6.悪役令嬢、学校へ行く③

「やぁ、また会ったね!本田さん!」

「はぁ。」

朝ぶつかった青年が、話しかけてきた。

なんとなく胡散臭く感じて距離をとる。

お下げちゃんが目を輝かせた。

「きゃ!本田さん、王子と知り合いなんですか!?」

王子!?この人、この国の王族なのかしら?

王族なのだとしたら、わたくしの不敬は外交問題につながるわ!

カレン・オルコット、しっかりなさい!

「朝のことは申し訳なく思っておりますわ…!ですから…」

「ほんとっカッコよすぎて王子様みたいだね!」

頬を染めながらイインチョウがいった。

なんだ…本物の王族ではないのか。

「一気に興味なさそうな顔になったね!本田さん。」

キラキラとなにやら振り撒きながら、王子を語る不届きものが、顔を近づけてきた。

「近いわ。それと、なんでわたくしの名前を知っているの?」

「俺、学校に通ってる生徒の名前、全員おぼえてるんだ!それに、本田さんとはよく順位争いをしてるからね!」

さらに、距離をつめてくる。

「近いわ。…そうだったのね。」

あの授業についていけるのは、素直に尊敬する。

「王子も頭いいですもんね!」

「ありがとう。百瀬さん!」

「私の名前も覚えていてくれたんですか!?嬉しい…!」

お下げちゃんが、今にも天に登りそうな顔になる。

「王子!私の名前も呼んで!」

「わたしのも!」

いつの間にか、クラスの女の子達が集まってきて、もみくちゃにされる。

とくにリボンの大きな女の子に、弾き飛ばされてしまった。

あぁ!もう!女の子との素敵なランチタイムがあいつのせいで、めちゃくちゃだわ!

そう思って席につこうとした時、

「待って!」

パシッ

男に手を捕まれ、紙を手のひらにねじ込まれる。

「よろしくね?本田さん?」

彼はにっこりと笑った。

そして、そのまま廊下の向こうへ行ってしまう。

「あー!王子、優しいし、かっこよかったね!あれで、さらにお金持ちっていうんだから、すごいよね!本田さん!」

イインチョウが言う。

「優しいかしら…?」

紙を開くと

「放課後、校舎裏で」

と書いてあった。

…捕まれた腕は赤くなって、ヒリヒリする。


5限目、6限目:体育

「今日は、短距離走です。クラウチングスタートでやりますからねー。」

生徒達から、ブーイングの声が上がる。

それにしても、このズボン短かすぎないかしら!?

体育は2クラス合同で、男女が別だからまだましだけれど…。

「頑張ろうね!本田さん!」

隣はイインチョウだ。

いよいよ順番が回ってくる

「オンユアマーク」

位置につき、

「セット」

腰を高くあげ、

バンッ

走る。

景色がビュンビュンと流れていって、世界に自分一人しかいないように感じる。

重いドレスを脱ぎ捨てて、今わたくしは走っている。

…気持ちいいわ!

「8.40」

ゴールをした様で振り返ると、イインチョウがまだ走っていた。

気づいていなかったが、意外と自分は運動が好きなのかもしれない…

「かっこいい…!」

「すごい!本田さん、そんなに早かったっけ?」

え!?

「いえ、その、偶然だわ!風が味方したのね!」

うふふ、うふふとごまかす。

校庭の奥の方で歓声が聞こえてきた。男子のチームだ。

ドレミの音楽に合わせて、男子達が走っているのだが、少しずつ脱落している。

楽しそうな競技だ。

「あれ、なんというのかしら?」

「シャトルランですよ!音楽がなり終わるまでに、たどり着かなくちゃいけないんです。」

話している間にも少しずつ数は減っていき、最後に残ったのは…

「凄い!王子、残ってます!運動も出来るなんて、かっこいいなぁ!」

「あれくらい、わたくしだってできるわ!…多分。」

「本田さんも、かっこいいですよ!」

「…ありがとう!」

女子からも応援する人が現れ始めた。 とくに、大きなリボンをつけた女の子が、黄色い声をあげている。

王子の独走は、150をこえたあたりでようやく終わった。他の男子とハイタッチをかわしている。と、突然こちらの方を向き、にっこり笑って手を振ってきた。

女子から歓声が上がる。

「今のは絶対私だ!」

「いや、わたし!」

…とりあえず、わたくしでないことだけは確かだわ。欠伸を噛み殺しながら、そう思った。


放課後

「じゃあ、私、部活だから!」

「私もです。また明日~!」

「ええ。また明日ね!」

イインチョウとお下げちゃんが居なくなった後、昼間もらった紙を取り出す。

校舎裏…ねぇ?

決闘の申し出かしら。手袋を投げつけられる準備をしておかないと。

気が進まないが、校舎裏に向かっていると

「本田さん、どういうつもり?」

リボンの大きな女の子につめよられてしまった。

「朝、王子と親しげにしゃべっちゃって、彼女気取り?」

「親しげに話した記憶がないのだけれど。」

リボンちゃんがバケツを持っているのが気になって話に集中できない。

何に使うのかしら…?

「とにかくっ、王子は私の王子なの!だから貴女には報いを受けてもらう!」

リボンちゃんがバケツの中身を、わたくしに向かってぶちまけてきた。

え!そう使うの!?

大きな水の塊がとんでくる。

「いいわ!受けて立つ!」

と言っても小さな炎しかだせないけど。

指先に、力を込める。霊気を自分の中に循環させる。深呼吸。すって。はいて。

指先がどんどん、赤く、熱くなってきた。

球状の火炎が出現する。その大きさは…

「え!大きい!?」

部屋で、打ったのとは比べものにならならいくらい大きい。小さい人、1人を飲み込んでしまえそうだ。辺りいったいが、熱気につつまれる。

そして、リボンちゃんがなげた水の塊とぶつかって、

ジュワッ

蒸発してしまった。

「つっっ…」

リボンちゃんは口をパクパクさせた後声にならない悲鳴をあげて、逃げ出していった。

やり過ぎてしまった…。

「本田さん、凄いね。どうやってだしたの?」


後ろから声がして振り向くと、王子がいた。

「人を呼び出す時には名乗るのが礼儀でしてよ。」

「あぁ、すまないね。俺の名前は神谷 透。あだ名は…」

「王子」

それはもう何度も聞いた。

「そう、神谷グループの一人息子にして、文武両道、才色兼備な王子様、それが俺。」

「ずいぶんナルシストなのね。」

「だって事実だから。で、そんな俺になんで君は靡かないのかな?もしかして、彼氏いる?」

何を言っているのかしら、この男は?

なぜか、壁際にジリジリとおいつめられる。

あの時消炭にしておけば良かったわ…。

「いないわ!それより、用事って何?これを聞きたかったの?」

「それも、ある。でも、本題は別にあるんだ。それにしても、本田さんって地味な印象あったけど、結構綺麗な顔してるね?」

耳もとでささやかれたが、この顔は借り物の顔なので、反応に困る。

「え、ええ。本田夏蓮はいい顔をしているわよね。トール、貴方見る目あるわ!」

すると王子こと、トールがガックリくる。

「なんだその反応…なーんか、上手くいかないんだよなぁ…これは色仕掛けは無理か。」

「ふふふ!わたくし、色仕掛けには耐性があってよ。」

想像してみてほしい。

幼い頃から、透き通るような美貌の婚約者が、「君を (姉のように) 慕っている」「君がいないと (兄弟がいないみたいで) 寂しい」と、言ってくる状況を。

一瞬でもドギマギしてしまうと、「すまない。君にはなぜか、恋愛感情を抱けないんだ」と言われてしまうのよ!

なんだか悲しくなってきたわ…。

「ウェスターマーク効果だね。幼い頃から一緒にいると、性的に見れなくなる現象だ。」

「声に出てたかしら?」

「うん。しっかり出てた。なんだか本田さん、面白いことになってるね。婚約者だなんてお嬢様にのりうつられたみたいだ。」

「うっ!そ、そもそも何しに話しかけてきたのよ!」

するとトールは困ったような顔をした

「いや、たいしたことではないんだけどさ。」

「言ってごらんなさいな。」

「朝、ぶつかった時、俺の『ライトノベル』…見た?」

「ライト…ノベル…?あの小さな本のこと?覚えてるわ。えーと確か題名は『悪役令嬢は辺境の獣伯爵に溺愛される』だったかしら?」

これでも映像記憶は優れてる方なのよね。

するとトールは急に無表情になり、

ドンッ

壁に手を思い切りついた。痛くないのかしら…?

これで、わたくしは三方をトールにかこまれ、後ろは壁で、逃げ場がなくなってしまった。

トールの影がわたくしに落ちる。長い睫毛が震えているのが見える。

「誰かに言ったら、殺す。」

「物騒ね!」

「俺はカッコよくて、優しい学園の王子様で通ってるんだ。そんな女々しい本読んでるってしられたら、みんなに幻滅される」

「………」

わからないでも、ない。周囲に反対された趣味を持つのは苦しい。

わたくしにとって、魔法学がそうだった。

鍛えても誰も誉めてくれない。恥ずべきことだと言われる。そのうち、隠れてやるようになった。

…好きを否定されるのは、辛いわね。

「いいわ。黙ってる。」

「え!いいのか!」

「でも、その代わり」

トールが怯えた表情になる。

大丈夫、脅すつもりじゃないから。


「出来ればわたくしに、その本の面白さを紹介してくださいな。」


トールはしばらく絶句した後、

「ふっ。ふふふふ。」

笑いだした。

「ど、どうして笑うのよ!だってその題名、中のお話が気になるわ!」

「いや、本田さんって面白いね。やっぱり。」

「で、答えはどうなのよ!」

トールはニカッと、笑って答えた。

「もちろん!」

その笑顔は今までの王子然とした笑顔ではなく、年相応の笑顔だった。

「そっちのほうがずっと、いいわ。」

「じゃあ、早速語るよ。」

「え!今日!?」

「善は急げというだろう?家まで送っていくから。」

トールが走りだそうとした時、ピタリと止まった。

「それはそうと、さっきの炎どうやってだしたの?」


…どう言い逃れしようかしら?

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