第92話「空の美しさは変わらない」

 小競り合いに過ぎないとは言え、帝国戦、皇国戦の両方で勝てたのは大きいと思う。


「これで魔族に集中できればいいのだけど、そう簡単にいくかしらね?」


 レーナ・フィリス殿下は笑みを引っ込めて、慎重に思案する顔になる。

 

「魔族と手を組んでいるなら、次の動きはあるでしょう。そうでなくとも、帝国と皇国が組んでいても、次はあると考えるのが自然です」


 とヴァレリー様が話す。


「魔族は二国とまったく関係ないパターンのほうが厄介かもしれませんね」


 俺は懸念を提示した。

 

「それを言うなら、どこも連携してない単独行動が、たまたま重なっただけというほうが面倒じゃない?」


 アデルが首をかしげながら指摘する。


「まったくだ。面倒すぎて、そんなことはないと信じたいくらいにな」


 俺は全力で同意した。

 一番面倒だから、目をそらしたかったものだ。


「わたしたちにできることと言えば、鍛錬を積み重ねて、今後に備えることでしょうね」


 レーナ・フィリス殿下がいい感じに結論を言って、お茶会はお開きとなる。

 


「……状況が好転しているのかわからないのが歯がゆいわね」


 と帰り道、アデルが悔しそうにつぶやく。

 彼女の言うとおりだ。


 優勢になったのは事実なのか、それとも敵方の作戦なのか、現状ではわからない。


「魔族、帝国、皇国と相手はどこも手強いからね。簡単に情報は集められないだろう」


 俺は仕方ないと彼女をなだめる。


「そうなのよね」


 返ってきたのはため息だ。

 彼女だってわかっているけど、言わずにはいられなかったということだろう。


「ここからは情報収集が大事になるって気はするね」


 俺は分かり切っていることを言った。

 具体的にどうすればいいか、すぐには思いつけなかったからだ。


 前世の知識を活かすと言っても、知らないことはかなりあると思い知らされる。


「少し前なら交換留学という手はあったけど、今となっては使えないでしょうし」


 とアデルはつぶやく。

 

「今から留学に行ったら、スパイ疑惑ですごい監視されそうだね」


 俺が指摘すると彼女は苦笑いする。


「そうなのよね。情報網で後れを取ってるのは悔しいわ」


 と言ってアデルは空をあおぐ。


 夕焼け空はとてもきれいで、地上で暮らす人間の状況など知ったことじゃないようだった。


 ……相変わらずだな、と思う。


 空の美しさは、前世と変わっていない。

 人の世が移り変わっても、大いなる自然は健在だ。


 「たとえ人の世が終わったとしても、天と地と星はびくともしない気がする」と大賢者様がおっしゃっていた理由がわかる気がする。

 

「あっ」


 空を見ていてふとひらめいた。


「どうかしたの、ダーリン?」


 不思議そうな顔でこっちを見るアデルに、だめ元で言ってみる。


「空から探ればいいんじゃないかな?」

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