2、パン祭り
「もー、花さん人使い荒いよー」
肩を揉みほぐしていた
結論から言うと、シフトの時間には間に合った。しかし、それってお給料貰ってる身としてどうなの、と注意を受けいつもの倍ほど働くことになった。
同じシフトのパートさんの子供が熱が出てしまって単に人員不足だったことも大きな要因の一つだが、それよりも普段はしない力仕事を優先的に回されたことの方が精神的にも肉体的にも大きな負荷となってのしかかってきていた。
それでもきっと明日には忘れてる。自分のいいところは寝れば忘れるところだと陽子も理解していた。
「おーい、わんちゃーん」
残りものの弁当片手に、夕方来た道を歩いてみるが犬の姿は見当たらない。
「・・・ま、仕方ないか」
犬は肉が好きかと思って肉を多めに貰ってきたのだが、どうやらこれは陽子の脂肪に変換されてしまうようだ。
しかしいくら食べ盛りだと言ってもこんなに大量の唐揚げを食べれる程大食らいではない。味は落ちるかもしれないが、半分は冷凍しておこう。
ご飯のことを考えたせいか、ぐぅとお腹が小さく鳴った。明日も学校だから早く帰って支度して寝なければならない。
もう少しだけ待ってみようと思っていた陽子だが、早めに切り上げる事にする。そのかわり、また明日様子を見に来ることをひっそりと心に誓い、帰路についた。
「なあ、その大量のパン何?」
鞄からはみ出すパンを見て
「バイト先で余ったやつ。柿崎くんもひとついる?」
「おっ、じゃあこのメロンパン貰おうかな」
「どうぞどうぞ」
陽子もついでとばかりにひとつパンを取り出す。今日の朝食はクロワッサンサンドだ。まこと屋自慢のたまごサラダと気持ちばかりのレタスが入った人気商品である。残ることが珍しいだけに嬉しい。
「甘ぇな」
「そりゃあメロンパンだもん。クッキーにザラメのっけてるんだから甘いに決まってるじゃん」
「まあ、確かにな。これもバイト先で作ってんの?」
「ううん。パンは近くにあるひよこベーカリーから仕入れてて、サンドイッチの具材だけうちでつめてる」
「へぇ、そういうとこ棲み分けしてんのな」
「パン焼くオーブンとか器具導入するだけで大変だからって店長が言ってた」
「よく考えてみればそうだよな」
最後の一口を放り込む柿崎。
まだ半分も食べていない陽子とは食べるスピードが違う。
「ご馳走さん。それにしてもそれ全部
「それは流石に無理かな」
陽子の鞄の中にはバゲットサンドと厚切り食パン3枚、チーズパンにハムサンドが入っていた。ハムサンドとチーズパンは昨日マフィンとクッキーをくれた友人達用でバゲットサンドは昼食用、そして食パンは例の犬用である。
一応家を出る瞬間まで冷凍庫に入れていた唐揚げも持参しているので、これだけあれば飢えることはまずないだろう。
「ふーん。ま、いいや。美味かったってパン屋に伝えといて」
「了解〜」
ベーカリーの店主は気のいいおじさんだ。特に子供好きなので、柿崎の言葉を伝えたら喜ぶ姿が目に見える。残り物だったことは伏せておくべきだけれど。
授業の開始を告げるチャイムがなり、それとほぼ同時に教師が教室に入ってきた。
陽子は最後の一口を放り込み、気づかれないように少しずつ咀嚼した。
「よーうーこ!」
「うわっ」
帰り支度をしていた陽子の背中に誰かが飛び乗る。振り向くと、そこに居たのは同じクラスの
「びっくりした。愛美、どうしたの?」
「えへへっ。陽子今日バイトないでしょ?一緒にカラオケ行こうよー」
「いいけど、ちょっと寄りたいところがあるから後から合流でもいい?」
途端、愛美が目を輝かせる。
「えっ、何、とうとう!?とうとうなの!?」
「うーん、楽しんでるところ悪いけどたぶん違うよ」
愛美は悪い子ではないのだが、その8割強が恋愛でできている典型的な恋愛脳である。ちなみに本人は少し前に彼氏と別れたばかりの彼氏募集中だ。
「なぁんだ、違うのか。そうだ、他校で良ければ紹介しようか?陽子なら紹介してって奴たくさんいると思うんだけど」
「いやいや、いいよ。それにそんな人いないって」
謙遜ではなく、事実今まで彼氏どころか告白されたこともない。
「何言ってんの!恋愛はね、自分から踏み出さないと何も始まらないんだよ!」
だから何も始まらなくていいんだって。
内心そう思いつつも、口にしたところで押し切られるのはわかっている。なんと答えれば愛美が引き下がってくれるか考えていると、トンっと頭の上に何かが置かれる。
「・・・野菜ジュース?」
手に取った長方形の箱には人参やほうれん草など色とりどりの野菜達が描かれている。
「それ、パンのお礼な」
後ろにいたのは、今から部活に行くのか大きなスポーツバッグを持った柿崎。
「別に良かったのに」
「俺がしたかったんだよ。あと、お前その食生活だと野菜足りてねーだろ。それで補充しとけよ」
そう言って、すれ違いざまに頭をぽんと軽く撫でられる。
「ありがとう」
背中越しにお礼を言うと、柿崎は振り向かずに手を挙げた。
律儀な人だなと感心していた陽子の肩にぽんと愛美が手を置く。
「ごちそうさまでした」
「何が?」
意味がわからず、鞄の中のパンの生存確認をした陽子だった。
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