6、お手

 十分ほど話をしていると、一色いっしきがカップを三つ持って帰ってきた。

 どうやら本当に奢ってくれるらしい。


 「ほら、三島みしま

 「ごちそうさまです」

 「わんこ」

 「・・・陽子ようこです」


 そう言いながら貰おうとして、ふとこの体でコーヒー飲めるのか疑惑が浮上する。しかし、

 

 「心配しなくてもお前のは牛乳にしてもらってる。三島、給湯室から皿取ってこい」

 「了解です」


 命令された三島がささっと取ってきた皿に牛乳が注がれる。ぺろっと舐めるとちょうどいい人肌の温度になっていた。


 「・・・ありがとうございます」

 「おう」


 内心ただのクズ野郎だと思っていたが、意外な一面に遭遇してしまった。言うなれば、不良が雨の中子猫を拾うような・・・。


 「・・・おい、変な回想入れんな加護六かごろく


 一色がぎろりと陽子の後ろを睨む。

 ひょうっこり顔を覗かせたのは、すらりと背の高いボブカットの女だ。


 「あっれ、おかっしいな。いつから気付いてました?」

 「最初からだバカ。お前俺後ろから入ってきただろ」

 「あー、そこからかぁ。さすがシキさん、わたしの負けですね」


 パチンと自分の額を叩く加護六。


 「あっ、もしかしてこのポメちゃんがあの調伏失敗したポメちゃんですか?」

 「だから失敗してねぇって」

 「加護六、なんで二回ポメちゃん言ったの?」

 「やだぁ、三島さん!そんな細かいことどうだっていいじゃないですか!ところでポメちゃんに言霊下ことだまおろししたんですね。シキさんが珍しいですね!お名前なんて言うんでちゅかー?あ、わたしは加護六花かごろくはなです!友達からはかごはなって呼ばれてます」


 差し出され手に手を乗せる。

 本日二回目のお手である。


 「二見陽子ふたみようこです」

 「あら、また人間的な名前。シキさんの元カノのお名前とかですか?」

 「違います。本名です。てか、わたし人間です」


 一瞬きょとんとした加護六がそっと三島に耳打ちをする。


 「もしかして、シキさんとうとう性癖拗らせて人間を飼うようになったんです?それとも人間だと思い込むほど頭使っちゃったんです?」

 「おい加護六、テメェ全部聞こえてんぞコラ・・・たく。おい、わんこ。お前全部話してやれ」

 「陽子です。この流れ今日二回目なんですけど」 


 不満げに顔を歪める陽子。

 今日あったばかりだからとかそんな遠慮はもうない。


 「まあまあ。ほら、うちにはあと二人班員いるから同じ流れにならないように僕がホワイトボードに書いとくからさ。あ、でも、加護六には話してあげて。この子、字を読むと頭悪くなるから」


 字を読むと頭が悪くなるという状況が想像つかないのだが、この短い時間でも三島が適当なことを言う人間ではないことはなんとなく理解できている。

 陽子は小さくため息をつくと、自分が何故こんな姿になってしまったのか話し始めた。



 「うわぁ・・・えっ、てことは陽子ちゃんどうするの?このまま家に帰すんです?」

 「んなわけねーだろ。だいたい、霊力持ち以外はこいつを認識できねーよ」

 「えっ、そうなんですか!」


 驚く陽子に一色がアホを見るような目を向ける。


 「そうなんですかって、まさかお前気付いてなかったのかよ」

 「はい。皆無視するから冷たい街TOKYOだと思ってました」

 

 しかし、ここに来るまで無視され続けた理由がやっとわかった。東京は絶望するほど冷たい街では無かったことに一安心する。


 「・・・まあいい。そっちの方は零子れいこさんが連絡とってくれるって話だから、行く先が決まるまでそこで寝とけ」


 一色が指差した先にあったのは仮眠室。

 しかし、陽子が声を上げるよりも早くに周りが反応する。


 「シキさん、流石にそれはなしですよ」

 「僕も同意見で。大体、お風呂は?ご飯はどうするんですか?」

 「三島さん、トイレ忘れてますよ」

 「加護六、式神はトイレしないよ・・・あれ、でも」


 三島は陽子を抱きかかえると、ジロジロと体中を舐めるように見る。


 「三島さん、なにしてるんです?」

 「ん?ああ、いや、陽子ちゃんって結局人間と式神どっちなんだろうって思ってさ。でも契約紋けいやくもんが見当たらないところを見ると人間なのかなぁ」

 「はぁ?おい、ちょっと見せろ」


 今度は一色が陽子を抱きかかえた─かと思うと、コロンと机の上に転がした。そしてあろうことか後足を持ってぐっと広げる。

 

 「ちょっ、な、なにするんですか!」


 陽子の抵抗もお構いなしに一色は足の付け根の毛を掻き分ける。その格好はいくら姿が犬だとしても恥ずかしい。そして何よりくすぐったい。


 「・・・ふ、ふふふっ、ふ、あっはは!無理っ!あっ、くすぐったっ、あふ!」

 「・・・・・うっせーな!クソっ!」


 苛立たしげに一色が吐き捨ててどこかに消える。

 その様子に陽子が一体なんだと不審に思っていると、「今回は時間かかってたからね」と三島がご愁傷様と言わんばかりに呟く。


 「時間ですか?」

 「うん。ああ、えーっと式神ってのはねいわば契約みたいなもんなんだ。契約っていっても対価が必要とかじゃなくて、式神が使い手である術者を認めるってことが必要なんだよね。そこでめでたく両想いになったら、その印として式神の体に契約紋っていう術者の紋章を刻む。ちなみにこの紋章は指紋と同じで一人一人違うから、見る人が見れば誰の式神かわかるってわけ」

 「へぇ、管理タグみたいですね」


 陽子の頭の中に番号のついたタグを耳につけられた牛の姿が浮かぶ。


 「どちらかというと首輪みたいなものかな。あとは所有印。あからさまに見えるところにつける術者もいるけど、シキさんは大抵見えにくいところにつけるんだよ」

 「なんでですか?」

 

 首輪にしろ、タグにしろ所有者の有無ははっきりしていた方がいい気がするが。

 そんな陽子の考えを見抜いたのか、ふふっと三島が口を緩める。


 「まあ、普通の感覚だと見えた方がいいって思うよね。特に強いやつとか単純にかっこいいし。だから僕も不思議に思って聞いたんだ。そしたらね、『式神は自分と対等であって所有物じゃない』って」

 「・・・それはまた」


 女に平手打ちされていた男と同じとは到底思えない発言だ。


 「ね、ビックリするくらい優しいよね。その子、今陽子ちゃんと混じっちゃってる犬もね、シキさんなら力づくで従わせられたんだよ。でも、絶対に認めさせてからじゃなきゃダメだって。それで結構時間かかっててさ、つい先日やっと犬の方が根負けして契約紋つけれたんだよ。まあ、その最中にちょっとトラブルがあったからもしかしたら完全につけれてなかった可能性もあるんだけど・・・」

 口を濁す三島。


 「まあ、そいつについてはまた今度会った時に話をするよ。僕はシキさん探してくるから、加護六を見張っててもらってもいいかな?」


 ちらっと横目で見ると、加護六はいつの間にかデスクで書類に向き合っていた。ただし、難しい顔をしたかと思えば魂の抜けたような顔になったりと全然進んでいる様子はない。


 「できれば音読してあげると助かる」


 犬に音読してもらう人間の図ってものすごくシュールだがそれでいいのだろうかと思ったが、きっとこれが三島が言っていた文字を読むと頭が悪くなっている状況なんだろう。

 しかし警察官は実は書類仕事がほとんどだと聞いたが─書類仕事ができない人間を使わなければいけないほど081係ここは人手不足なのだろうか。

 もしそうであれば、とんでもないところに連れて来られたのかもしれない。対価に見合わない労働ほど憎たらしいのもはない。


 「加護六さん、やりましょうか」

 「よ・・・らしくお願い死・・・」


 屍のようになった加護六に将来の自分を重ね、今更ながらに自分の身が心配になってきた陽子だった。

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