悪くない


俺はいつの間にか寝てしまっていて、目を覚ますと外はすっかり明るくなっていて、目の前に桜橋先輩の顔があり、首元に桜橋先輩の胸があった。


慌てて離れようとすると、桜橋先輩の素肌に触れてしまい、ドキっとして動けない。


「起きた?」

「美山‥‥‥」


美山は俺の部屋で床に座りながら俺が起きるのを待っていた。


「可哀想‥‥‥」

「ん?」

「文月くんが可哀想」

「な、なんで?」

「会長に無理矢理抱きつかれて‥‥‥嫌だったよね」

「お、おう!嫌だった!」


てか、桜橋先輩顔近いよ〜‼︎


「ふっ‼︎」

「ぐあっ!」


美山が急に桜橋先輩の背中を殴り、衝撃で桜橋先輩のおでこと俺のおでこがぶつかったが、桜橋先輩は少し顔を歪めるだけで全く起きない。

実は朝弱い系なのか?


「どうして起きないんですか‼︎」

「美山、無理矢理でいいから桜橋先輩を引き剥がしてくれ!」

「分かった!」


美山は勢いよく掛け布団を取ると、下着姿の桜橋先輩を見て固まった。


「‥‥‥は?」

「お、俺は悪く無いぞ⁉︎桜橋先輩がいきなり!」

「大丈夫。今すぐ助けてあげるから」


そう言って無理矢理俺から桜橋先輩を引き離し、桜橋先輩は床に落ちると、痛がりながら目を覚ました。


「痛いわ‥‥‥」

「えっろ‥‥‥」

「文月くん!見ちゃダメだよ!」

「すまん!」


慌てて布団に潜ると、桜橋先輩のいい匂いが残っていて、これはこれであり。


「なんなのよ。貴方この前から失礼よ」

「会長が悪いんですよ?」

「いじめを止めてあげた恩を忘れたのかしら」

「止まってませんよ」

「あら、それは残念ね」


止まってないのかー。まぁ、鍵垢までは桜橋先輩も見れないしな。新しいアカウントを作られちゃどうしようもない。


「とにかく服着てください」 

「そうね」


桜橋先輩が服を着るために部屋を出ていく音がしてベッドから顔を出すと、美山が少し悲しそうな顔をしていた。


「どうした?」

「前に話したことなんだけどね、やっぱり気になってSNS見ちゃう」

「そりゃ気になるよな。俺も最初は、新しい悪口が書いてないか気になって、真夜中に目覚まして寝ぼけたまま携帯いじったりしてたし」

「そうなの!ずっと寝不足でさ、でもなんでか昨晩はいっぱい寝れたの」


そりゃ睡眠薬盛られてたからな‥‥‥


「きっと文月くんが側にいてくれる安心で寝れたんだと思う!」


めちゃくちゃ睡眠薬だって言いづらい流れキタ‼︎


「だからね、これからもたまに泊まりに来たいなって」

「ダメだ」

「どうして?」

「それは解決にならないからだよ。美山には逃げる強さもなかった。だから次は戦おう!もちろん俺も協力する」

「そんなことしたら、文月くんもますます嫌われちゃう」

「ま、ますますね‥‥‥でも、今の俺にとっては嫌われてるってのは武器だ。もうなんも怖くない」

「やっぱり文月くんは私のヒーローになってくれる人なんだ!」

「でも約束してくれ」

「なに?」

「桜橋先輩を傷つけないでくれ」

「どうして?」


急に暗くなる声に多少ビビりながらも話を続けた。


「あの人は本当に悪気がないんだよ。桜橋先輩は桜橋先輩で、寂しかった過去がある。それで愛を知りたくて必死なんだ。寂しかった過去を埋めたいだけなんだよ。一人きりの寂しさとか辛さは俺にも分かる。美山も分かるだろ?」

「うん‥‥‥」

「桜橋先輩とだけでも仲良くできないか?桜橋先輩は美山と遊べて楽しかったからいじめを辞めさせようとしてくれたんだぞ?」

「どうして会長を庇うの?」

「え、そういうわけじゃなくて」

「でもいいんだ!」


美山はニコニコしながら俺に抱きつき、顔に頬をすりすりしてきた。


「会長のことなんて考えなくて済むように、私が文月くんを満たしてあげるから!」

「そ、そうか」

「うん!文月くんは私がいればいいでしょ?」

「いや別に」

「どうしちゃったの⁉︎」

「こっちのセリフなんだけど⁉︎最近の女子高生はこんなにスキンシップ激し目なのか⁉俺の心臓が保たねーよ!︎」

「私も抱きつくとドキドキするから同じだね♡」


言ってることも笑顔も可愛いのに、どうしてヤンデレ気質なんだよ!


「お待たせ」


桜橋先輩は制服姿で部屋に戻ってきて、俺が抱きつかれているのを見ても無表情だった。


「私はこれから学校に行かなきゃいけないの。双葉くん、付いてきなさい」

「えー、なんでですかー?」

「会長命令」

「私も行きます」

「美山さんは不要だわ。遊びに行くわけじゃないの」

「文月くんを会長と二人きりにさせなきゃいけないとか、心配で仕方ありません」

「心配しなくて大丈夫よ?仕事をするだけだから」


美山は納得できなそうに少し苛立ちながらも、俺から離れてくれた。


「なにかされたら、すぐ電話して?」

「分かった」

「そのなにかの度合いによってはチェンソー持っていくから」

「捕まるわ!」

「私、文月くんのためなら捕まっても構わないよ!」


こんな狂った子だと思わなかった。優しくて清楚な美山はどこへ。


結局、俺も制服に着替えて美山とは家の前で別れ、桜橋先輩と一緒に学校へ向かった。


そして学校に着くと真っ先に生徒会室にやってきて、桜橋先輩は机の引き出しから一枚の書類を取り出した。


「生徒会に入るための書類よ」

「これにサインすればいいんですか?」

「そう。簡単でしょ?」

「はい」


ボールペンを借りてサインをしたものの、どうして生徒会に入れさせられたのか詳しく知りたいと思い、聞いてみることにした。


「どうして俺を生徒会に入れたんですか?」

「一人でやっていくには、心に限界があるからよ」

「体力じゃなくてですか?」

「心。いつか美山さんも入れたいわね」

「美山も⁉︎毎日喧嘩になるんじゃ‥‥‥」

「美山さんの歪んだ愛、あれはいじめや孤独が作り出したものだと思うわ。だから、美山さんは悪くない」

「はぁー、どうしてそういうことが分かるのに、常識を理解できないんですか」


そう言うと、桜橋先輩は淑やかに微かな笑みを浮かべた。


「だって、私はアホだから」


その表情と言葉で、桜橋先輩が本当にアホなのか、不思議と疑ってしまった。


「そうそう、8月11日もここに来なさい」

「えっ、その日は夏祭りですよ?」

「行く予定があるの?」

「ないですけど、暇だったら適当にブラブラしてみようかなって思ってました」

「なら問題ないわね」

「まぁー、別にいいですけど。ちなみに、生徒会に入るのは夏休み明けって言ってましたけど、俺って既に生徒会のメンバーなんですか?」

「サインをしたからそうね。ただ、その銅の紋章が銀になるのは夏休み明けからね。発注がまだだから」

「金じゃないんですか?」

「金は生徒会長だけよ。それじゃ、さっそく生徒会の仕事をするわよ」

「は、はい」

「まずは部費を上げてほしいと言っていたオカルト部について話し合いましょ」

「オカルト部なんてあるんですか?」

「あるわよ?今は夏だから、心霊スポットに行く交通費が足りないとかでお金が必要みたいなの」

「お金あげたらいいじゃないですか」

「心霊スポットに行くリスクを考えると、すぐには渡せないのよ。行くのはだいたい夜でしょ?部活中に怪我や遭難が起きたら大変だわ」

「なるほど。んじゃあげないってことで」

「双葉くん」

「はい?」

「生徒会向いてないわね」

「自分が一番分かってますよ!てか、みんなお金持ちなんだから自腹で行けばいいじゃないですか!」

「あのー」

「あら、オカルト部の」


噂をすれば、オカルト部の女子生徒がやってきた。


「先生から会長が来てるって聞いたので」

「なにか用?」

「前に話した部費のことなんですけど」

「ちょうど話していたところよ」

「そうなんですかー。リスクを考えるとって前に言ってましたけど、心配なら是非会長もご一緒に」

「んー、そうね。そうするわ」

「ありがとうございます。それじゃ三日後の18時、学校の前に来てください」

「分かったわ」

「それじゃ失礼しますー」


どことなく暗い雰囲気の人だった。それでいてオカルト部とか怖すぎ。


「どーしましょ!」

「はい⁉︎」


オカルト部の女子生徒が生徒会室を出て行った途端、桜橋先輩は急に頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「私ホラーとかダメなのよ!」

「んじゃなんで行くって言ったんですか!」

「会長がビビリとかカッコ悪いじゃない!」

「知らないですよ!俺は行きませんからね!」

「やだ!一緒に行って!」

「子供か!」

「子供でいいもん!双葉くんが行かないならドタキャンする!」

「はー⁉︎その方がカッコ悪いわ!」


桜橋先輩は急に立ち上がり、俺の手を掴んで無理矢理胸を揉ませた。


「なっ⁉︎」

「私のおっぱいの方が好きなのよね?夏休み明け、双葉くんの発言が校内に流れるのが楽しみね」

「行きましょう」

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