第72話「学園長のあいさつと空気の変化」

 珍しく全校朝礼があって、最初に学園長があいさつする。


「魔族襲撃の事件を知っている者は多いだろう」


 前置きなしにいきなり本題に入った。


「学生たちよ。精進せよ、切磋琢磨せよ。災厄に立ち向かい、困難に打ち勝つ手段を身に着けよ。以上」


 学園長の話は短かったけど、みんなの空気が変わる。

 

「魔族が攻めてくるって本当みたいだね」


「上等だ。返り討ちにしてやんよ」


「お前じゃ無理だろ。相手は魔族だぞ」


 ざわめきが大きくなるけど、おおむね好戦的な反応だった。


 さすがに女子たちは不安そうな顔が少なくないものの、パニックになったりしていない。


 何だかんだ勇敢な王国の一員ということだろう。

 ……魔族がどれくらいやばいのか知らないなんて可能性には目をつむりたい。

 

 授業内容にも変化があって、敵の襲撃を想定したものが明らかに増えた。


「かなりの変化だよね」


 昼休みにアデルに話しかける。


「そうね。でもいい傾向だと思うわよ」


 アデルはそんな答えを返す。

 

「みんなが意識をして隙をなくしていけば、相手だってやりづらくなるでしょう。防衛戦力の質も向上するしね」


 これが侯爵令嬢の観点ってやつかと感心する。

 ちなみにレーナ・フィリス殿下の姿は見かけない。


 どうやら教室でも食堂でもないべつの場所にいるようだ。

 

「そのへんがわからないほど魔族ってバカなのか、気になりますね」


 少なくとも前世ではバカじゃないやつはけっこういたぞ。

 これはたとえアデルでも言えないことだけど。

 

「情報が少なくてわたしから言えることはないわね。奇襲をきれいに決められたから賢く見える反面、戦力を小出しにして分散させたバカにも思えるし」


 とアデルは言う。

 彼女の言い分はもっともだった。


 俺の知ってる魔族が賢かったからと言って、いまもそうだとはかぎらない、なんて見方もあり得る。


 待ちの姿勢のつらいところだけど、手掛かりが少ない以上はやむを得ない。



 放課後、レーナ・フィリス殿下の取り巻きのひとりシリルがやってきた。


「アデル様、デュノ殿、殿下がお待ちです。ご足労願えますでしょうか」


「ええ、もちろん。ダーリン、行きましょう」


 アデルをエスコートする形で、シリルの案内に従って俺たちは移動する。

 殿下が待っていた場所は学園の一画だけど、来たことがない場所だ。


 中は意外と豪華で立派な調度品も置かれている。


「使ってない部屋を借りたのよ。わたくしが在学している間だけどね」


 と部屋の主になったレーナ・フィリス殿下は座ったまま優雅に微笑む。

 

「どうぞ」


 シリルにうながされて俺たちは入室する。


 学園の部屋の一画を借りて改装するなんて、王族は発想も行動力も資金力もおかしいんじゃないだろうか。



 

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