恐怖の弁当


土日が過ぎて月曜日の放課後、桜橋先輩は昇降口で美山と話す俺の元へ、不安そうな表情を浮かべて歩いてきた。


「また邪魔しに来たんですか?」

「違うわよ」

「んじゃなんですか!」

「双葉くん、学園祭の時の男の人覚えてる?」

「はい」

「なにもしてこないけど、最近後ろをつけられてるのよ」

「え⁉︎」

「またいつ捕まるか分からないわ」

「なんの話?」

「学園祭の時、生徒会室に不審者が入ったのは知ってるだろ?」

「うん!その人?」

「そうだ。桜橋先輩を無理矢理ロサンゼルスに連れて行こうとしてる」

「んじゃ早く捕まっちゃいなよ」

「美山、怒るぞ?」

「ご、ごめん」

「美山さんにお願いがあるの」

「私⁉︎」

「しばらくお家に泊めてくれないかしら」

「あー!いいね!」

「ちょっと文月くん⁉︎」


桜橋先輩のことがずっと心配だったこともあり、美山には協力してほしい。


「俺、みんなに優しい人がいいな」


美山の耳元で囁くと、美山は桜橋先輩の手を握った。


「んじゃ一緒に帰りましょう!」

「ありがとう」


その日から二人は一緒に登下校するようになり、なんだかんだ上手くやっているようだった。


それから数日後、体育館で演説する日になってしまった。


「やべー‥‥‥」

「まさか、なにも考えてこなかった?」

「は、はい」


左隣に紬先輩と美山が座り、右に桜橋先輩が座っている状況で、体育館の右サイドに座ってるのにみんなの視線が集まって緊張感がマックスだ。

視線が集まるのも仕方ない、最近まで知らなかったが、紬先輩は桜浜学園の三代美女第三位に位置する人だ。ちなみに一位が桜橋先輩で二位が美山だ。


「安心しなさい。双葉くんはステージに上がるだけでいいわ」

「そんなんで大丈夫なんですか?」

「私を信じなさい」

「分かりました」


なにか考えがあるのか、元々俺の力なんて必要ないのか、なに考えてるから分からないな。


そして応援演説が始まり、桜浜学園の応援演説は生徒会長に立候補した人も一緒にステージに上がることになっていて、最初に美山と紬先輩がステージに上がり、美山がマイクの前に立つと、桜橋先輩は何故か他のマイクを持っていて、さっきまで紬先輩が座っていたパイプ椅子の後ろにマイクスタンドを使ってマイクを置いた。

そして俺が桜橋先輩に声をかけようとすると、桜橋先輩にジェスチャーで『静かに』と伝えられ、桜橋先輩も静かに椅子に座った。


「伊角紬さんの応援演説を務めさせていただく、美山杏奈です!紬先輩は誰にでも優しく、困った時は頼りになる素晴らしい先輩です!それと、この学園を今よりも良くしようと、日々皆さんのことを考え、行動する力があります!」


一切緊張しないでスムーズに話す美山は凄い。俺じゃ無理だ。応援演説の言葉も思いつかなかったし。


それからも紬先輩の良いところを熱弁し


「是非、伊角紬さんに清き一票をお願いします!」


大きな拍手が響き渡り、美山の応援演説が終わった。

次は紬先輩がマイクの前に立ち、紬先輩の演説の番だ。


「先ほどご紹介いただきました伊角紬です」


紬先輩は綺麗な暗めの茶髪のポニーテールで、顔は清楚系そのもので、めちゃくちゃ性格が良さそうな人だ。


「私が生徒会長になった暁には、学園祭を二日間に増やし、売店と食堂のメニューを増やし、生徒皆さんに寄り添った活動を約束します!」


紬先輩の発言で体育館中が湧き上がり、会長を決める演説とは思えない盛り上がりを見せた。


本当に桜橋先輩は勝てるのか?


「是非、清き一票をよろしくお願いいたします!」

「勝ったわね」 

「え?」


歓声の中、桜橋先輩は冷静に小さく呟き、ついに俺達の番がやってくると、さっきセッティングしたマイクのスイッチを入れてステージに上がった。


ステージに上がるだけでいいって言われたけど、これヤバイだろ‥‥‥俺が全く喋らないせいでみんながざわつき始めてる。

後何分こうしてればいいんだ‥‥‥


「なにあれ、ダッサ」


ん?紬先輩の声?


全生徒の視線が紬先輩に移り、紬先輩は唖然として美山は慌ててどうすればいいのか分からなくなっているようだ。

そしてすかさず桜橋先輩は俺の目の前にあるマイクを握った。


「今の発言が、皆んなに寄り添うと宣言した人間の言葉です。私が生徒会長になった暁には、今までと変わらず、皆さんを輝かしい未来へ導けるように厳しいところは厳しく、学園祭では全員が楽しめるように全力で取り組みます。清き一票をよろしくお願いいたします」


すると、紬先輩の時とは比べ物にならない歓声が上がり、桜橋先輩は指先で『おふろ♡』と俺の背中をなぞり、ステージを降りていった。


そして演説が終わって体育館を出た時


「桜橋先輩」

「屋上に行きましょうか」


桜橋先輩に声をかけると、屋上へ連れて行かれ、屋上に着いてすぐ、俺は気になったことを聞いた。


「もしかして美山の時みたいに、紬先輩の行動を先読みしたんですか?」

「ピンポーン!」

「こわっ」

「なんでよ!」

「ネットのアンケート結果は⁉︎」

「元々私の圧勝だったけれど、あからさまな負けを匂わせることで、歓声が歓声を呼ぶ。人は圧勝よりも、逆転に興奮するものでしょ?」

「こわっ」

「だからなんでよ!」 

「頭がいい桜橋先輩とか嫌です」

「私は元々頭いいわよ?」

「分かってますよ」


その時、紬先輩が屋上にやってきて、俺を押し除けて桜橋先輩の目の前に立った。


「あのマイク、一花ちゃんでしょ」

「なにか問題でも?」

「卑怯だよ!」


わー、なんか喧嘩始まった〜、気まずいよ〜。


「悪口を言った貴方のミスよ」

「だからって!」

「ライバルの性格を調べるのは当然よ?プライドだけがやたら高く、人を見下している。そんな貴方なら、なにもできない双葉くんを見て何か言うと思ったわ」

「だから、わざとこの使えない人を使ったの⁉︎」


おい、ちょっと待て。ここ怒っていいところだよな。


「そうよ」


桜橋先輩も失礼なんだけど、俺いじめられてんの?


「性格悪すぎ」

「お互い様じゃない」

「‥‥‥もういい‼︎」


紬先輩は怒って屋上を後にして、俺は桜橋先輩を睨みつけてやった。


「な、なによ」

「俺、そんな使えないですか」

「ち、違うわよ?双葉くんは優秀よ?」

「あっそ。にしても、紬先輩ってそんなに性格悪いんですか?美山は仲良くしてるみたいですけど」

「美山さんの目的は、私を会長にさせないことよ?伊角さんの嫌な部分はある程度なら妥協できるわよ。それに良いところもあるわ。それと、私はいじめをしたいわけじゃないの、伊角さんが今回のことでいじめられることはないから安心しなさい」

「いや、人気だった分、絶対いじめられると思うんですけど」

「こうなった時のために、私はすでに手を回してる」

「先の先を読んだってことですか⁉︎」

「へへ!すごい?」

「かわいい‥‥‥」 

「え⁉︎」

「ち、違います!」


『へへ』と笑う桜橋先輩が可愛すぎて口に出しちまった‼︎‼︎


「違うの‥‥‥?」

「露骨に落ち込まないで⁉︎」


いちいち可愛い反応するな!柄にもなくキュンキュンしちゃうわ!


「ちなみに手を回したってなにしたんですか?」

「この合成写真をネットの海にばら撒いたわ」

「‥‥‥おい」


俺と紬先輩が休日にデートしていたかのような、かなり仲良さげな写真を見せられ、シンプルにイラッとしてしまった。


「伊角さんと双葉くんは、実はとても仲が良く、日頃から罵り合って笑うような仲。この設定を作り出したことで、みんなは『なーんだ、いつもの癖が出ちゃったんだ!癖が出ちゃうとか可愛い!』という反応に変わるわ」

「それじゃ今までの作戦の意味無くないですか?」

「あっ‥‥‥」

「アホだ‼︎やっぱりアホだわ‼︎」

「どうしよう!」

「大丈夫ですよ、本当はアンケート結果で圧勝だったんですよね?」

「そうよ?」

「なら大丈夫ですよ。アホだけど大丈夫です」

「アホって言わないで!」

「アホ」

「もう!」


俺の知ってる桜橋先輩は、本当の桜橋先輩じゃないのかもしれないと不安になっても、最後の最後で期待を裏切らないアホさ!桜橋先輩はアホじゃないとダメだ!


「文月くん」

「あら、美山さんじゃない」 

「一花先輩には用ないから。この写真どういうことかな?」 

「そ、それは!桜橋先輩!説明してください!」


美山は桜橋先輩が作った合成写真を携帯で見せてきて、完全に怒っている様子だ。


「双葉くんと伊角さんがデートしてる写真ね」

「文月くん?私の告白の返事しないで、先輩とデートしたんだ」

「違うって!それは桜橋先輩が作った合成写真で!」

「また一花先輩が文月くんに迷惑かけたんだ。今日から泊めてあげないから」

「いいわよ。双葉くんの家に泊まるから」

「んじゃ私の家に泊まっていい!」

「ありがとう」

「くそ〜!言いくるめられた気がしてムカつく〜!」

「毎日部屋の掃除してあげてるんだらいいじゃない。部屋でもパンツ脱ぎっぱなしにして大変なんだから」

「い、言わないでくださいよ‼︎」


部屋でパンツ脱ぎっぱなしってどういうこと⁉︎


「文月くん!教室戻るよ!」

「お、おう」


顔を真っ赤にして怒る美山と教室に戻る途中、美山は家での桜橋先輩との話をしてくれた。


「私ね、桜橋先輩が泊まってるの嫌じゃないんだよね」

「意外だな」

「ずっと一緒にいると、すっごく優しくて、子供みたいに可愛いところあるし、意外と毎日楽しいの」

「それが聞けて安心したわ」

「文月くんに変なことさえしなければ、大親友になれたのかなって思う。まぁ、今の関係が一番なのかもしれないけどね」

「そっか」

「そんなことより、今日はお弁当作ってきたよ!お昼になったら屋上で一緒に食べよ!」

「おう。って、え?早くね?」

「だって早く食べてほしかったから!」

「普通の弁当?」

「そうだよ?」

「な、ならいいけど」


見るまでは信用できない‼︎信用しちゃいけない‼︎


それから頭の中が美山の弁当でいっぱいになり、ついに天国か地獄を決める昼休みがやってきた。

約束通り美山と屋上にやってきて、ベンチではなくコンクリートの地面に座って弁当を広げた。


「見て!春巻きと肉団子と豚の生姜焼きとお味噌汁!男の子が好きそうなのばっかりにしてみたの!」

「すっげー茶色」

「食べて食べて!」

「まず、この箸になにした?」

「なにもしてないよ?」

「そ、そうか。いただきます」

「はい!」


最初に春巻きを一口食べると、いたって普通の味で、肉団子も生姜焼きも味噌汁も普通に美味い。


「どうかな?」

「美味い!」

「よかったー!」


なんだ、本当に普通に食べてほしかっただけなのか。


「美山は俺の弁当食べていいぞ」

「いいの⁉︎」

「おう」

「ありがとう!」


それからたわいもない会話をしながら楽しく弁当を食べ、味噌汁だけ余ってしまった。


「味噌汁余ったから飲んじゃえよ」

「い、いや、自分で飲むのはちょっと‥‥‥」

「‥‥‥な、なに入れた‥‥‥」


なーんで股押さえてソワソワしてんの⁉︎なに入れたの⁉︎嫌だ!めっちゃ飲んじゃったんだけど‼︎


「いくら双葉くんでも言えないよー」

「言え‼︎今すぐ言え‼︎」

「強いて言えば、愛?かな」

「普通の隠し味だよな!そうなんだよな!」

「うーん、えへへ♡」


なんだよその意味深な笑い‥‥‥


「ちょっとトイレ‥‥‥」

「早く戻ってきてね?」

「おう」


なにを入れたのか知らない方がいい気がする‥‥‥でも知って安心したい!桜橋先輩に聞かなきゃ‼︎


桜橋先輩の教室に向かう途中、プリントの束を持って歩く桜橋先輩を廊下で見つけて声をかけた。


「桜橋先輩!美山、味噌汁になんか変なの入れてませんでした⁉︎」

「愛を入れてたわよ?」


‥‥‥桜橋先輩が言う愛ってなに‥‥‥


「いつか私もお弁当作ってあげるわ。そういう愛の形もあるんだって学んだから」

「いや、いらないです」

「作るわ」

「やめてください」

「いやよ」

「んじゃ、何入れたかハッキリ教えてください」

「上から出るものね」

「下じゃなくて⁉︎」

「下?尿とか?」

「それですよそれ!それが一番心配なんです!」

「それはさすがにないわよ」

「よかったー!」

「あのお味噌汁飲んだの?」

「結構飲んじゃいました」

「それじゃこっちに来なさい」

「え、はい」


何故か人の居ない廊下の隅に連れてこられた。


「目を閉じなさい」

「はい」


目を閉じても何も起きず、目を開けると、桜橋先輩は顔を赤くしてキョロキョロしていた。


「なにしてるんですか?」

「や、やっぱりなんでもないわ」

「なにしようとしたんですか」

「唾液を口移ししようと思ったのだけど、なんか恥ずかしすぎて‥‥‥」


あ‥‥‥察し。

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