11、駄菓子

 陽子ようこは野菜を刻みながら今日の出来事を振り返っていた。

 振り返ると言っても、圭太けいたを学校に送り届け、すでに事情を説明してあった学校の空き教室を借りて一色いっしきは仕事をする。陽子に至っては勉強だ。宿題と一応受験勉強。受験するかわからないが、受験できると思った時に勉強してませんでしたでは笑えない。

 そして小学校が終わったら圭太を家に送り届け、仕事から夏海なつみが帰ってくるまで家で相手をする。一色は仕事をしているので、これは主に陽子の仕事だった。

 夏海が帰ってきて圭太を引き渡し、帰宅した次第である。


 「そういえば、今日細溝ほそみぞさんに渡してた機械ってなんなんですか?」


 電波妨害なんて言ってたけど、そんなこと簡単にできるのだろうか。それに何故電波を妨害する必要があったのか陽子には皆目見当もつかない。

 テレビを見ていた一色が「あれか」と呟く。


 「あれは結界術とか式神を操作できる機械だ」

 「へぇ・・・えっ、そんなことできるんですか?」


 思わず玉ねぎの皮を剥いていた手を止める。

 

 「ああ。術を落とし込むのは簡単だ。っても、本当に簡易なものだけだぞ。それよりもあの機械自体作れる奴が限られてくるからあんまり普及はしてねーけど」

 

 札とか呪文とか使ってたからそれしか無理だと思っていたが、どうやら術というものも進化を遂げているらしい。


 「でも、なんでわざわざ電波妨害なんてしたんです?」

 「あれは盗聴されるのを嫌がってたからだ」

 「盗聴、ですか?」

 「そうだ。亡くなった圭太の父親が厚労大臣の息子だ。今日いた母親とは血の繋がりはない。それでもあの生活ぶりを見ると、何かしらの援助をしているんだろう。たぶん、息子の過去のDVに関して母親が外部に漏らさないとかいう約束の下な」

 「あの、そのDVってなんで分かったんですか?」


 一色はほぼ断定で話を進めていた。先に情報があったのかとも思ったが、そうであれば陽子に話しておいてくれるはず・・・と思いたい。


 「あー、あれは玄関入ってすぐのところにあった収納棚が凹んでたからかまかけてみただけだ。あとは圭太と視線があまり合わなかった。お前と話してる感じ人見知りではないとすれば、男が怖い。父親が単純に厳しかった線もあるかもしれないがな」

 「なんか・・・刑事みたいですね」

 「刑事課じゃねーけどな。推測はやりすぎると真実が霞むが、ある程度はしないと進むものも進まなくなる」

 「・・・心に留めておきます」


 心のメモ帳を閉じた陽子が今度は冷蔵庫を開ける。

 中には申し訳程度の調味料とチョコレート、バター、牛乳しかなかった。普段料理をしていないのが手にとるようにわかる。


 「一色さん、わたしちょっと出てきます」


 このままでは炒めただけのキャベツをおかずにお湯に使っただけの玉ねぎでご飯を食べる羽目になる。流石に何かしら旨みは欲しい。

 

 「コンビニか?」

 「いえ、スーパーです。冷蔵庫の中空っぽですよ」


 買い出しついでにエプロンも買おう。

 一応服関係については自宅から加護六達が持ってきてくれたが、愛用していたエプロンまではなかった。取りに行ってもいいのだが、同じ東京とはいえ、住所だけかろうじて東京みたいなものだ。今から行くには時間がかかりすぎる。


 買い物バッグと財布を鞄に入れて靴を履いていると、部屋着から私服に着替えた一色も出てきた。

 陽子がきょとんとしていると、「そっちつめろ」と手で払う。


 「一色さんも何か外に用ですか?」

 

 コンビニでも行くのかと思い聞くと、あからさまに怪訝そうな顔をされる。

 あれ、何か変なことでも聞いただろうか。


 「お前な・・・こんな時間に一人で買い出しに行かせられるわけねーだろ。ただでさえ闇は彼岸が近いんだ。ほら、突っ立てないで外に出ろ」

 「・・・・一色さんって不器用ですよね」


 思わずぽつりと本音が漏れた。

 きっと陽子のことを心配してくれているのだろうが、その口の悪さというかぶっきらぼうな雰囲気が親切を帳消しにしてしまっている。

 

 「はぁ?俺、かなり器用な方だぞ」

 「・・・そうですか」

 

 伝わらないのならば仕方ないと陽子はスーパー目指して歩き出す。

 

 「おい、今何か諦めただろ。気になるから話せ」

 「一色さんの勘違いじゃないですか?」

 「いいや、絶対お前何かよからぬこと思っただろ」

 「よからぬことなんて思ってませんよ」

 「じゃあよからぬことじゃなかったら話せよ」

 「・・・一色さん、しつこい男はモテませんよ」

 「お前・・・俺が女に困ったことがあると思うか?」


 そう言われて陽子は改めて一色を見る。

 たしかに身長は高いし、顔はそこら辺の俳優並みには整ってはいる。この容姿ならばどれだけでも選り取り見取りだろう。実際、ほぼ初対面で二股かけていた女に平手打ちを食らう場面に遭遇したくらいだ。困ったとこはないと思うし、実際本人が言ってくるくらいなのだから困ったことはないのだろう。しかし、


 「ないと思いますよ。でも、長続きしなさそうですよね」

 「ぐっ・・・・・・・お前、なかなか痛いところついてくるな」

 「ふふっ。男を見る目だけはあるって花さんから褒められてましたから」

 「・・・・」


 えへんと陽子が胸を張るとやってきたエレベーターに乗り込んだ。

 

 スーパーは徒歩五分圏内に二つもあったが、ネットでチラシを確認して少し遠いがより安い方を選んだ。

 特売の商品はもう残っていない時間帯なので、野菜、肉、卵、調味料すべて必要最低限。朝はパンだという一色の意見を大きく反映させ、パンをカートに入れる。さて、もう十分かと思ったところで一色が消えたことに気付く。加護六かごろくも中々気配を消すのがうまいが、一色はそれ以上に気配がない。


 「もう、どこにいったんだろう」


 きょろきょろと辺りを見渡しながら足を進めていると、何やら真剣な顔で棚を睨む一色を見つけた。


 「一色さん」

 

 声をかけると、一色が「ちょうどいいところに来た」と両手を差し出してきた。


 「・・・・なんですか、これ」


 一色の手に握られていたのは象のイラストのモロッコヨーグルトと蛙みたいなキャラクターが帽子をかぶっているキャベツ太郎だった。


 「えっ、もしかして駄菓子知らねーの?」

 「いや、駄菓子は知ってますよ。食べたことはほとんどないですけど」

 

 陽子の返答に、一色が信じられないものを見るような顔になる。


 「えっ・・・お前の家お菓子禁止だった?」

 「普通に食べてましたよ。でも、プリンとかクッキーとか、あとは煎餅とか和菓子系が多かったですね」

 「はぁ~・・・よし」


 一色はさらに各一つずつ、計四つの駄菓子をカートに入れる。

 

 「わたしはいらないですよ」


 無駄遣いは家計の敵である。

 必要最低限のものしか買うつもりはない。

 

 「いいから食ってみろって。こいつら知らずに死んだら後悔するぞ」

 「それは、やっすい後悔ですね」

 「ああ。だからお前の分も一緒に買ってやるよ」

 「いや、ここはわたしが出しますよ」


 上司命令で仕方なくとはいえ、家に置いてもらっている。それだけではなく、これまでの食事は全部一色が当たり前のように出してくれていた。さすがに食費全部出してもらうのは悪い。

 そんな陽子の考えに気付いたのか、一色が苦笑する。


 「なに学生が遠慮してんだ。金はある方が出せばいいんだよ」

 「・・・でも、あのマンション結構しますよね?」


 はっきりとした家賃相場も一色の給与もわかんないが、下手したら一色の給与のほとんどが家賃で消えてしまっているのではと大きなお世話だが内心心配していた。

 

 「マンションって俺の家?」

 「はい。いくら一色さんが警部補とはいえ、給与から考えたら厳しくないですか?」


 一瞬きょとんとした一色だったが、合点がいったのか半眼になる。


 「あー、そういう・・・なるほど。お前って主婦みたいだな」

 「・・・・それって老けてるってことですか?」


 今まで幼く見られることはあっても年上にみられることはほとんどなかった。敢えて言うならば早熟だったのか小学生の時は身長が高く、一学年上に見られることがあったくらいだ。しかし、その栄光も中学で完全に平均値で止まってしまったため、今は見る影もない。

 

 「ちげーよ。思考が主婦。今頃の高校生ってそんなもんなの?」

 「さぁ、それをわたしに聞かれても」

 「・・・ま、あの家は賃貸じゃなくて分譲。だから家賃は発生しません」

 「・・・分譲」


 それなら安心だと一瞬思ったが、地上からあの高さであのセキュリティであのクオリティである。多分億はいっている。

 一体この人何者なんだ思わず不審な目を向けていると、一色が「俺の金じゃねーよ」と特に感情のない声で言う。


 「・・・まさか、誰かに貢がせ」

 「おい、さすがにそんなこと警官がしてたら問題だろ。あれはな、慰謝料みたいなもんなんだよ」

 「慰謝料?」


 陽子が繰り返すも、一色はそれ以上答えを返してくれなかった。

 そしてしっかり会計も払ってくれた。



 「ふぅ、食った。ごちそうさん」


 一色が満足そうに手を合わせる。

 家を出る前に二合炊いた米は陽子が一杯食べただけで残りはすべて一色の腹の中に納まってしまった。数回お供した食事でもよく食べるなとは思っていたが、こんなに量を食べたのは初めてだった。


 「それにしても美味しいキャベツでしたね」


 唯一買い物前にあったキャベツは夏海が職場でもらったからとおすそわけしてくれたものだった。ちょうど春キャベツの時期とあって、キャベツの葉は柔らかく、甘みが強い。


 「お前・・・いや、確かにキャベツもうまかったけど味付けだろ」

 「ああ、気に入ってもらえました?」

 

 陽子が作ったのは、キャベツと豚肉の味噌炒めだ。

 味噌と砂糖と酒があればできるし、何より炒めるだけなので簡単である。家ではよく作っていたメニューだったので改めてレシピを検索することもなくできる点でもよかった。

 皿を洗おうとスポンジを手に取ったところで、一色が「あ」と思い出したかのように声をあげる。


 「なんですか?」

 「いや、そういえばたしかそこに備え付けの食洗器があったような」

 「えっ!?」


 想像以上の大声に、一色も陽子本人も驚く。


 「・・・なんだよいきなり」

 「あ、いや、すみません・・・まさか食洗器なる便利家電の存在があやふやな一色さんの頭の構造が信じられなくて・・・」

 「・・・・すまん。今のディスりか?」

 「いえ、単純に驚いただけです」


 屈んでみると、たしかにそこには食洗器があった。扉軽くを押すと、ゆっくりと扉が開く。


 「おい、それどういう心境の顔だ?」


 気がつくとすぐ横に一色が立っていた。


 「あ・・・すみません。つい感動して」


 欲を言えば欲しかったが、泣く泣く我慢していた家電。しかもここにあるのは国産のものより二倍の値段するが、予洗いなしで大容量という最上級モデルだ。

 こんないいものを使っていないなんて宝の持ち腐れどころの話ではない。


 「悪かったな持ち腐れで」

 「・・・声に出てました?」

 「ばっちりな」

 

 呆れたように笑いながら一色が食器を入れていく。

 そして何を思ったか、食器用洗剤を手に取った。

 

 「すとーっぷ!!!!」


 陽子は慌てて洗剤を奪い取る。


 「うおっ、なんだよ」

 「やめてください!食洗器を壊すつもりですか!」


 食洗器にはそれ専用の洗剤がある。

 食器用洗剤を間違って入れてしまったら、どうなるかというと壊れる。下手したらたった一滴でも、問答無用、無慈悲に壊れる。なんでそんなこと知っているかという欲しすぎてネットで調べまくったからだ。

 犬の姿だったらふーっと毛を逆立てているであろう陽子の様子に、一色は降参のポーズをとる。


 「わかった。どうせ俺は料理もしねーから、ここはお前の担当にすればいい。それでいいだろ?」

 「・・・・わかりました」


 なんだか体よく食事担当にされた気がするが、下手に一色に手を出されたら記憶がない食洗器に引導を渡しかねない。

 そうでなくとも、大容量の冷蔵庫を空っぽにできる男だ。料理に興味がないのは本当だろう。


 「それにお前の料理うまかったし」

 

 そう言ってニッと笑う一色は普段よりも子供っぽく見えた。

 料理の感想なんて普段言われ慣れていない陽子はなんだか胸の辺りがもぞもぞする感覚を誤魔化すように「どうも」とだけいうと片付けているふりをしてそっぽ向いた。

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特殊捜査081係~わんこをもふもふしていたら何故か式神になりました!?~ うみの水雲 @saku1222

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