この感情


8月11日、約束通りに朝から生徒会室へやって来ると、桜橋先輩はアロワナに人工フードを与えていた。


「結構豪快に食べますね」

「あら、おはよう」

「おはようございます」

「このアロワナは6年生きてるそうよ」

「桜橋先輩が買ってきたんじゃないんですか?」

「違うわよ。私ならもっと可愛いのを飼いたいわ」

「モルモットとかですか?」

「モルモットなら学校中に居るじゃない。みんな私の実験動物」

「なんですかそのキャラ。気持ち悪っ」

「ねぇ!」


ぷくーっと頬を膨らませて俺を睨みつけてくるが、可愛すぎて全然怖くない。


「悪者っぽくてカッコいいじゃない!それより本題なのだけど」

「表情と話題の急カーブ!」


桜橋先輩は急にキリッとした表情になり、椅子に腰掛けた。


「双葉くんが生徒会に入ったことが既に広まっているの」

「なにか問題なんですか?」

「今まで私1人でやっていたのに『急にあの双葉が生徒会とかありえねー』てな感じでね」

「なんかあったら助けてくださいよ」

「まぁ、夏休みが終わるまでは大丈夫よ。なにかあれば美山さんがなんとかしてくれるわ」

「えぇー‥‥‥そもそも、俺誰にも言ってませんよ」

「私も言ってないわよ?」

「桃が聞いてたんですかね」

「それはないわ。この生徒会室は扉の前まで来ても中の声が聞こえない防音になっているの」

「へー‥‥‥まぁいいや」


その時、美山から電話がかかってきた。


「もしもし?」

「文月くん!」

「どうした?」

「今日夏祭り行かない?」

「夏祭りかー、んー」

「なにか予定ある?」

「ちょっと保留にする」

「分かった!」


一度電話を保留にして、桜橋先輩に質問することにした。


「今日って何時に帰れます?」

「未定」

「なんの仕事するんですか?」

「未定」

「え、なんで俺呼ばれんだんですか」

「気分」


絶対なにかある。じゃなきゃ日にちを指定して俺を呼んだりしないはずだ。

とりあえず保留を解除するか。


「美山」

「ん?」

「まだ行けるか分からないわ」

「そっかー、行けそうだったら電話して?」

「了解。誘ってくれてありがとうな」

「文月くんとしか行く人いないからさ!文月くんと行きたいし!」


なんだそれ、無理にでも行ってあげたくなるわ。


「ありがとう。それじゃ行けたら電話する」

「分かった!じゃあね!」

「おう」


祭りも行きたいし早く帰りたいのに、桜橋先輩は紅茶を飲んで仕事をする気配がゼロだ。


「なにもしないなら帰りすよ?」

「今日は夏祭り!」 

「え」


急に元気になり椅子から立ち上がり、ワクワクした表情で近づいてくる。


「私達が一緒に夏祭りに行かないでどうするのよ!行きましょ!一緒に!」

「美山の方が先に言ってきたので美山と行きます」

「そっ。さよなら」

「いいんですか⁉︎」

「美山さんに先を越されていたのなら仕方ないわ」


なんでそんな悲しそうな顔するの⁉︎なんか俺が悪いことしたみたいじゃん‼︎


「とりあえず帰っていいですか?」

「いいわよ。またね」

「は、はい」


若干心苦しくなりながらも生徒会室を出て廊下を歩いていると、前から桃が歩いてきた。


「久しぶりな感じしますね」

「まぁ、確かに。あのあと心霊写真とか撮れたか?」

「いえ、それらしいものはなにも」

「そうかー。いつか写ったらいいな」


そう言い残してその場から立ち去ることにしたが


「会長の秘密、知りたくありませんか?」


興味をそそられる発言に思わず振り返ってしまった。


「桜橋先輩の?」

「そうです」

「気になる!」

「この前、一緒に心霊スポット行ってくれたお礼に教えてあげます」 

「頼む」

「あの人、双葉さんとはすごく気さくに話していてアホっぽいところありましたけど」


バレてるじゃん!可哀想に!


「すごく頭がいいですよ」 

「いや、知ってるし」 

「勉強ができるとか、そういうことじゃありません。それにとても優しい、そしてとても怖い」

「それじゃどういうことだ?」

「双葉さんは過去に、ネット配信をしてましたよね」

「‥‥‥」

「大丈夫です、誰にも言うつもりはないです。ただ、声が同じだったので気づいただけです」

「そ、それで?」 

「最近まで、ずっと双葉さんへの誹謗中傷は続いてました」  


まだ続いてたのかよ‥‥‥


「それを会長は見事に止めて見せたんです」

「え?」

「会長はSNSのアカウントを作って、ずっと被害者ぶりながら人を騙していた女性、双葉くんを陥れた女性ですね。その人にコンタクトを取りました」

「どんな‥‥‥」

「お金を渡す代わりに、もうやめてくれませんかって。それでその交渉は成立しましたが、その瞬間、散々人の悪口言って引退まで追い込んだのに金で納得するのかって、次は女性が悪く言われるようになりました」

「マジか‥‥‥」

「会長は最初からお金なんて渡すつもりはなかったんです。私も双葉くんの視聴者でしたから、会長本人に聞いたんです。会長は『人は悲しみや苦しみを知って変わっていく。同じ苦しみを知って、次はそんなふうに苦しむ人に優しくなれたらいいの』って言ってました」

「そうか‥‥‥」


俺は桜橋先輩を少し誤解していたかもしれない。


「それで、美山さんの話もしてくれました」

「聞かせてくれ」 

「全校集会で美山さんへのいじめを辞めさせようとしたけど、一夜漬けで双葉さんの過去を調べて解決に取りかかったのが原因で、考える時間が少なくなってしまったようです」

「桃って、実は桜橋先輩と仲良いのか?」

「いえ、部活のことでよく生徒会室に行くことがあるので、さりげなく聞き出してるだけです」

「なるほどな」

「それだけです。また心霊スポット行きましょうね」

「お、おう」


そうか‥‥‥桜橋先輩が‥‥‥にしても、桃は何回話しても不思議で不気味だ。あの雰囲気にはなかなか慣れない。


そのまま一度家に帰り、16時に夏祭りの会場で美山と集合する約束をした。


そして16時、祭り会場の東に位置する入り口付近で美山を待っていると、美山はシンプルでお洒落な、白色ベースの私服を着てやってきた。


「お待たせ!」

「広いのによく見つけられたな」

「文月くんなら、入り口付近って言っても絶対隅の方にいるって思ってたし!簡単に見つかった!」

「そうか」

「さっそくなにか食べたいものとかある?なんでも奢ってあげるよ!」

「奢らなくていいよ!」

「遠慮しないでよ〜」

「お小遣い貰ってきたからさ」

「幾ら?」

「3000円」

「焼きそばも買えないじゃん‼︎」

「買えるわ‼︎とにかく適当に歩こうぜ」

「うん!」


桜橋先輩が居ない時の美山は、いつも通りの元気で優しい感じだな。ずっとこのままだったらいいのに。


それから適当に出店を見て周り、りんご飴を食べたり、一回だけくじ引きを引いてハズレのキーホルダーを貰ったりしながら、それなりに夏祭りを満喫していた。

だが、桜浜学園の生徒も沢山いて、俺と美山が一緒に夏祭りに来ていることをよく思っていないのか、目が合うたびに鋭い目つきで睨まれる。


「あー、帰りてー」

「ん?なんか言った?」

「い、いや別に」

「そういえば、19時から花火大会があるんだけど、私見れるか分からないんだよね」

「そうなのか?」

「今日お母さんの誕生日でね、でもお父さんから電話くるまでは遊べるよ!」

「んじゃそれまで遊ぶか」

「そうしよ!」


まさか女の子と2人で夏祭りに来る日が来るなんて思ってなかったなー。意外と楽しいし!


「輪投げしに行こ!」

「え⁉︎」


美山は自然に俺と手を繋ぎ、ニコニコしながら輪投げ屋に向かって歩き出した。


「こ、こんなの見られたらまた悪口言われるぞ」

「悪口言われても、文月くんとこうやってられるならいいよー!」


俺はよくないんですけど⁉︎


「今、手汗すごいと思うんだけど」 

「全然!文月くんの汗なら飲みたいぐらいだよ!」

「え、キモ」

「なんでそういうこと言うの?あ、分かった!会長のせいで口の悪さが移っちゃったんだね!やっぱり会長は悪。消さなきゃ」


あー、美山の地雷踏んじゃった。


「桜橋先輩は関係ないって」

「あ!輪投げあった!」


あ、うん、楽しそうでなにより。


輪投げ屋にやってくると、美山は羊の置物を指差して目を輝かせた。


「見て!可愛い!」

「あれ狙ってみるか?」

「やってみよ!」


美山が2人分お金を払ってくれ、最初に美山が三回輪を投げたが、全部惜しい感じに外してしまった。


「意外と難しい!」

「んじゃ次は俺だな!」

「頑張って!」


羊の置物を狙って投げた輪は、一個奥のヤギの置物に入った。


「おめでとう!はい、ヤギね!」

「あ、ありがとうございます。美山、ヤギでいい?」

「くれるの⁉︎」

「おう」

「やった!文月くんから貰っちゃった!」


こうやって喜ばれると、本当好きになりそうになる。女の笑顔ってすげー。


そして2回目は何にも入らず、ラストの輪は羊の置物にガッツリ入ることなく、頭に引っかかった状態になってしまった。


「あれゲットになりません?」

「これはダメだねー」

「欲しいです!」 

「んー、よし!お嬢ちゃん可愛いからゲットってことにしてやる!」 

「ありがとうございます!」 

「可愛いって特だな」


俺がそう言うと、美山は少し顔を赤くして顔を逸らされてしまった。

そして唐揚げを買いに歩いている時、また手を繋がれて立ち止まった。


「さっきの、文月くんも私のこと可愛いとか思ってくれてるってこと?」

「えっ、あー、うん」 

「えへ♡」

「う、嬉しそうだな」

「嬉しいに決まってる!」

「そ、そうか」


あ〜‼︎可愛い可愛い可愛い‼︎夏祭り効果ってやつか⁉︎なんなんだ⁉︎


なんだかいい雰囲気のまま夏祭りを楽しんでいると、花火まであと10分の18時50分に美山の携帯が鳴ってしまった。


「ごめん、もう帰らなきゃ」

「花火まであと少しだったのにな」

「またいつか見れるよ!今日はありがとう!今までで一番楽しかった!」

「一番って言葉が一番信用できないわ」


あ、やばい、また地雷踏んだかも。


美山はムッとした表情を見せたが、すぐ笑顔に戻って、ヤギと羊の置物をポケットから取り出した。


「これ大事にするね!」

「おう。一応俺も言っておくわ」

「なに?」

「高校生になってから一番楽しかった」

「今まででじゃないんだ!でもよかった!また遊ぼうね!」

「おう」


自転車で帰っていく美山を見送り、知らないカップルが座るベンチに気配を消して座り込んだ。


せっかくだから花火見てから帰ろう。


そして花火大会が始まり、花火を見ている時に桃が言っていたことを思い出した。

すると自然と桜橋先輩の悲しげな表情が頭に浮かび、気づけば俺は自転車で桜橋先輩の家に向かっていた。


一発だけでもいい。一緒に花火を見てあげたい!あの人はアホだけど、なにも言わずに俺の過去を救ってくれていたんだ。

頼む!間に合ってくれ!


それから全力で自転車を漕ぎ、桜橋先輩の家の前に来ると、そのタイミングで遠くから聞こえていた花火の音が止まり、空は真っ暗になってしまった。


「双葉くん?」

「あ」


桜橋先輩は二階の窓から俺を見下ろし、すぐに一回に降りて玄関を出てきた。


「どうしたの?」

「いや、一緒に花火を見ようかなって」

「え‥‥‥美山さんは?」

「親の誕生日だからって、途中で帰りました」

「そうなの。すごい汗よ?今タオルを持ってくるわね」

「いいです」

「双葉くん?」


俺はまた自転車を漕いで近くのコンビニに向かい、ロウソクとライターと花火にお小遣い全てを使い、また桜橋先輩の家に戻ると、桜橋先輩はずっと外で待っていてくれた。


「なにしてるんですか?戻ってくるなんて言いましたっけ」

「戻ってくるような気がしたのよ」

「そうですか。後ろ乗ってください」

「えっ、ダメよ!」

「バレなきゃ大丈夫ですって!」

「私は生徒会長なのよ?」

「んじゃ、花火やらなくていいんですね」


自転車のカゴに入れていた花火を見せると、桜橋先輩は嬉しい気持ちを隠すように静かに後ろに座った。

そのまま桜橋先輩を乗せて近くの公園に向かう途中、桜橋先輩は小さな手で俺の服を掴みながら聞いてきた。


「どうして来てくれたの?」

「桜橋先輩を信じたいと思ったからです」

「どういうこと?」

「先輩はアホっすけど、すごく優しいです。俺のために動いてくれて、なのにそれを俺には言いませんでした」

「聞いたのね」

「はい。ありがとうございます」

「私がしたいと思ったことをしただけよ」

「それが愛かもしれませんね」

「‥‥‥え?」

「ちょっと急ぎますね!」


それから俺達は言葉を交わすことなく公園までやってきて、さっそく花火の準備を始めた。


「私、花火とか初めてで、火傷とかしないかしら」

「大丈夫ですよ、やり方教えるので」

「ありがとう」


そして花火の袋に手を伸ばした時、桜橋先輩の手とぶつかり、桜橋先輩は頬を赤くして手を引っ込めた。


「な、なんですかその反応、らしくないですね」

「べ、別に普通よ」


変な緊張感の中で花火を袋から出し、桜橋先輩に一本の花火を渡した。


「先端に火をつけてください」

「分かったわ」


そして花火に火がつくと、子供のような笑顔で花火を見つめ、それを見てると俺も嬉しくなり、一緒に花火を楽しんだ。


「誰かが捨てていったバケツがあってよかったですね」 

「そうね!これは私が持ち帰るわ」

「助かります。花火どうでした?」

「凄く楽しかったわ!私、双葉くんと友達になれてよかった!」


どうせ桜橋先輩のことだ『これで恋人になれるわね!』とか意味わからないことを言うに違いない。


「い、いつか、恋人?‥‥‥なれたらいいわね‥‥‥」

「え」

「は、早く自転車で家に送りなさい!」

「また二人乗りするんですか?」

「当たり前よ!」

「悪い生徒会長ですね」


ハンドルにバケツをかけて自転車に跨ると、桜橋先輩は後ろに座り、また服をギュッと掴んだ。


「悪いことも、この感情も双葉くんが教えたのよ」

「この感情?」

「は、早く帰って舐め合いっこしましょ!」

「なにを⁉︎」

「いろんなところ!愛を感じたい!」

「送ってすぐ帰ります」 

「えー!」

「大きい声出すなアホ」

「むっ‼︎」


あー、なんか違和感感じたけど、やっぱりいつものアホな桜橋先輩だったわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る