4、クソ野郎
男の小脇に抱えられた
何故ここが霞が関とわかったかというと理由は簡単で、乗っていた地下鉄のアナウンスと看板である。どうやら見た目は犬になっても知能は人間のままだったのでほんの少しほっとした。
理由はよくわからないが犬になってしまった陽子。そしてそれを見た男が取った行動は唖然としつつもしっかりと捕獲。しかもご丁寧に首輪とリードまでつけられてしまった。これではまるでただの飼い犬である。
エレベーターを待っていると、向かいからカツカツとヒールを鳴らしながら警官の制服を着た女が近寄ってくるのが見えた。警官。それはこれまで冷たい街東京の通行人に散々無視され続けられた陽子にとって一縷の望みだった。
「わんわん!わんわんわん!(おまわりさん!たすけて!)」
陽子はここぞとばかりに鳴いてみるが、女性警官の目は陽子に向くことはない。
それどころか女性警官は男の前でぴたりと動きを止めた。元々可愛らしい顔なのだろうが、その表情はかなり険しい。もう一度言う、かなり険しい。
「
「あー、美穂ちゃん久しぶり。ちょっと俺今立て込んでるんからまた今度でいい?」
にこっと胡散臭い笑みを浮かべる一色。
しかし、女性警官美穂ちゃんはさらに顔を険しくする。
「いいえ、すぐ済むから。一色くん、優子ちゃんに手出したでしょ?」
美穂ちゃんの質問に一色は、「あー」と言いながら視線をぐるりと一周させる。
「・・・・うん、出したね」
パンッ。
乾いた音が廊下に響く。
「ッサイテー!死ねっ!」
涙を浮かべた美穂ちゃんは振り返ることもなく、そのままどこかに消えてしまった。
本物の修羅場を見てしまった陽子はぽかんとしていると、一色がぺっと唾を吐きだす。
「いってぇ。クソ、あいつ本気で殴りやがった」
苦々しく吐き出しているところ悪いが、それは自業自得なのではと思っているとエレベーターが到着した。
そしてその中からまた別の、今度はキレイ系の女性警官が出てくる。その女性警官は一色を見るなり、そのきれいな顔を大きく歪めた。
一色が小さな声で「あ、やべ」とつぶやくと同時にまたパンッと先ほどよりもいい音が響く。
「死ね。クズ野郎」
陽子は一色のことを何もしらない。
ただ今の一連の流れで、女関係にだらしがないクソ野郎であることは理解した。
「ふーん、それでその水太郎と女子高生を呪具で一緒に串刺しにしちゃったってわけ」
「ええ。だからこれ、
零子と呼ばれた女は困ったように眉を寄せる。
「なんとかしてくださいって言われてもねえ・・・これ、完全に混ざってるんじゃない?」
「はぁ?」
今度は一色の眉間に深い溝が刻まれる。
「混ざるなんてそんな話聞いたことないですよ」
「うーん・・・・ちょっと待て」
零子は立ち上がると、デスクの後ろに合った本棚を漁り始める。
「・・・・・さすがにないな。でも、この子はたしかにまだ人間だ。君、名前を聞いてもいいかい?」
「わん!わんわんわん(はい!二見陽子と言います)」
「陽子ちゃんか。わたしは望月零子、ここにいる一色の上司だ。そしてここは警視庁の中にある特殊捜査081係」
「わんわん・・・わ、わんわんわん!?(警視庁・・・えっ、てことはこの人も警察!?)」
「そうそう。こんな見た目だけど、一応ね。てか、そのわんわん語不便でしょ?シキ」
「えぇーめんどくさ」
「シキ」
もう一度名前を呼ばれた一色は小さなため息をつくと胸から紙を取り出した。それを陽子の額に貼り付け、自分の額には日本の指をつけて何かを唱える。
それが終わると同時にぱあっと札が光り、姿を消す。
「今のは一体・・・」
「おっ、うまくいったね。さすがシキ」
「こんなの小学生でもできますよ」
「はいはい、それは悪かったね。それで陽子ちゃん、お願いというかほぼ決定事項なんだけど、君、この瞬間から081係のマスコット兼アルバイトだから」
「はぁ!?本気かよ!」
「本気も何も、このまま家に帰すわけにはいかんだろ。じゃあ、わたしは家の方に説明してくるよ」
「えっ、あ、あのっ!」
陽子が止めようとするも零子は聞く耳など持たずすたこらさっさと部屋を出て行ってしまった。
「・・・・行っちゃった」
伝えておかなければならないことがあったのに。
「ほら、行くぞ水太郎」
「あいたっ]
丸めた新聞紙で頭を思いっきり叩かれた陽子が半眼で睨め付けるも、一色には痛くも痒くもないらしい。しかしそれも無理はない。今の陽子は見た目だけで言えばただただ可愛いだけの犬だ。しかも愛嬌たっぷり、つぶらな瞳が印象的な小型犬である。
それを陽子もわかっている。何故なら鏡に写っている自分は超可愛いから。
「早くしろ。閉めるぞ」
閉められては大変だ。今この体では扉を一つ開けることは敵わない。
陽子は慌てて机から飛び降りると、一色の隣をすり抜けた。
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