特別にして


今日は桜橋先輩が日本に帰ってくる日だ。

結局昨日も電話が何回かきたり、三年C組の幽霊事件の噂も絶えずに盛り上がっている。


今日も朝から生徒会室に行くと、桃が勝手に生徒会室に入り、水槽を眺めていた。


「おはようございます」 

「またアロワナ見てるのか?」

「はい。会長が戻ってきたらこんな風に見れませんから」

「見にきても大丈夫だと思うけど」

「意味もなく生徒会室に立ち入ることは禁じられています。一度やって怒られてますから」

「前科有りかよ。桜橋先輩って怒ったら怖いか?」

「無言の圧力です。死ぬかと思いました」


やっぱり怒れないんだな。無言で冷めた目つきで見られるのは確かに怖い。俺も最初は怖かったし。


「まぁ、俺がいる放課後とかに見にくればいいよ」

「ありがとうございます。それと、さっきから美山さんが私を睨んでます」


振り向いてみると確かに美山が居たが、普通の笑顔だった。


「なんでついてきてんだよ」 

「そこに文月くんがいたから!」

「俺は山か」

「え?なに言ってるの?」


伝わらなかった!恥ずかしっ!


「そうだ!会長がいない間にいたずらしちゃお!」

「俺は知らないからな」 

「分かってるよ!」


美山は会長だけが座ることを許された席に座り、机の引き出しを開けた。


「書類ばっかりでつまらない」

「書類には手出すなよー」

「はーい!は?」 

「え、なに」

「文月くんの写真入ってる」

「それはシュレッダーにかけとけ」

「いやだよ!私が貰っておく!」

「泥棒ですよ?」

「でも会長は盗撮してるんだよ?」

「ちなみにどんな写真だ?」


写真を見ると、俺がリサイクルショップの帰りにフィギュアを眺めながら歩いている気持ち悪い写真だった。


「フィギュア見てる時の俺ってこんな顔なの⁉︎キモすぎ!」


美山から写真を奪い、その場でビリビリに破くと、美山は悲しそうな顔をして立ち上がった。


「もったいない!」

「撮りたいなら言ってくれ!許可しないけど!」

「それじゃ意味ないよ」

「アロワナに餌あげていいですか?」

「勝手にあげてろ!」

「はい」

「文月くんイライラしないで?」

「あー、もう写真とかマジで嫌いだわ」

「私は文月くんといっぱい写真撮りたいよ?」

「そういうのはいいよ」

「やった!」

「はぁ、とりあえず教室戻るぞー。桃も早めに戻れよ」

「分かりました」


朝から嫌な気分になり、今日もすぐに終わりそうな学園祭の準備を普通授業に戻らないようにわざとゆっくりやり、やっと土日休みが来たと思えば日曜日に桜橋先輩から学校に呼ばれてしまった。


「なに用ですかー?」

「私の修学旅行にこの引き出しに触れた?」

「美山が触りました」

「なにかした?」

「写真を破きました」

「美山さんが?」

「俺が」


久しぶりに会ったのに怒ってるけど、俺がやったならあまり怒らないだろ。


「なぜ?」


桜橋先輩は鋭い目つきで近づいてきて、圧倒的な威圧感で言葉が出なくなってしまった。


「言う気がないなら寝ていなさい」

「うっ」


まただ‥‥‥気を失って目が覚めたら体を縛られた状態でソファーの上に寝てるこの状況‥‥‥


「起きたわね」


桜橋先輩は仰向けで寝そべる俺の下半身の上に座り、携帯を向けている。


「あの写真、私のお気に入りだったの。あの写真のかわりに、今日は沢山写真撮らせてもらうわ」

「お、怒ってるなら謝りますから!」

「はーい、脱ぎましょうね」

「ちょっと待ってください‼︎」


ワイシャツのボタンを全て外され、躊躇なく写真を撮り始めた。


「そうだわ、美山さんも調子に乗りすぎた。写真を送ってあげましょう」

「な、なんで桜橋先輩が脱いでるんですか⁉︎」


桜橋先輩は恥ずかしがりながら上半身だけ下着姿になり、俺に抱きついてツーショットを撮り始めた。


「当たってます!」

「写真も撮れて愛を感じれる!一石二鳥ね!」

「さ、桜橋先輩可愛いです‼︎」


桜橋先輩が意外と恥ずかしがり屋で照れ屋だという真実を使った最終奥義!褒める!


その作戦は正解だった。

桜橋先輩は脱いだ制服で胸を隠して生徒会室の隅に逃げて行った。


「か、可愛くないわよ」

「超可愛いです!声も綺麗で胸もでかいし!」

「いきなりなんなのよ!」

「とりあえずガムテープ取ってください」

「ちょっと見ないでよ!」

「んじゃ脱ぐな!着ろ!」

「今着るから見ないで!」


風呂上りの写真を送ってきた人とは思えない反応だ。


制服を着直した桜橋先輩は手足のガムテープを取ってくれ、俺も制服を着てさっさと帰ろうとした。


「ま、待ちなさい。どの辺が、その‥‥‥可愛いのかしら」 

「そうやって恥ずかしがってるところとかですかね」

「どうしたらもっと言ってくれるの?」

「え、可愛いって言われたいんですか?」

「言われたいわけないじゃない!とにかく美山さんに写真を送るわ」

「やめて⁉︎」

「ふん!」

「喜怒哀楽どうなってんの⁉︎絡みづらいわ‼︎」

「送ったわ」

「なにやってんの⁉︎マジでどうなっても知りませんよ⁉︎」

「私は双葉くんと結婚する人よ?それを邪魔しようとするなんて許せいないわ」

「美山のそれは仕方ないって言ってたじゃないですか!」

「だって、なんだかムカムカするんだもの!貴方達が話してるだけでムカムカする!」

「嫉妬⁉︎」

「嫉妬?」

「なんでもないです」

「そっ。今紅茶を作ってあげるわ」


それから紅茶を出されて一緒に飲んでいると、バンっ‼︎と強めに扉が開き、明らかに怒った様子の私服姿の美山が、ソファーに座る桜橋先輩に掴みかかった。


「文月くんになにをしたんですか‼︎」

「写真の通りよ」

「会長なんかに文月くんは渡さない‼︎」

「私だって美山さんに双葉くんを渡すつもりわないわ‼︎」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

「双葉くんはどっちを選ぶのよ!」

「私に決まってるでしょ?」

「そんな急に聞かれても!」

「私はもう決めてたし、本当は学園祭で言いたかったんだけど言わせて」

「‥‥‥」


美山は桜橋先輩から離れて俺の前に立ち、真剣な表情を見せた。


「私がいじめられてても文月くんは優しくしてくれて、毎日凄く救われたの。文月くんの優しさとか気取らない話し方とか、群れない感じとか見てて、好きになってました。よかったら私と付き合ってください!」


この急展開、どう答えるのが正解なんだ。

桜橋先輩は自分で気付いてないかもしれないけど、きっと俺を好きでいてくれてる。今も心臓に手を当てて不安そうにしてるし。

美山はまさかの性格だったけど、いい奴なのは分かってる。可愛いし優しくて、夏祭りも楽しかった。

きっと付き合っても楽しいし尽くしてくれる‥‥‥嫌われてた俺がこんなことで悩む日が来るなんてな‥‥‥


「‥‥‥少し考える時間くれないか?」

「うん!ちゃんと待つよ!」

「ありがとう」

「会長、人が告白してる相手に変なことしないでくださいね」

「‥‥‥そうね」


気まづい‥‥‥


「俺、用事あるので帰ります」


逃げるようにその場を後しにして、家に帰ってすぐにベッドに倒れ込んだ。


「望まなかったタイプのモテ期‥‥‥」


その時、家のチャイムが鳴り、玄関を開けると元気のない桜橋先輩が立っていた。


「あがっていいかしら」

「ど、どうぞ」


桜橋先輩は俺の部屋で床に正座し、しばらく何も喋らない。


「どうしたんですか?」

「双葉くんを取られたくない」

「なんで今言うんですか」

「私、本当は分かってるの。今のままじゃ、美山さんがいなくても、双葉くんは私から離れていくわ」

「そんなこと‥‥‥」

「迷惑かけてるのも分かってる。でもどうしたらいいのか分からないのよ」

「別に離れたりしないですよ。ちゃんと友達だと思ってます。最初は桜橋先輩も美山のことも信用してませんでしたけど、今は違うので」 

「でも‥‥‥」

「俺、SNSで悪口言われたのは、きっと今まで人に優しくなかった見返りだと思うんです」

「ハニートラップじゃないの?」

「そうですけど、きっと自分のやり方も間違ってたんです。だから、そばにいてくれる二人には優しくなりたい。こんなことで離れたりしないです」

「‥‥‥私は、友達じゃなくて恋人になりたい。婚約と結婚とか、もう先走ったこと言わないから‥‥‥私を双葉くんの特別にして‥‥‥」

「本当、今言うとかずるいですよ。それに、自分の気持ちに気づいてたんですか?」


桜橋先輩は何も言わずにうなずいた。


「ちゃんと考えるので、待っててください」

「分かったわ。あと、これだけは言わせて」

「なんですか?」

「私の勝手な考えや感情で双葉くん巻き込んでしまったのに、そんな私に好きを教えてくれてありがとう」

「い、いえ‥‥‥」

「心の底から好きよ」

「‥‥‥」


桜橋先輩は顔を真っ赤にして逃げるように走って部屋を出て行き、そのまま帰ってしまった。


そのあとすぐに『これで今まで通り愛を育んでも、美山さんも文句言えないわよね』とメッセージが届き、アホは恋してもアホなんだなと思ってしまった。

本当に好きでいてくれてるんだろうけど、わざわざこれからもエロいことしてくる宣言を遠回しにしなくても。

あれか、好きと愛は別物ってやつか?でも、好きって気持ちに気づいた桜橋先輩が、まだ愛と性を勘違いしていたら‥‥‥今まで以上にエスカレートとかしないよな‥‥‥

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