なぞる舌


「文月くん」


お昼1時間前の休憩時間、美山が俺の席の前にしゃがんで声をかけてきた。


「んー?」

「今日のお昼の話聞いた?」

「何も聞いてないけど」

「売店で限定10個のシュークリームが出るらしいよ」

「興味ない」

「えー!二千円の高級シュークリームだよ⁉︎」

「買えなわ!」

「買ってあげるから、一緒に走らない?」

「一年の俺らがそんな目立ったらヤバイだろ」

「大丈夫でしょ。私達が買えて文句言うとかカッコ悪すぎるもん」


でもなー、俺は嫌われ者で美山はいじめられっ子。絶対目立っちゃいけないと思うんだけどな。なにか言われても、美山を守る勇気なんてないし。


「ね!走ろうよ!美味しいもの食べてストレス発散したい!」

「そっか。なら走ろう」

「やった!お昼のチャイムが鳴った瞬間に走ってね!」

「了解」


ストレス発散なら仕方ない。俺も過去にネットで嫌な思いしてるし、気持ちは分かる。まぁ、今も言われてるなんて知らなかったけど。


それから退屈な授業を受け、昼休みを告げるチャイムが鳴った。


「急げー!」


え〜⁉︎みんな走るの⁉︎そんなに人気なのかよ‼︎


「文月くん早く!」

「お、おう!」


廊下に出ると、全クラスから生徒が走って出てきていて、この調子だと他の学年も全員走ってるはずだ。って、もう美山居ないし!もう無理だろうし歩いて行こう。


騒がしい校内を肩をぶつけられながら歩いていくと、階段で桜橋先輩と会ってしまった。


「ちょうどよかったわ。シュークリーム買ったから一緒に食べましょう」

「あ、今美山も買いに行ってるんですよ」

「買えたかしらね」

「どうでしょうね。桜橋先輩も走ったんですか?」

「生徒会は無条件で買えるのよ。10個とは別に、生徒会室まで売りにきてくれるの」

「最高ですね」 

「さぁ、生徒会室でゆっくり食べましょう」 

「話聞いてました?」


その時、美山が嬉しそうに階段を駆け上がってきた。


「文月くん!買えたよ!」

「すっげ!」

「うわ、会長」

「その反応はなにかしら」


美山が桜橋先輩を見て顔を引きつらせた時、後から階段を上がってきた三人の女子生徒のうち一人が美山の肩に強めにぶつかり、美山はシュークリームを落としてしまった。


「あっ、ごめんねー?」

「いいよ」

「待ちなさい」


クスクスと笑いながら立ち去ろうとする女子生徒達を桜橋先輩が呼び止めた。


「は、はい。なんですか?」

「今のふざけた謝罪はなにかしら」

「別にふざけてなんて‥‥‥」

「わざとぶつかって馬鹿にして、そんなに楽しいかしら?」

「いや‥‥‥その」

「貴方達のような人を見てると虫唾が走るのよ。次私の目の前でなにかあれば、貴方達の処分を視野に入れます」

「ご、ごめんなさい‥‥‥」

「消えなさい」

「はい‥‥‥」


か‥‥‥かっけ〜‼︎‼︎‼︎


「桜橋先輩!やればできるじゃないですか!それでこそ会長ですよ!」

「そ、そうかしら?」

「なんてことしてくれたんですか」

「助けてあげたのに不満?」

「目に見える、堂々としたいじめの方がマシなんですよ。これじゃネットでの悪口が悪化します」

「そっ。私の知ったことではないわね」

「だったら最初から首突っ込まないでください!」

「美山?桜橋先輩は優しさで言ってくれたんだぞ?」

「文月くんは分かる?ネットだとね、私のことなんて知らない人もハエみたいに集って、私を馬鹿にするんだよ?」

「あぁ、分かるよ。俺はその経験を中学の時に乗り越えたからな」

「そ、そうなの?」

「やっぱり、双葉くんにはなにかあると思っていたわ」

「え、俺そんな素振りしたことないですけど」

「目よ」

「目ですか?」

「美山さんにも思い当たる節があるんじゃないかしら?双葉くんはどんな話をする時も、私達の心を見透かしているような、疑っているような目をしているわ」


桜橋先輩はただのアホじゃない。俺は確かに、どうせいつか離れていく、どうせいつか裏切られると、人を信じていない。


「そんなことないですよ!やっぱりアホっすね!」


美山が不安そうに俺を見つめるなか、桜橋先輩は淑やかに笑みを浮かべて去っていった。


なんなんだ?桜橋先輩なら、無理矢理にでも一緒に食べようと生徒会室に連れていくと思ったんだけどな。とりあえず、ありがたく美山とシュークリームを食べよう。


「よし、シュークリーム食べるか」

「そうだね!」


教室に戻って二人でシュークリームを食べていると、美山はさっきのことは忘れているかのように、口元にクリームを付けて幸せそうにしている。


「クリーム付いてるぞ」

「え!嘘!」

「嘘」

「もう!ビックリした!」


それも嘘。本当に付いてるけど、可愛いからこのままにしておこう!


「にしても美味しいね!」

「かなり美味い!二千円は高すぎだけど」

「そうかな?」


いつもどんなもの食って生活してんだよ!どう考えても高いだろ!コンビニなら高くても200円ぐらいだぞ!


「そういえば今更なんだけど」

「なんだ?」

「連絡先変更しよ?」

「別にいいけど」

「ありがとう!」


美山に携帯を渡して連絡先を交換させ、シュークリームを食べた後は普通に弁当を食べて昼休みを終えた。


全ての授業を終えて放課後になると、美山は先に教室を出て行き、10分ほど机の中とロッカーを整理して俺も帰ろうと教室を出ると、知らない番号から電話がかかってきた。


「もしもし」

「生徒会室に来てちょうだい」

「なんで俺の番号知ってるんですか」

「双葉くんが気絶しているうちに携帯を見たもの」

「それ犯罪ですからね⁉︎」

「それじゃ、償うから来なさい」

「はいはい」


絶対償う気ないわ。


気乗りせずに生徒会室に入ると、桜橋先輩は目隠しをし、両手に手錠をはめてソファーに座っていた。


「なにしてるんですか‥‥‥」

「私を好きにしていいわよ」

「はい⁉︎」

「男性は、女性を好きにできることに喜びを感じるらしいの。好きにしやすいように下着は脱いでおいたわ」

「はー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


本当だー‼︎桜橋先輩の足元に下着落ちてる〜‼︎‼︎‼︎しかもピンク‼︎


「ノーブラでワイシャツとかやばいですよ!」

「中に一枚着ているからギリギリセーフよ」

「ギリギリアウトですよ‼︎」

「まずは抱きしめて、愛を感じさせて?」

「無理です!」


でも今なら、しゃがんでスカートの中見てもバレない‼︎だが俺には刺激が強すぎる‼︎そのまま死んでしまうかもしれない‼︎


「もう帰りますね」

「ちょっと待ちなさない。自分じゃ手錠を外せないわ」

「自分で付けたんですよね」 

「そうよ」

「頑張ってください」

「下着のところに鍵があるから取ってちょうだい」

「下着に触れちゃいますよ⁉︎」

「それくらいならいいじゃない」

「絶対お断りです‼︎」

「ほら、言ったでしょ?」

「はい?」


真っ白なカーテンがサワサワ動き、カーテンの後ろから美山が少し恥ずかしそうに出てきた。


「美山⁉︎なんでいんの⁉︎」

「美山さんが、生徒会長である私に喧嘩を売ってきたのよ」

「喧嘩⁉︎」

「双葉くんと私が毎日変なことをしていると勘違いしてね」


勘違い?事実だと思うんだけど。


「だから、なにをしても双葉くんは拒否すると言ったのに疑ってくるから証拠を見せたのよ」

「疑ってごめんなさい」

「いや、俺はいいけど」

「ちなみにその下着は美山さんのよ」

「ふぁ⁉︎」

「か、会長!言わないでくださいよ!」

「美山、今ノーブラノーパン⁉︎」

「う、うるさい!」

「すまん!」


美山ってピンクの下着とか着るんだ‼︎いい‼︎


「早く手錠を取ってくれるかしら」

「美山、頼む」

「う、うん」


美山は桜橋先輩の前にしゃがみ、ミニスカートでギリギリお尻が隠れているが、俺からすれば、それは下着を着ていようがやばい。


「ありがとう」


桜橋先輩は手錠と目隠しを取り、美山の下着を拾った。


「あ、あの、返してもらっていいですか?」

「私に喧嘩を売った罰よ」

「あ〜‼︎‼︎‼︎‼︎」

「あら、女子生徒が拾ってしまったわ。急いだ方がいいわよ?」

「さ、最低‼︎」


桜橋先輩は窓から下着を投げ捨て、美山は顔を真っ赤にしてスカートと胸を押さえながら生徒会室を出て行った。


「さぁ双葉くん!誤解は解けたわ!邪魔者も居なくなったし、愛を感じましょう!」

「え。なっ⁉︎」


勢いよくソファーに押し倒され、手に手錠をはめられてしまった。


「なに⁉︎」

「婚約者ならして当たり前のことをするだけよ」

「だからなに⁉︎」

「この前は耳だけでよく分からなかったの。だから今日は、違う場所を舐めさせて?後で双葉くんにも舐めさせてあげるわ」

「どこ舐める気ですか⁉︎」

「まずは首」

「ひゃー!」


めっちゃ舐められてる‼︎やばい‼︎なんだこの感じ‼︎


「舐めるたびに双葉くんが反応すると、なんだか嬉しいわ!これが愛なのかもしれない!」

「勘弁してください‼︎俺の純粋な体を汚さないでください‼︎」

「体が汚れているの?今綺麗にするわね!」

「ひぃ〜‼︎やめろー‼︎」


しばらく首筋をぺろぺろされた後、桜橋先輩は俺の上に乗ったままニコッと笑みを浮かべた。


「次は双葉くんの番」


桜橋先輩は頬を赤らめて指を俺の唇に添えた。


「これは愛じゃなくて、いけない遊びなんですよ!愛と真逆です!」

「恋人は舐め合いっこするって記事は嘘?」

「嘘じゃないかもしれないですけど、俺達がやっていいことじゃないです!まずは友達とやることを調べてください!」

「今すぐ調べるわ」


桜橋先輩は会長が座る席に着き、ノートパソコンを開いた。


「いや、手錠外してくださいよ」


全く聞いてないし。


そのままソファーに放置されて数分後、桜橋先輩が立ち上がった。


「分かったわ!」

「調べたの、ちゃんとしたサイトですよね?」

「もちろんよ!次の土曜日、ショッピングモールへ遊びにいきましょう!」

「はい!」


あっ、急にまともすぎて、普通にOKしちゃったわ。


「友達になって、次に恋人、そして婚約して結婚なのね!私、初めて友達ができたわ!」

「友達から先は相手の同意が必要ですからね。勘違いしないでくださいね」

「同意しなさい」

「急に⁉︎」

「私達が結婚するのは決定事項よ?ただ、とりあえず段階を踏むだけよ」

「はいはい、とりあえず手錠外せアホ」

「むっ!分かったわよ!まったく、先輩の扱いが雑ね」

「桜橋先輩がイメージ通りの人だったら、こうなってませんよ」

「どんなイメージだったの?」

「頭良くて、怖くて氷みたいに冷たい人です」

「あはは!なにそれ、勝手に決めつけちゃって、まったくアホね!」

「桜橋先輩だけには言われたくないです‼︎‼︎」

「ふふっ」


桜橋先輩とショッピングモールか、なんか嫌な予感するし、美山も誘っておこう。

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