5.悪役令嬢、学校へ行く②

キュッキュッキュッ

肩までの黒髪がさらさら揺れる。

靴を履き替えて、廊下を歩く。

靴底と廊下が擦れる音が心地良い。

キュッ。

華麗なターンを決めて、教室に向き合う。

扉の奥から生徒達の騒ぐ声が聞こえてくる。

3年2組。ここね!

教室のドアを4回ノックする。深呼吸をして、優雅に。朗らかに。

さぁ、素敵な学園生活の始まりよ!

「ごきげんよう!皆様、良い朝ね!」

教室の喧騒が静まり返り、二十組余りの瞳が一斉にこちらを向いた。

………

「あら?」

本当なら、ここで皆が口々に

「おはよう、本田さん!」

と言ってくれる予定なのだけれど…

カーテシーをするつもりだったのに、スカートが短すぎてやめていた。それがいけなかったのかしら?

「わたくしの席はどこかしら?」

そう訪ねると、ポニーテールの女の子が、おそるおそる後ろの方の席を指さした。

スカートの後ろを押さえて、優雅に座る。

教室の皆から、微妙な視線をもらってわたくしは…

凄く、焦っていた!

ここからどう持ち返せばいいのかしら…!?

とりあえず、魔法を見せれば喜ぶ?フミヤもそれで喜んだし。

そう考えていると、隣の席の気弱そうな男子が話しかけて来た。

「ほ、本田さん?どうしたの?頭打った?」

そんなにわたくしの挨拶変だったの!?

教室が騒然としだしす。

(すげぇ!吉本が誰も聞けなかったことに触れた!)

(いけ!吉本!つき進め!)

(吉本、以外と勇気あるな…)

(バッカ、お前本田が高二デビューしたのかも知れないだろ!ここは温かく迎えてやれ!)

小声でなにやら聞こえてくる。

このままでは…わたくしが本田夏蓮でないとバレてしまう!?

どうすれば…どうすれば…

………

自分には長時間悩めないという、欠点がある。

あー!もう、いいわ!なるようにしかならないわ!

「ええ!昨日倒れていたみたい!なんだか、記憶がおぼろげなところがあるみたいで、ごめんあそばせ!」

怖くてぎゅっと目をつぶる。

「…そうなんだ!」

その途端、皆の目がわたくしを憐れむような、優しい目になった。

(頭を打っているなら、しょうがないな)

皆がそう思ってくれたようだ。

「本田さん!次の授業覚えてる?私、学級委員長だし、何でも聞いて!」

ポニーテールの少女こと、イインチョウがにこやかに手をあげる。

「あ、ありがとう。お世話になるわ。」

…このクラスの人々が優しいことはわかった。

わかったのだが…

なんだか、不名誉な学校始めになってしまったわ。


そして、授業が始まる。


1限目:古典

「ここで、李徴が虎になったわけだが…なぜなったか、わかるか?そうだな…本田!」

当てられた。これはわたくしの得意分野だわ…

そう!魔法学!

「二通り考えられますわ。まずひとつ、彼の固有魔法が、虎になる魔法なのではないかということ。変化系の魔法は周囲の光を曲げて行うことが多いですが、彼の場合正確に言えば光を曲げる魔法が本当の魔法で…」

「ほ、本田?」

「もうひとつの可能性として、彼の姿を変えた第三者が、催眠系、相手の精神を操り李徴を虎だと思い込ませたということがあり…」

「本田、止まれ!ストップ!」

「精神を操る魔法は珍しく、禁忌とされていますがわたくしは…」

「本田ァ!」

先生が、いきなり叫びだした。

「は、はい。先生、どうかされたの?」

「本田、止まってくれ。ブレーキかけろ。中二病のF1カーかお前は。」


2限目:数学

「ここが、sine(θ+2nπ)となるからどう言い換えられるか?」

…わからないわ。

「2の34乗=10X乗とおき、log102=0.34として、Xは?」

…わからないわ。

「ここの面積を求められるか?あ、積分使えよ。」

…わからないわ。

「三次方程式は…」

…とりあえず、わからないことが、わかったわ!


3限目:地理

このままでは、聡いで通った、カレン・オルコットの名が廃る!

「えー世界で、最も小麦を多く輸出しているのは…」

「はい!プロメリア王国ですわ!」

「はい、そうアメリ…ん!?どこそこ?一応、地図確認してみようか…」

老先生が地図をだしながら、授業する。

全然大陸の形が違うわ…。


4限目:英語

??????

??????

??????


昼休み

「だめだわ!まったくわからない!」

「本田さん。記憶が曖昧なんでしょ?仕方ないよ」

ミニハンバーグをわけてくれつつ、イインチョウが慰めてくれる。優しいわ…

「でも、あの本田さんがこんなになるなんて、驚き」

「そうかしら?」

「そうだよ。いつも学年30位には入ってる。本田さん、特待生だし、有名だよ。」

本田夏蓮はそんな人だったのね…。

イインチョウの友達。お下げ髪の小柄な少女も話に加わる。

「でも、ホッとしました。一度、お話してみたかったんです。本田さん、忙しそうで話しかけずらい雰囲気ありましたから」

なんだか、わたくしが暇そうという意味にもとれるが、それはいいとして、

そうだったのね…

「二人とも、お願いがあるのだけれど。」

「どうしたの?」

「どうしたんです?」

「わたくしの記憶が戻っても、また、話しかけてほしいの。」

この生活は、本当は本田夏蓮のものだった。

それは、忘れないようにしよう。そして、彼女が戻った時、その居場所が少しでも良いものにできてたら、きっと素敵よね!

「もちろん!」

「もちろんです!」

家同士の確執もなく、あの女、『聖女』が居ないお茶会はなんと平和で素敵だろうか…

でも、わたくしの居場所はここじゃない。

なんとかして、戻る方法を探さなくてはね!

…授業もわからないし。


そのとき、

「あれ?本田さんじゃないか?」

後ろから、どこかで聞いた声がした。

「きゃあ!」

目の前のお下げちゃんが嬉しそうな声をあげる。

…まさか。

ふりかえると、今朝ぶつかった男がいた。


「やぁ、また会ったね。本田さん。」

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