間接キスは甘い


桜橋先輩が本気で嫌がっているところを初めて見た俺は、無理矢理男の人と桜橋先輩を引き離した。


「無理矢理じゃなくて、ちゃんと話し合ってください!なにがあったんですか!」

「一花様をロサンゼルスへ連れて行きます」

「どうしてですか⁉︎」

「一花様のお父様のご命令です。学園で勉学に励むより、今から仕事に着くべきだというご判断です」

「私はそれが嫌で小さい時に親と離れることにしたのよ!」

「離れることにした?いいえ、一花様はあの時、捨てられたんですよ」


桜橋先輩は一瞬驚いたような悲しいような表情になったが、一瞬で氷の様な冷たい目つきに戻った。


「そうですか。とにかく行く気はありません」

「命令は絶対です」

「場所が悪かったですね」


桜橋先輩は自分の席に置いてある電話に手をかけた。


「この学園では私がルール。貴方は愚かな侵入者です。そして、この電話は放送室同様に学園内のスピーカーに接続されるようになってます」


そんな仕組みになってたの⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎初めて知ったんですけど‼︎


「なにをする気ですか」


電話を取り、桜橋先輩は冷静に男を見つめた。


「不審者が侵入しました。私を連れ去ろうとして、犯人は生徒会室にいます」

「不審者扱いですか」

「さよなら」


次の瞬間、生徒会室に大勢の生徒が駆けつけ、男を取り押さえた。


「こら!離しなさい!」

「会長になにする気だ‼︎」

「外に連れ出して。抵抗したら警察を呼んでも構わないわ」

「分かりました!」


男は外へ連れて行かれ、それを確認した桜橋先輩はまた電話を手に取った。


「ご心配をおかけしました。不審者は桜浜学園の優秀な生徒達が追い出してくれましたので、どうぞ最後まで安心してお楽しみください」  

「‥‥‥桜橋先輩」

「捨てられたことぐらい知ってたわ‥‥‥ただ、その現実を無かったことにしたかっただけ」

「‥‥‥」

「捨てたのに無理矢理学校をやめさせて働かせるなんて勝手ですね」

「優秀な娘に育てたいだけなのよ。優秀な自分の娘は優秀じゃなければいけない。そういう人なの」

「前に小学生の頃から親とは生活してないって言ってましたけど、そんな小さい時から厳しかったんですか?」

「そうね。ピアノ、バイオリン、習字は幼稚園の頃から専属の先生を雇って教わっていたし、それが終わると英語の勉強とパソコン、経営者になるためのノウハウを教え込まれたわ」

「すごいですね‥‥‥」

「最初はそれが愛だと思っていたの。私が大切だから厳しくするんだって。でも違った‥‥‥私が日本に残りたいと言った時、お父さんは悲しい顔一つせずに私を置いて行った。お母さんは優しかったけど、結局仕事をなしにはできなかったみたい」

「‥‥‥まっ、俺には関係ないですし、美味しいたい焼きあるので食べ行きません?」

「双葉くんもアホね」

「は⁉︎」

「興味ないふりしたって、双葉くんの優しさは隠せないわよ」

「んじゃいいです!一人で食べるんで!」

「私も食べたい!」

「んじゃ行きましょ」


桜橋先輩は忘れたかった過去を思い出して辛いはずだ。多分今も、無理に元気なふりをしている。


そして二人でたい焼きをもらいに行き、本日2個目のたい焼きを食べながら歩いていると、桜橋先輩はオカルト部のコックリさんにできた行列を見て立ち止まった。


「岡村さん、頑張ってるわね」

「ついさっきまで誰も来てなかったんですよ」


よかった。新聞部が全力で広めてくれたんだな。


「ホラーのなにがいいのかしらね」

「スリルじゃないですか?俺もよく分かりませんけど」

「未知の存在を知りたくなるのかしらね」

「桜橋先輩は幽霊とか信じます?」

「信じるわよ」 

「へー、意外」

「よく、錯覚とか脳がなんちゃらでそう見えてるだけとか言われているけれど、たとえばなにも知らずにアパートを借りて、変なことが起きたり、声が聞こえたり見えてしまったりしたとするじゃない?」

「はい」 

「それで、もしかしてなにかあります?って聞いた時に、実は事故物件なんですって言われた場合、幽霊を否定できないと思うの」

「おー、今度から幽霊否定されたら同じこと言います」 

「まぁ、いないでほしいけど」

「確かに。このあと、なにかして遊びます?」

「嫌よ。会長である私が楽しそうに遊んでたら威厳がなくなるわ」 

「本当は遊びたいくせに〜」

「‥‥‥ちょ、ちょっとわね」

「んじゃ、会長らしく遊べばいいんですよ」

「どうやって?」

「知らん」

「ちょっと」

「もう生徒会室でゆっくりします?」

「えっと、私食べたいものがあるのよ」

「なんですか?」

「苺とバナナの生クリームクレープ‥‥‥」

「またまたー、桜橋先輩はそんな可愛いもの食べませんよー」

「じょ、冗談よ!」


うわー、めっちゃ食べたそう。


「いいですよ、行きましょう」

「私は屋上で待ってるから貰ってきてくれないかしら」

「あー、はいはい」


自分で行くのは恥ずかしいのか。桜橋先輩の生き方って、いろいろ大変そうだな。


結局俺一人でクレープを注文しに行き、自分用に生クリームにキャラメルソースをかけただけのシンプルなクレープも貰って屋上に向かった。


「貰ってきましたよー」

「ありがとう!」

「本当、誰もいないと良い表情しますね」

「早くちょうだい!」

「はいはい」

「双葉くんはなんのクレープ?」

「生クリームにキャラメルソースかけたやつです!絶対美味いはず」

「へっ、へー」

「あげませんからね」

「いらないわよ!あれ?誰か来たみたいだわ」

「え?」


ドアの方を見ても誰も居なかった。


「来てませんよ‥‥‥はぁー⁉︎食べました⁉︎」


自分が持っていたクレープを見ると、ガッツリ半分無くなっていて、桜橋先輩は口元にクリームを付けて口をモグモグさせていた。


「食べてないわよ」

「絶対嘘だ!んじゃなんでモグモグしてるんですか!」

「無料なんだから少しぐらい良いじゃない!」

「認めやがった!しかも少しじゃないし!」

「だって美味しそうだったんだもん!」

「クソガキがー」

「なんてこと言うの⁉︎」

「いいから自分の食べてください」

「分かったわよ」


俺はなにも考えずクレープを食べてしまい、桜橋先輩の頬が赤くなっているのを見て間接キスだということを思い出した。


「ち、違うんです!」

「美味しい?」

「美味しいですけど‥‥‥」


桜橋先輩と間接キス‥‥‥死後の思い出に持って行こう。


「私もしたい‥‥‥」

「はっ」


桜橋先輩は俺の口元に付いたクリームを指で取り、俺の目の前で自分の唇に指を近づけ、ぺろっと小さな舌で舐めとった。


「お、美味しいですか?」


恥ずかしそうにコクッとうなずき、そのまま走って校内に戻って行ってしまった。


「また逃げた‥‥‥」


優しくて尽くしてくれる美山と、ギャップで可愛すぎる桜橋先輩、選べねーよ。


それからのんびりクレープを食べてから学園内に戻って一人でブラブラしていると、制服に着替えた桃がタピオカを飲みながら歩いているのを見つけて声をかけてみることにした。


「よっ」

「あ、双葉さん。さっきはありがとうございました」

「結構盛り上がったみたいだな!」

「はい。もう満足したので私も遊んでます」

「そうか。美山見なかったか?」

「美山さんなら、女子生徒と楽しそうにしてました。会長は自販機の影でコソコソと幸せそうにクレープ食べてましたよ」


ガッツリ見られてるじゃん!


「そうなのか。桃は今からなにするんだ?」

「私は体育館で劇やダンスを見ようか、いろいろ遊びに行こうか迷ってます」

「お化け屋敷には行かないのか?」

「行きたいんですが、ずっと行列です。他にも楽しそうなものが沢山あるので並ぶ時間が勿体無いかと」

「てか、友達いないのか?」

「双葉さんが友達です」

「え、あぁ。桜橋先輩は?」

「友達と言うには恐れ多いです」

「美山は?」

「仲良くできなそうです」


なんか美山だけ可哀想なんだけど‼︎


「そういえば、会長大丈夫でした?不審者が入ってきたとかで」

「あぁー、なんとかな。でも、一人で帰らせるのは危ないから、帰りは送ろうと思う。生徒会は学園祭が終わってもしばらく帰れないし」

「優しいですね。だから会長は双葉さんのことが好きなんですかね」

「は⁉︎知ってるのか⁉︎」

「見てれば分かります。美山さんからは好きパワーが溢れてますし、双葉さんは日本が一夫多妻制になればいいのにと思ってます」

「思ってねーよ!ちょっと思ったかもしれないけど!」

「自分のパートナーを選ぶ時、二択で迷ったらどうすればいいか教えてあげます」

「そりゃ助かる」

「一番、悲しい顔を見たくない相手を選ぶといいです」

「どっちの悲しい顔も見たくなかったらどうするんだよ」

「バレないように浮気しましょう」

「最低だな‼︎」

「ちなみに美山さんは、双葉さんのためなら他者を傷つけるタイプですが、双葉さんが浮気したら、双葉さんを拷問して躾けるタイプだと思います」

「拷問‥‥‥」

「そして相手の女性を海の藻屑にします。愛を知らない会長と、歪んだ愛のクラスメイト、大変ですね」

「本当になんでも知ってるな。オカルト部やめて情報屋になれよ」

「検討します」


検討するんだ‥‥‥


「ま、最後まで楽しめよー」

「はい」


桃と別れた後、同じクラスの男子生徒に捕まり、アゲアゲなテンションに巻き込まれているうちに学園祭が終わってしまった。


「文月くーん!」

「おっ、美山、楽しかったか?」

「うん!合流できなくてごめんね!」

「いいよ」

「みんながね、私と文月くんがお似合いだって言ってくれて、恋話で盛り上がっちゃった!こんなの中学卒業してから初めて!」

「よ、よかったな」

「文月くんはなにしてたの?」

「男と遊んでた」

「男だけ?」

「お、おう」

「ならよかった!女の子と遊んでたら、その子は海の藻屑の刑だからさ!」


ひゃー!桃すげーわ!やっぱりあいつは情報屋のほうが向いてる!金稼げるレベルだわ!


「私、教室の後片付けしなきゃだけど、文月くんは生徒会の仕事あるんだっけ?」

「うん、次に会うのは二日後だな」

「本当、かなりのお金使うからって1日開催って悲しいよね」

「普通の学園祭なら二日間やるとこがほとんどだもんな」

「副会長なら来年から二日にしてよ!」

「来年も生徒会にいるか分からないぞ?選挙もあるだろうし」

「あ、そっか!会長を次の選挙で落とせば、文月くんと会長を引き離せる!」

「そ、そうだな。じゃ、仕事してくるわ」

「うん!頑張ってね!」

「はーい」


次の選挙、一波乱ありそうな予感‥‥‥


それから桜橋先輩とみんなが帰るまで生徒会室で待機し、みんなが帰った後に落とし物がないかなど学園内を隅々まで見て周り、俺達の仕事も無事完了した。


「桜橋先輩、今日は家まで送りますよ」

「え?」

「またあの男が来たら大変なので」

「ありがとう」


そして、二人で学園を出て歩いている時、桜橋先輩は少し悲しそうに聞いてきた。


「双葉くんは、私がいなくなったら悲しいかしら」

「まぁ、多少は」

「いなくなっても忘れないでいてくれる?」

「そもそも居なくならないでもらっていいですか?俺一人で生徒会とか絶対無理なんですけど」

「言ってなかったかしら。今日で生徒会の仕事は終わりよ。次学校に来るときは、普通の紋章に戻しておきなさい」

「は、はい」


今日で終わり、そして自分がいなくなったらとか言い出す桜橋先輩。本当に居なくならないといいけど、少し不安だな。


「そんなことより」

「はい?」

「今日一回もおっぱい揉んでもらってない!」

「いつもは揉んでるみたいな言い回しやめてくれます⁉︎」

「恥ずかしいけど、毎日感じたいの!」

「なに変態発言してるんですか‼︎」

「双葉くんに触れると体が反応するのが分かる!私の体は愛を求めてるわ!本当は舐めてほしいのに、双葉くんが嫌がるからお触りだけで我慢してるの!」

「あーもう!元気そうでよかったです!胸は、もし俺達が付き合ったらでお願いします!」

「し、真剣に考えてくれてるの?」

「だってあれ告白ですよね⁉︎」


顔が赤くて目が泳いでる。あ、これ逃げるぞ。


「‥‥‥逃げた〜‼︎一人じゃ危ないですって‼︎」

「知らない!」


まったく‥‥‥手のかかる先輩だな。

あと、揉んでおけばよかった。そんな度胸ないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る