第88話「やってきた人」

 自分の受け持ち分の小鬼を片づけたあと、油断せずにアデルのそばに戻る。

 アデルは微笑みかけたが、すぐに顔を引き締めて周囲をうかがう。


 俺が全部やってしまったら、彼らの存在意義に関わるし、メンツも潰してしまうから厄介だ。


 負けそうなら迷わず加勢するところだが、てこずってはいても有利な状況になっている。


 鍛錬の成果が出ているのだろう。

 危ない場面はほとんどないまま、敵を仕留めきれた。


「やったわね」


 アデルがホッとした笑いかけてきたので、


「まだわからない。第二陣がいないか警戒をおこたらない方がいい」


 と答える。

 それを聞いていた他のメンツも、あわてて再度警戒に入った。


 この程度の助言はしてもかまわないだろう。


 あとは俺が提案するまでもなく、交代で見張りを立てて警戒を続ける体制に移行する。


 実戦経験には乏しいだけで普通に優秀な人たちだと思う。

 俺も順番が来たので遠慮なく休ませてもらう。


 当然という顔でアデルが隣に来るのは少し困るが……いや、俺が近くにいるということでリラックスしているのか?


 だとしたら距離をとるほうがまずいかも。


「うん? この気配は」


 俺は遠くから寄って来る気配に意表を突かれて、ついつい声を漏らしてしまう。


「ダーリン? 気配って?」


 アデルは普通に聞くし、近くで休んでる男女もこっちを見ている。

 しまったな。


 俺が何でもやったら、全体の底上げにならないと思って慎んでいたのに。


「何か感じたのなら、共有してもらえないだろうか? チームのためにも」


 と上級生の男子から要請される。

 彼の言うことは完全に正しい。


「ああ、こっちに敵意のない気配が二つ近づいてきてるなと思っただけです」


 こうなってしまっては仕方ないので、俺は正直に話す。

 

「えっ?」


 彼らは驚いているが、しばらくして二つの馬に乗った男性たちがやってくる。


「アーモンド伯?」


 誰かがつぶやく。

 まったく知らない名前と顔なので、ちらっとアデルを見る。


 伯爵というくらいだから大貴族なんだろうけど。


「アーモンド伯は武官系の貴族で、軍閥の幹部よ。過去に将軍や元帥を出したこともある名門なの」


 アデルが小声でこっそりと教えてくれる。


「すごい人なんですね」


 と俺は言った。

 アーモンド伯は周囲を見て苦笑する。


「軍事訓練は成功か。というか君たちは優秀すぎて困るな」


「訓練……?」

 

 誰かがつぶやく。

 なるほど、訓練だったのか。


 道理で小鬼や狼といった魔物たちが、この立地で何の前触れもなく現れたわけだ。

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