩におにぎりを奢って貰って公園に戻ってきた。


「貸してください」


桜橋先輩はコンビニのおにぎりの開け方が分からず、指にご飯粒が付いてしまっている。


「これで食べれますよ」

「ありがとう」


昨日からまったく元気がない桜橋先輩を見ていると、こっちまでテンションが下がる。


「食べたら遊び行きます?桜橋先輩のお金で」

「遠慮しなくなったわね」

「だって、本当に電車代払ってくれなかったんですもん!」

「払わないって言ったじゃない。それなのに足りない分出してあげたのよ?」

「なんか、いまだに俺を遠ざけようとしてます?」

「だって、こんなことに巻き込んでしまって、迷惑よね」

「いや別に」

「どうして⁉︎」

「友達が困ってたら助けるのが普通ですから」


その時、美山から着信があり、嫌な予感を感じながらも電話に出た。


「大丈夫⁉︎」

「え」


怒ってると思ったら心配された。


「桃ちゃんが教えてくれたの、昨日の夜、会長と一緒に男の人から逃げてるのを駅で見たって」

「あぁ、なんとか逃げ切った」

「今どこ?」

「桜橋先輩、ここどこですか?」

「山梨県」

「え‥‥‥山梨らしい」

「山梨⁉︎」

「ま、そのうち帰るよ」

「会長に電話代わって」

「了解」


変なこと言わないか不安になり、スピーカーの状態で桜橋先輩に携帯を渡した。


「はい」

「会長‼︎」

「うるさいわね」

「なんで頼ってくれないわけ⁉︎」

「美山さんに頼れるわけないじゃない。美山さんは私のこと嫌いでしょ?」

「昨日の夜、私がどんな気持ちで一人で寝たか分からないんですか?」

「分からないわね」

「やっぱり文月くんが言ってた通りアホですね」

「切っていいかしら」

「待って!」

「なに?」

「私、友達としては会長のこと好きだから!昨日はビンタしてごめんなさい!」

「‥‥‥」


桜橋先輩は静かに涙を流し、服の袖で涙を拭った。

桜橋先輩は泣いてる顔も綺麗で、思わず見惚れてしまう。


「ありがとう。でも、しばらく戻れないと思うから、ちゃんと仕事するのよ?」

「嫌です。てか、無理です!会長の仕事が多すぎて、今も授業サボって紬先輩と大慌てなんですから!桃ちゃんにも手伝ってもらってるんですよ?」

「ごめんなさい。今は戻れないわ」

「その男とちゃんと話してくださいよ!」

「そんなことをしたら無理矢理連れて行かれるわよ」

「生徒会室に招いて話せばいいじゃないですか!私達も居ます。そしてそれが解決したら、文月くんのことで、ちゃんと話しましょう?」

「俺も生徒会室に付き合いますよ」

「‥‥‥今から戻るわ」

「待ってます」


電話を切ると、桜橋先輩の表情が少し明るくなった気がする。


「行きますか」

「双葉くん」

「はい?」

「私を守ってくれる?」

「当たり前じゃないですか。電車代だけ出してくれれば」

「出すわよ!」

「あざっす!」


それから約2時間かけて千葉駅に戻り、駅の階段を降りると、スーツ姿の男が待ち構えていた。


「待ってましたよ」

「生徒会室で話しましょう」

「もう逃げませんね?」

「はい」


一度桜橋先輩の家と俺の家に行き、制服に着替えて桜浜学園の生徒会室にやってきた。


「文月くん!」

「会長!」

「心配かけたわね。さぁ、話を始めましょう」


桜橋先輩と男性はテーブルを挟んでソファーに座って向かい合い、俺達は桜橋先輩の後ろに横並びになった。


「桃、戻ってもいいんだぞ?」

「見たいです」

「そ、そうか」

「一花様、私と一緒にロスに行きましょう」

「断ります」

「どうしてもですか?」

「はい」

「はぁ‥‥‥ちょっと電話失礼します」

「どうぞ」


男性はポケットから携帯を取り出し、誰かに電話をかけ始めた。


「もしもし、青木です」

「まだ連れてこれないのか?」

「もう限界ですよ!学園祭の時も酷い嘘をついたんですよ⁉︎これ以上は一花様が可哀想です!」


誰と電話してるんだ?それに嘘?可哀想?どういうことだ。


「もう間に合わないぞ!」

「分かってますよ!」

「なんとかしてくれ!」

「もう本当のこと言いますからね!」

「ちょ、ちょっと待て!」


男性は電話を切るや否や、いきなり完璧な土下座を見せた。


「すみませんでした‼︎一花様は捨てられてなんてません‼︎」

「どういうこと?」

「一花様のお父様は、一花様が桜浜学園の生徒会長になったと知って大変喜びまして、成長した一花様に会いたいと言いだしたもので」

「私は捨てられてたんじゃ‥‥‥」 

「一花様、11月7日が誕生日じゃないですか!」


えっ⁉︎そうなのもうすぐじゃん!


「ご両親は誕生日を覚えていました。そこで、意地悪なことを言って連れてきてほしいと頼まれまして」

「どうしてそんな」

「サプライズで一気に喜ばせるんだって意気込んでいまして‥‥‥」


不器用なアホ親‥‥‥さすが桜橋先輩の親って感じかも。


「毎日一花様の話をするんですよ。あのお二方は、何度も仕事を選んだことを後悔していました」

「‥‥‥そうだったのね‥‥‥でも行かないわ」

「えぇ⁉︎」

「私には桜浜学園の生徒会長としての仕事があります。私の親が私を捨てたわけではなく、仕事を選ばなければいけなかったと知れてよかったです。今の私なら、仕事を選ぶ気持ちも理解できます」

「そうですか、分かりました。君達も迷惑をかけてすまなかったね。一花様をよろしくお願いします」

「はい」

「最後に一花様、写真を撮らせてもらってもよろしいですか?」

「嫌です」

「ご両親に今の姿を見せてあげたいんですよ!」

「なら一枚だけいいですよ」

「ありがとうございます!」


男性が桜橋先輩に携帯を向けると、美山がニヤニヤしながら桜橋先輩に手を伸ばした。


「それー!」

「んにゃー!」


美山に脇腹をくすぐられて変な声を出してしまった瞬間を写真に撮られ、桜橋先輩は美山を真っ赤な顔で睨みつけた。


「いい写真が撮れました!また何かあれば、次は段階を踏んで来させていただきます!失礼しました!」


男性は生徒会室を出て行き、その瞬間、また美山と桜橋先輩のプロレスが始まった。


「桃」

「はい」

「これを見ても桜橋先輩を尊敬するか?」

「もちろんです。会長、なんだか楽しそうです。それに可愛い」

「美山は苦しそうだけどな」

「副会長!止めてくださいよ!」

「嫌です」

「なーんーでー⁉︎」


このまま自然と仲直りして、この二人はのちにちゃんと話し合うだろう。

本当に桜橋先輩楽しそうだし、美山には悪いけど今は見守ろう。


「た〜ずげで〜!」

「美山さんのせいで変な写真撮られたじゃない!」

「ビビリ!」

「ベッドの中でモゾモゾしてっ」

「いや〜!殺して!誰か私を殺して〜!」

「だからモゾモゾしてなんなの⁉︎」

「言わないでー‼︎」


結果的に俺が桜橋先輩を助ける必要も無かったが、なんだかんだ生徒会室は明るい雰囲気に包まれ、俺は桜橋先輩が言っていたことを思い出して提案してみることにした。


「次の日曜日って桜橋先輩の誕生日じゃないですか、みんなで水族館行きません?」


その一言で二人のプロレスは止まり、桜橋先輩は一瞬嬉しそうな顔をしたが、みんなが居るのを気にしてか、すぐに無表情に戻ってしまった。


「行きましょう!」

「私も行きたい!」

「みんなが行きたいなら、わ、私もついて行ってあげてもいいけれど」


そこは素直になれよ‼︎まぁ、桜橋先輩はこれくらいがちょうどいいか。


「桃も行くだろ?」

「私は生徒会のメンバーではないので」

「仕事を手伝ってくれたのでしょ?岡村さんも行きましょう」

「は、はい」


桜橋先輩に誘われて、心なしか桃が喜んでいる気がした。


「双葉さん双葉さん」

「ん?」


桃が制服の袖を指先で引っ張り、小さな声で話しかけてきた。


「大きな魚いますかね」

「いるだろ」

「早く日曜日にしてください」 

「無理だわ」


俺と桃が話していると、美山は紅茶を作る桜橋先輩の横に立って顔を覗きこんだ。


「会長!今日泊まりに来ますよね?」

「もう泊まる必要がなくなったわ」

「一緒にトイレ行ってあげますから!」

「また絞め技くらいたいのかしら」

「ご、ごめんなさい!それと、電話で言ってた話しもしたいですし」

「そうね。なら今日は泊まらせてもらうわ」

「よかったです!」


どんなことを話すか気になるけど、俺のことだし、いつか分かるだろう。


「なにはともあれ、会長と裸で抱き合った文月くん」

「な、なんか言い方に悪意こもってないか?」

「事実だよ?だから、とりあえず身体中を綺麗にしようか」

「風呂入ったから綺麗なはずなんだけど‥‥‥」

「まだ汚い。まずは身体中の皮膚を剥いで、新しい綺麗な皮膚にしよっか!」

「ですって紬先輩、ファイトです!」

「私なの⁉︎」

「文月くん?」

「はい‥‥‥」

「今回だけは条件付きで許してあげるよ?」

「条件って?」

「今この場で、会長に見えるように揉んで?」

「はい、モミモミ」 

「肩じゃない!」


分かってるよ⁉︎胸だよね⁉︎無理だよね⁉︎


「ゆゆっ、許してもらえるなら揉めば?」

「桜橋先輩⁉︎」


桜橋先輩はティーカップ片手に席に座り、激しく手を震わせている。


「溢れてる溢れてる!パソコンにかかってるから!」

「こ、今回は私が悪いし?揉んであげたら?」

「めっちゃ嫌そうじゃん‼︎」 

「文月くん、ほら」

「お、俺は尻派なんだ〜‼︎」


適当なことを言って生徒会室を飛び出したけど、美山と同じクラスなんだよな‥‥‥


それから授業中、美山はずっと不気味な笑みで俺を見つめてきて、放課後まで寝たフリをし続けたが、放課後の生徒会室で『揉んで』を連呼され、また桜橋先輩は紅茶を溢しまくり、紬先輩が必死に机を拭くという、一切仕事に手をつけられない日となった。

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