10、初仕事2
事務所に戻ると、佐々木と
「あ、おかえりなさい」
「おう」
「ただいま戻りました」
「二人とも、奥で
三島が指差す先はそれはここに初めて来た時に倒された部屋である。
最初は零子のデスクだと思っていたが、デスクは皆と同じ空間にあるので違うようだ。
はぁーと体の息が全部抜けるような長いため息をついた
「あら、二人ともおかえりなさい。どうだった、初任務」
「どうもこうもねぇよ。こいつ、無理だわ。目離したら電車に飛び込んでたぞ」
「ちょっ、そんな頭おかしいやつみたいな言い方酷いです!」
「酷いじゃねーよ!新人と初任務で死亡労災とか俺の顔に泥塗る気か」
「血じゃなかったんだから、泥くらいいいじゃないですか」
「よくねーよ!お前、なんでそんな顔で恐ろしいこと言ってくれてんの?本当にただの女子高生か?」
「何言ってるんですか。制服姿見ましたよね?」
「アッハハハハハっ!」
腹を抱えて爆笑する零子に、二人は急に冷静になり口を閉ざす。
「あーごめんごめん。ふ、ふふ、もっと続ける?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「そう。じゃあ、まずは良くなかった点ね。
じっと目を見つめられ、陽子は小さく頷く。
「で、ここからは褒めるべきところね。陽子ちゃん、一人の命を救ってくれてありがとう」
零子が深々と頭を下げる。
「いえっ、そんな」
慌てる陽子を横目に、一色が机の上の資料を見て何かに気がつく。
「・・・おい、マジかよ」
引き攣った笑みを浮かべる一色。
気になったので顔を寄せて見てみると、そこには今日助けた男子のプロフィールが並んでいた。
「それね、あなた達から引き継いだ鉄道警察が至急で送ってくれたのよ」
「あっ・・・ああ!あの人警察官だったんですね」
私服で気がつかなかったが、道理で手慣れているわけだ。よく考えずとも警官の一色から引き継ぐとなれば警官だろうが、あの時は陽子も半分以上パニックだったのでそこまで頭が回らなかった。
陽子は改めて資料に視線を落とす。
「・・・・・・えっ」
衝撃の事実にそれ以上の言葉が出てこない。
そこにあったのは政治に疎い陽子でもよく知っているポジション。そして身辺警護の文字が。
「二人ともよくやったわね、あの厚生労働大臣の御令孫の命を助けるなんて。明日から二人ともボディガードよ。うまく立ち回って予算ガッポリ貰ってきてちょうだい」
一色と陽子は顔を見合わせ、もう一度零子を見た。
「・・・冗談ですよね?」
「ふふ、うふふ」
笑いが止まらない零子。
どうやら冗談ではないらしい。
「昨日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「いえいえ、当たり前のことをしたまでですので顔をあげてください。何もなくて良かったです。痛いところとかないですか?」
「はい!ちょっとびっくりしたけど、お姉ちゃんが守ってくれたので」
「それは良かったです」
「はい!」
圭太がにっこりと笑う。つられて陽子も頬が緩む。子供の裏表ない笑顔は見ている側が癒される。
「時に、僕たちを指名したのには昨日の一件以外に何か理由がありますよね?」
一色の問いに、夏海が顔をサッと曇らせる。
「言いにくいことであれば無理にとは言いませんが、知ると知らないでは護りやすさが違います。できれば教えて頂きたい」
一色の言葉に、躊躇いを見せていた夏海がふぅと小さく息を吐く。
「圭太、お母さん少し警察の方とお話があるからお部屋で絵本でも読んでてくれる?」
「うん、わかった!」
圭太が階段を登って自室へと消えていく。
まだ小学一年生なのにしっかりしているなと感心していると、「どうぞ中へ」と夏海がリビングへと続くドアを開ける。
「お邪魔します」
入ってすぐのリビングは広く、マンション住まいで戸建てをほとんど知らない陽子でもここがかなり広い家だとわかる。まあ、外から見た時点で大方予想がついていたが。
「早速ですがお願いします」
一色に促され、夏海はぽつりぽつりと語り始めた。
「小学校に入学してから、圭太は小さな怪我をするようになりました。最初は今までとは違って一人で通学するようになったから、こっそり寄り道したり変な遊びでもしてるんだろうと思ってたんです。周りに相談しても男の子ってそんなものだって・・・でも、去年の夏に歩道橋から落ちました。幸い受身がうまく取れていたのと、通行人の方が受け止めてくださったおかげで腕の骨を折る程度で済みました。その時、圭太が言ったんです。誰かに背中を押されたって・・・」
「なるほど。それ以降は何かありましたか?」
夏海の顔色がまた一段と悪くなる。
「実は十月くらいにトラックに轢かれかけたことがあります。その時は気付いた運転手の方がすぐに止まったので擦り傷くらいで済んだのですが・・・」
「なるほど、それで今回の事件。流石にこう何回も続くのはおかしいと思ったわけですね」
はい、と夏海が頷く。
「でも、それなら僕たちでなくて他の警官でもいい。それでも僕たちを指名したのは、昨日の一件で助けたからというわけではありませんよね?」
一色の言葉は質問というよりも、どこか確信めいていた。
じっと見つめられた夏海は俯く。膝の上に揃えられている手は小さく震えていた。
「僕たちが所属する081は外部に存在を公にしてません。だから普通の依頼じゃ、いくら上の知り合いとはいえ動きません。081が動くのは超異常現象、もしくは心霊現象、あとはものすごく不可解な事件くらいです。圭太くんの場合─」
ちらりと夏海の後ろにある写真立てを見る一色。
「細溝さんはご主人が関係してると思ってるんですね」
ビクッと夏海の細い肩が揺れる。
「・・・どうして?」
「これはあくまで僕の推測ですが、小学校の入学式なんてのは普通家族全員で写真を撮ります。まあ、撮ってくれる人がいなければ話は別ですが、後ろにある写真立てには大臣と細溝さん、そして圭太くんの三人の写真が飾ってある。いくら圭太くんがお爺ちゃんっ子だったと仮定しても、流石に家では家族写真を飾りますよ」
陽子も目を凝らす。
たしかにそこには圭太の父親というには年な男と夏海、圭太が写っていた。
「主人は、二年前に交通事故で亡くなりました」
夏海の声は震えていた。
しかし、それは悲しみというよりも恐怖が優っているように感じる。
「安心した」
弾けたように夏海が顔を上げる。
「ですよね?あなたはご主人が亡くなってホッとした」
「一色さん!」
大人しく行く末を見守ろうと思っていた陽子だが思わず口を挟む。そんな陽子を一色は一瞥する。
口には出さないものの、その顔には黙っていろとはっきり書かれていた。
「そん、な、ことは・・・」
「言いづらいなら僕が代わりに言いましょうか?細溝さんはご主人からDVを受けてましたね」
今度は断定だった。
夏海はキュッと口を噛み、小さく頭を横に振る。その様子に一色はげんなりとしたように大きくため息をつくと、胸ポケットからスマホよりも小さな機器を取り出した。
一体なんだと機器に注目する陽子と夏海。しかしそんな二人を他所に、一色はピッピっと機器を操作する。
「・・・あの、一色さん?」
「ちょっと待て・・・よし」
機器をまた胸ポケットに仕舞う一色。
「今、電波妨害をしました。誰にも聞かれることはないので、話してください」
夏海の瞳が今まで以上に見開かれる。
そしてその渇いた口をゆっくりと動かし始めた。
「最初はすごく優しい人だったんです。でも、圭太が生まれてからどんどん人が変わってしまって・・・終いには圭太が自分に似てないからわたしが浮気したんだろうって・・・きっと、あの人なんです。あの人がっ、圭太をわたしから奪って連れて行こうとしてるんです!」
「・・・そうでしたか」
一色はそっと夏海の手を取る。
「辛いことを話して頂き、ありがどうございます。圭太くんのことは僕たちに任せてください。全力を尽くしてお守りします」
「ッ・・・ありがとうございます」
夏海がボロボロと涙をこぼす。
その涙が止まるまで、警官二人はただじっと待っていた。
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