第73話「上に立つ者は大変」
「王家からアガット侯爵家へのお礼は届いたかしら?」
王女殿下の第一声にアデルはうなずく。
「ええ。王家の恩寵を賜りまして、望外の極みに存じます」
上品な笑みで彼女は返す。
「あなたがたの提案だけど、アデル様にはぜひわたくしの近侍になってもらいたいと、陛下からの言葉が出たわ」
誘いこそ堂々としたものだったけど、位置と面子的に密談がはじまってもおかしくないとは思っていたら、いきなりこの展開か。
アデルもこれは予想してなかったらしく、一瞬だけ固まる。
「それはそれは。とても名誉に存じます」
無理筋な提案を聞き入れてもらったのは、たしかに王家にとっては礼をしたことになるな。
「もちろん、あなたの護衛のふたりもいっしょにね」
とレーナ・フィリス殿下は俺とシリルの順に視線を向ける。
おそらく本命はこっちだと思うのだけど、指摘するのは無粋だ。
アガット侯爵家は王族と親しくなれるし、王族はアガット侯爵家の力をアテにできる。
ウィンウィンの関係になるのだから。
「具体的にどう変わるのでしょうか?」
とアデルが質問する。
「基本的にいまと同じだけど、わたくしの招集に応じる義務が生じたと考えてちょうだい」
レーナ・フィリス殿下の返事に俺たちはうなずく。
思ったよりはゆるい関係になりそうだ。
アデルの安全を優先して、ピンチの王女を見捨ててもよかったのが、できなくなったくらいだろうか?
「あら、それではお礼として受け入れがたく存じます」
と思っていたらアデルが微笑を浮かべたまま言い返す。
「わが家と王家の関係に進展はなく、武力の提供だけおこなえというのが、陛下のご意思だととらえても?」
彼女の目は笑ってなくて、言い方も挑戦的なものになる。
なるほど、彼女の解釈が事実だったら、そりゃ侯爵家としては受け入れられないよな。
「いいえ? 試すようなことをしてごめんなさい」
レーナ・フィリス殿下はなんとアデルに頭を下げた。
「今回の提案を唯々諾々と受け入れるようなら、わたくしの側近として頼りにならないもの。だから独断で実行したの」
と事情を打ち明ける。
「ああ。アガット侯爵家は武力だけなのか、それとも他も頼りになるのか、確認なさったのですね。納得いたしました」
アデルはきれいな笑顔をもって、王女の詫びを受け取った。
「上に立つお方は大変ですね」
おまけに同情し共感する余裕も見せる。
レーナ・フィリス殿下は笑い、彼女の取り巻きたちも安堵していた。
「そうなのよ。アデル様に理解をいただけて何よりだわ」
と王女も微笑む。
ようやく素の表情を見せてくれた気がした。
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